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58.遺跡の外へ

ノアが、地面に倒れる。

(魔力……全部使い切ったです。)


(もう、立てません。)


霞む視界の中。


影狼の巨大な体が、崩壊していく。

黒い影が剥がれ落ち、その巨体は少しずつ小さくなっていった。


やがて。


そこには、人の形をした影だけが残る。


「ノア!」

影の中から、ティシアが姿を現した。


「……っ!」


ティシアはノアの元へ駆け寄ろうとする。


しかし。


「がっ……!」

突然、口から血を吐いた。


ティシアは膝をつく。


そこで初めて、自分の体を見た。


左半身が、ほとんど残っていなかった。

「……ノアが、やったのかな。」


ティシアは、かすかに呟く。


ノアは答えない。

すでに、気を失っていた。


ティシアは残った右腕を地面につきながら、ゆっくりと立ち上がる。


一歩。


また一歩。


ノアの元へ向かう。

「……ごめんね。」


ティシアは、眠るノアのそばまでたどり着く。

「迷惑、かけて。」


意識が、再び沈み始める。


だが、その時。


遺跡の奥から、無数の足音が響いた。


「……何だ……」

ティシアは無理やり体を起こし、奥を見る。


よく見ると。

そこには、見覚えのない扉があった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……。


重い音を響かせながら、扉がゆっくりと開いていく。


その奥から。


数十体ものゴーレムが姿を現した。


「……っ」


ティシアは息を呑む。


他のゴーレムとは違う。


その体には、明るく澄んだ緑色の線が、全身を走っていた。


一体。


また一体と。


ゴーレムたちは部屋へ入ってくる。


そして──。


すべてのゴーレムが、ノアへ視線を向けた。


「……ノア?」


エルフの姿をしたゴーレムが、後方で弓を構える。


獣の頭を持つゴーレムは、今にも飛びかかろうと姿勢を低くした。


他のゴーレムたちも、それぞれ武器を構える。


「やめろ!」


ティシアが叫んだ。


その声に。


ゴーレムたちの動きが、一斉に止まる。


「……?」

ティシアは息を呑んだ。


弓を引いていたゴーレムも。


飛びかかろうとしていたゴーレムも。


全員が、ティシアの方を見ていた。


(何が起こってる?)

ティシアの意識が、再び落ち始める。


視界がぼやける。


意識が朦朧とする中、ティシアは震える腕で出口の方向を指さした。

「……俺たちをここから出せ。」


しばらくの沈黙。


すると。


ゴーレムたちが、一斉に歩き始めた。


出口へ向かい、二列に並ぶ。

そして、その場に跪いた。


二体のゴーレムが前へ出る。


一体はティシアを。


もう一体はノアを背負い上げた。


そのまま、遺跡の外へ向かって歩き始める。


────────


火口までたどり着くと、ゴーレムたちは二人をゆっくりと地面へ下ろした。

その頃には、ティシアの体もある程度まで再生していた。


ティシアはゴーレムたちを見る。


「……ここから先には、出られないのか。」


ゴーレムたちは答えない。


ただ、火口の内側を見つめたまま動かなかった。


「そうか。」


ティシアはノアを背負う。


そして、一度だけ振り返った。


「……助けてくれて、ありがとう。」

ゴーレムたちは何も答えなかった。


ティシアはノアを背負ったまま、街へと戻っていった。


────────


工房の客室。


グルムとイーロスが、ティシアから遺跡で起きたことを聞いていた。


「なるほどな。」

グルムは腕を組む。


「中にいたデカいやつを倒したのか。」


「はい。」

ティシアは頷く。


「ノアは医者に診てもらって、今は休んでます。」


イーロスがティシアを見る。

「お前は大丈夫なのか。」


「一応、診てもらいました。」


「異常は見当たらなかったので帰りました。まだ体は痛いですけどね。」


「とりあえず、遺跡の攻略はほとんど終わったんだな。」


「おそらく。」


ティシアは少し考える。

「あのゴーレムたちが何なのかは分からないですけど……俺の言うことは聞きました。」


「…………俺?」

イーロスが首をかしげた。


ティシアは、一瞬固まる。


そして慌てて口元を押さえた。

「……俺って言いました?」


「言った。」


「いつもは僕って言ってましたよね。」


ティシアは少しだけ考える。

「……多分、疲れてるんです。」


イーロスは何も言わず、ティシアを見ていた。


グルムが腕組みを解く。

「じゃあ、調査隊を送ろう。出発は三日後だ。ティシアも同行してくれ。」


「わかりました。」


ティシアは立ち上がり、二人を見る。

「おじさん。いろいろと、ありがとうございました。」


グルムは照れくさそうに頭を掻いた。


「イーロスさん。」


ティシアはイーロスへ向き直る。

「あなたからは剣術だけでなく、戦いの技術を学びました。ありがとうございました。」


イーロスは軽く手を挙げる。

「俺は今日でこの街を出る。」


「また会う機会があれば、その時は挨拶でもしよう。」


ティシアは少し笑った。

「はい。その時は、もう少し強くなっておきます。」


「期待してる。」


ティシアはそう言うと、客室を後にした。


客室には、グルムとイーロスだけが残される。


グルムが口を開いた。

「これで、武器の調整をしたツケは無しってことにしてやる。」


「ああ。助かる。」

イーロスは立ち上がる。


「世話になったな。」

グルムはニヤリと笑った。


「元聖騎士、イーロスよ。」


「……その呼び方はやめてくれ。」


「お前さんから見て、あいつはどうだった。」


イーロスは、先ほどティシアが出ていった扉を見る。

「成長が早い。」


「剣の技術だけじゃない。戦い方そのものを理解し始めている。」


「それに──」

イーロスの表情が、わずかに曇った。


「遺跡から戻ってきたあいつは、さらに曖昧な存在になっていた。」


グルムの表情から、笑みが消える。

「……やはり、そう見えるか。」


「お前も気づいていたのか。」


「ああ。」


グルムは静かに頷いた。

「最初に会った時から、あいつには普通の人間とは違う何かがあった。」


「だが今は……」


イーロスが言葉を続ける。

「人間と、それ以外の境界がさらに薄くなっている。」


「……それが、あいつの不死身と関係してるのか。」


「分からん。」


イーロスは短く答えた。

「だが。」


「このままだと……いつか、ティシアという存在そのものが消えるかもしれない。」


────────


ティシアは宿に戻る。


中では、ノアがベッドで休んでいた。

「ティシア、グルムさんには報告したですか?」


「うん。三日後に調査隊を送るから、僕も同行することになった。」


ノアが痛みに顔をしかめながら、ベッドから降りようとする。

「ノアはまだ休んでて。足も折れてるでしょ。火傷も負ってるし。」


「影狼の触手を避けようとして、無理しちゃいましたね。」


ノアは頬を膨らませた。

「敵意がないなら、言ってくれればよかったのに。」


ティシアは少し笑う。

「影狼も動揺してたんだよ。」


ティシアは袋から、二本の串焼きを取り出した。

「何ですか、それ?」


「熱トカゲの串焼き。さっき売ってた。」


「魔物は不味いって聞いたですよ。」


「屋台の人が言うには、新鮮なほど美味しいらしいよ。」


「じゃあ、私も食べるです。」

ティシアはノアに串焼きを渡した。


「「いただきます。」」


二人は同時に串焼きを口に入れる。


しばらく、沈黙が流れた。


「…………」


「…………」


ノアがゆっくりとティシアを見る。

「……屋台の人は、大嘘つきだったですね。」


「うん。」


「すごく不味い。」

ティシアも静かに頷いた。

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