61.拮抗する力
炎竜が眠っていると。
頭の中に、声が響いた。
『神の死。』
『死力を守れ。』
「……」
何度も。
何度も。
同じ言葉が繰り返される。
『神の死。死力を守れ。』
『神の死。死力を守れ。』
炎竜は、その意味を理解できなかった。
それでも。
その言葉だけは、長い年月の間、頭の中から消えることはなかった。
────────
ある時。
遺跡の入り口から、何者かが入ってくる気配を感じた。
炎竜はゆっくりと目を開く。
暗闇の奥。
そこに、何かがいる。
そして。
そして、その存在から感じ取った。
自分を閉じ込めている、あの謎の力を。
「……」
炎竜の体から、炎が溢れ出す。
『ユルサナイ。』
長い年月。
誰もいない暗闇。
閉じ込められ続けた。
その怒りが、一気に溢れ出した。
ゴォォォォォ!
炎竜は、怒りのままに炎を吐き出した。
侵入者は、その炎を受けることなく遺跡から去っていった。
しかし。
炎竜が解放されることはなかった。
再び、暗闇だけが残る。
────────
しばらくして。
再び、遺跡に何者かが入ってきた。
炎竜は、その存在から同じ力を感じ取る。
自分を閉じ込めている、あの謎の力。
『……』
炎竜は考えた。
今度こそ。
正面から戦い、確実に倒す。
そうすれば。
──ここから出られるかもしれない。
ゴォォォォォ!
炎竜は、全身から炎を噴き出した。
しかし。
炎は消された。
体の自由を奪われる。
どれだけ暴れても、動くことができない。
そして。
最後に。
──頭部を叩き潰された。
ドゴォン!
視界が暗くなる。
炎竜の意識が、途切れていった。
────────
ティシアは遺跡の奥へと歩いていく。
(今のが……炎竜の記憶。)
「……あいつも、出たかっただけなのか。」
頭痛は、まだ残っていた。
しかし。
影狼の記憶を見た時とは違う。
(今回は、感覚までは共有されなかったな。)
炎竜が何を見ていたのか。
何を経験したのか。
その記憶だけが、断片的に流れ込んできた。
痛みも。
熱さも。
孤独も。
ティシア自身が感じることはなかった。
(多分……影狼が助けてくれてるんだろう。)
ティシアは、無意識に自分の影へ目を向けた。
「……ありがとう。」
返事はない。
それでも。
ティシアは、少しだけ笑った。
そして再び、遺跡の奥へと歩き始める。
しばらく進むと。
突然、視界が開けた。
そこには、広大な空間が広がっていた。
左右には溶岩が流れている。
ゴォォォォ……。
低い音とともに、熱気が空間を満たしていた。
しかし。
ティシアの視線は、その熱気ではなく。
空間の最奥へ向けられていた。
そこには。
──黒い炎があった。
炎は燃えている。
それなのに。
周囲を照らしてはいない。
まるで、光さえも飲み込んでいるかのような炎。
その姿を見た瞬間。
ティシアの魂が、震えた。
「……」
(サーナトスの力だ。)
今まで見てきたものとは違う。
影狼の中にあった力。
炎竜の中へ入り込んだ二枚の羽。
そして、自分の中にある力。
それらとは、明らかに違っていた。
(……今までの羽とは、次元が違う。)
ティシアは、ゆっくりと歩き出す。
黒い炎へ向かって。
一歩。
また一歩。
自分の意思とは関係なく、足が前へ進む。
「……」
何故か。
恐怖はなかった。
むしろ。
──懐かしい。
そんな感覚さえあった。
ティシアは、黒い炎へと近づいていく。
そして。
ゆっくりと手を伸ばした。
黒い炎に触れる。
──その瞬間。
炎が、ティシアの全身を包み込んだ。
「────ッ!?」
先ほどまで感じていた懐かしさを、押し潰すように激痛が襲いかかる。
「ぐっ……!」
全身の臓器が、ひっくり返されたような感覚。
骨が砕かれる。
肉が引き裂かれる。
何より、
────記憶がかき乱される。
それでも、何が起きているのかさえ分からない。
ティシアは歯を食いしばった。
「……っ!」
耐えようとする。
しかし。
耐えられる痛みではなかった。
(死んだ方が……マシだ……!)
そんな考えが、頭をよぎる。
それでも。
ティシアは叫ばなかった。
叫ぶことさえ、できなかった。
やがて。
黒い炎は少しずつ小さくなっていく。
ティシアの体へ。
吸い込まれるように。
そして──。
黒い炎は、完全に消えた。
ティシアは、その場に立ち尽くしていた。
荒い息を繰り返しながら、自分の手を見る。
「……?」
そこには。
小さな擦り傷があった。
ティシアは、動きを止める。
「……何で。」
傷は。
再生しなかった。
「痛い。」
────────
調査を終えたティシアは、グルムの元を訪れた。
工房の中。
グルムは疲れているのか、頬杖をつきながらティシアを見た。
「それで、調査はどうだったんだ?」
ティシアは調査資料をグルムへ渡す。
「風化の状況から見て、遺跡は神が降臨した頃には、すでに存在していた可能性が高いそうです。」
「そんな昔からか……。」
「それに。」
ティシアは少し間を置いた。
「ゴーレムについても、すごいことが分かりました。」
グルムが顔を上げる。
「それは?」
「ゴーレムのコアには、エルフの技術が使われています。」
「……エルフ?」
「はい。それだけじゃありません。」
ティシアは続ける。
「骨格には、ドワーフが扱う魔鉄が使われているらしいです。」
グルムの表情が変わる。
「つまり……。」
ティシアは頷いた。
「このゴーレムは、一つの種族だけでは作れない。」
「複数の種族が協力して作った可能性が高いそうです。」
グルムは笑いながら、ティシアの肩を叩いた。
「凄いな! 大発見じゃねえか!」
「それに、アルジャとサーナトスについても分かったんだろ?」
「はい。」
ティシアは頷く。
「少なくとも、サーナトスが信仰されていた理由は分かると思います。」
「少なくとも……良い神だった可能性が高いです。」
「十分だ!」
グルムはさらに強く、ティシアの肩を叩く。
「おじさん、痛いです。」
「別にいいだろ。再生するんだし。」
「……しないです。」
グルムの手が止まった。
「……は?」
「傷が。」
ティシアは自分の手を見る。
そこには、黒い炎に触れた時にできた擦り傷が残っていた。
「再生しないです。」
二人の間に。
沈黙が流れた。
ティシアは、黒い炎に触れたこと。
そして、炎竜の記憶の中で見たことを、グルムへ話した。
すべてを聞き終えると、グルムは深く息を吐いた。
「──つまり。」
グルムはティシアの手に残る擦り傷を見る。
「お前さんの再生能力が、なくなったってことか?」
「……はい。」
グルムは腕を組み、考え込む。
「だが、不死身の呪いには強大な力があるんだろ。」
「それが、いきなり消えるなんてことは考えにくい。」
「……ということは?」
グルムはティシアを見る。
「呪いが消えたんじゃない。」
「別の何かと、拮抗している可能性が高い。」
「拮抗……?」
「お前さんは、影狼の力を取り込んでいるんだろ?」
ティシアは、自分の胸に手を当てた。
「はい。」
少し考える。
「影狼に加えて……おそらく、炎竜の力も僅かながら感じます。」
「……それだけじゃない。」
グルムの視線が、ティシアの擦り傷へ向けられる。
「黒い炎の力も、お前さんの中に入った。」
「今のお前さんの中には、複数の強大な力が存在している。」
「そのどれかが、不死身の呪いとぶつかっているんじゃないか。」
ティシアは黙る。
自分の中に。
サーナトスの呪い。
影狼の力。
炎竜の力。
そして──黒い炎。
「……だから、再生しない?」
「詳しいことは分からん。」
グルムは腕を組んだまま答えた。
「だが、お前さんの中に何かが増え続けてるのは間違いない。」
ティシアは、自分の手に残った傷を見る。
以前なら、とっくに消えているはずの傷。
しかし。
その傷が消えることはなかった。
ティシアの中で。
何かが、確実に変わり始めていた。




