60.生まれたてのトカゲ
アルカディアとヴォルガルドの国境。
アルカディアの騎士団が、ヴォルガルドへ向けて進軍していた。
「止まれ」
その行く手に、一人の男が立ちはだかった。
イーロスだった。
騎士団が足を止める。
すると、その中からデルトが前へ出た。
「何者だ。」
「申し訳ないが、お前たちはヴォルガルドには入れない。」
「なぜだ。我々は王から正式な許可を得ている。」
イーロスは表情を変えずに答える。
「残念だな。事情が変わった。」
「一ヶ月ほど経ってから、また来てくれ。」
「……一ヶ月?」
デルトは眉をひそめた。
「なぜだ。」
「答える必要はない。」
デルトの表情が険しくなる。
「我々は正当な手順を踏んで、ここまで来ている。」
「それを今さら引き返せというのか。」
「そうなるな。」
「……それは無理な話だ。」
デルトが一歩前へ出る。
後方にいた騎士たちが、一斉に武器へ手を伸ばした。
「……随分と物騒だな。」
イーロスは周囲を見回す。
「こちらは話をしに来ただけだ。」
「なら、武器から手を離せ。」
デルトは答えない。
しばらくの沈黙。
そして──。
「我々は、一人の人物を探している。」
イーロスの目がわずかに細くなる。
「……誰だ。」
「ティシア・バシレウス。ヴォルガルドの使いなら聞いているだろう」
その名前を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。
「ウラノス王国の第二王子。」
「現在、行方不明となっている人物だ。」
デルトはイーロスをまっすぐ見据える。
「我々は、その人物がヴォルガルドにいる可能性があると考えている。」
「……その人物はこちらで────」
「待て。」
デルトが、何かに気づいたように目を細めた。
「お前は……元聖騎士、イーロスか。」
イーロスは答えない。
「………」
デルトはその沈黙を見逃さなかった。
「ティシア・バシレウスは、今の聖女様の行方を知っている可能性がある。」
「協力しろ。」
イーロスの表情が、わずかに険しくなる。
するとデルトは、さらに言葉を続けた。
「二十年前のように……聖女様を死なせる気か。」
直後、イーロスは剣を抜いた。
「お前らに話すことはない。」
その表情は冷静に見えた。
しかし、その奥には。
はっきりとした怒りがあった。
────────
ティシアは頭痛に耐えながら、扉の前に立っていた。
「ゴーレムたちが出てきた通路ですね。」
ティシアは通路の奥を見る。
「この先は僕も知らないので、気を付けて進みましょう。」
調査隊が通路の中へ足を踏み入れた瞬間。
ゴーレムが剣を振り上げた。
「下がって!」
ティシアの声に、調査隊は慌てて通路から飛び退く。
すると。
ゴーレムは振り上げていた剣を、ゆっくりと下ろした。
ティシアはゴーレムを見る。
「……僕以外が通ろうとすると、攻撃してくるみたいですね。」
調査員たちの間に、ざわめきが広がった。
「そんな……。」
「さっきまで、ティシアさんの指示には従っていたのに……。」
ティシアは通路の奥へ視線を向ける。
(……この先に、何がある?)
ティシアは振り返り、調査隊を見る。
「この先は、僕一人で行きます。皆さんは、ここで調査を続けてください。」
「わかりました。気を付けてください。」
ティシアは調査隊の様子を一度確認すると、遺跡の奥へと足を踏み入れた。
一歩。
また一歩。
進むたびに、頭痛がひどくなっていく。
「……っ。」
ティシアは頭を押さえながら、それでも歩みを止めなかった。
その時。
──炎。
ティシアの脳裏に、巨大な炎が浮かび上がる。
見たことのない景色。
暗い遺跡。
そして。
自分たちを見下ろしていた、あの巨大なトカゲ。
「……炎竜。」
次の瞬間。
炎竜の記憶が、ティシアの中へと流れ込んできた。
────────
パキッ。
殻が割れる。
その中から、一匹の小さなトカゲが姿を現した。
眩しい日光が、その小さな体を照らしている。
まるで。
その誕生を祝福するかのように。
しかし。
次の瞬間。
大きな手が、トカゲの体を包み込んだ。
「シャーッ!」
必死にもがく。
だが、その抵抗も虚しく。
トカゲは籠の中へと入れられた。
そして、どこかへ運ばれていく。
────────
次に目を覚ました時。
トカゲは、大きな壺の中にいた。
周囲には、様々な生き物がいた。
蜘蛛。
ムカデ。
そして、見たこともない生き物たち。
「シャアッ!」
どの生き物も、互いを警戒している。
しばらくして。
腹が減った。
水もない。
外へ出ることもできない。
生きるためには。
──殺すしかなかった。
シャアアアッ!
トカゲは、生き残るために牙を剥く。
周囲の生き物たちもまた、生きるために襲いかかってくる。
そうして。
長い時間をかけて。
壺の中では、生き残るための殺し合いが続いた。
血が飛び散る。
一匹、また一匹と動かなくなっていく。
トカゲの腹部に、何かが噛みついた。
「シャアアッ!」
傷口から、熱が広がっていく。
それでも、止まることはできなかった。
生きるために。
ただ、生き残るために。
トカゲは牙を剥いた。
────────
殺し合いが終わる頃には、トカゲも力尽きようとしていた。
視界がぼやける。
その時。
天井から、大きな手が伸びてきた。
トカゲの体が掴まれる。
そして、そのままどこかへ運ばれていった。
ぼんやりとした意識の中。
話し声が聞こえる。
人間以外の様々な種族が、何かを話していた。
『サーナトス様が────』
『ウラノスの王が、戦争を──かもしれない』
断片的な言葉。
その中で、一人の獣人が声を上げた。
『我らはサーナトス様を守るため、南に───』
その言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。
やがて。
トカゲは、ある場所へ運ばれる。
そこには、巨大な炎があった。
しかし。
熱くない。
その炎は、全てを吸い込んでしまいそうなほど黒かった。
そして、その周囲を。
二枚の羽がゆっくりと回っていた。
「……」
トカゲは抵抗することもできない。
そのまま。
黒い炎の中へと入れられた。
次の瞬間。
二枚の羽が、トカゲの体へと入り込んでいく。
「シャアアアアアッ!」
全身が焼けるような痛み。
だが、炎に焼かれているわけではない。
何かが。
自分の中へ入ってくる。
そして──。
トカゲは、広く暗い空間へと置かれた。
しばらくすると。
体の内側から、炎が噴き出した。
「シャアアアアッ!」
炎は全身を包み込み。
トカゲの体は、徐々に大きくなっていく。
────────
トカゲは、この場所から出ようとした。
壁に体をぶつける。
何度も。
何度も。
そのたびに、大地が大きく揺れた。
しかし。
傷ついた壁は、しばらくすると謎の力によって元の姿へと修復される。
壊しても。
壊しても。
出口は開かない。
やがて。
トカゲは暴れることをやめた。
広く。
暗い。
何もない空間。
トカゲは、その場に体を横たえる。
そして。
眠りについた。
『……寂しい。』
『寂しい。』
『寂しい。』
『寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。』
『寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい』




