56.遺跡の生贄
ティシアが扉を押す。
重い音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。
中は暗かった。
しかし。
中から異様な熱気が流れ出し、二人の体を包み込む。
ティシアは思わず鼻を押さえた。
(何これ……。)
(腐乱臭?)
熱気とともに漂う、鼻を刺すような臭い。
二人は警戒しながら部屋の中へ足を踏み入れた。
──その瞬間。
ドォン。
背後で、扉が閉じた。
ノアが振り返る。
「閉じられたです。」
しかし、ティシアは振り返らなかった。
すでに剣を構え、まっすぐ前を見ている。
「あれを倒さないと、ここから出られないってことかな。」
ノアもゆっくりと前を見る。
そして、その姿を見て息を呑んだ。
そこには、炎に包まれた巨大なトカゲがいた。
その大きさは、影狼よりも、さらに巨大だった。
「……大きいですね。」
トカゲの目が、ティシアとノアを捉えた瞬間、
全身を覆う炎の勢いが、一気に増した。
ゴォォォォッ!
炎が部屋全体を照らし出す。
「来る!」
トカゲが大きな口を開いた。
シューッ!
口の奥から、炎が放たれる。
「任せてください!」
ノアがティシアの前へ飛び出した。
そして、杖を掲げる。
「アクアシールド!」
二人の前に、大量の水でできた壁が現れる。
直後、巨大なトカゲが放った炎が水の壁へとぶつかった。
ジュアアアアッ!
激しい蒸気が周囲に広がる。
しかし。
水の壁は、前回のようにすぐ蒸発しなかった。
「今度は、水の温度を下げ続けてるです!」
ノアが杖を握りしめる。
水の壁を維持しながら、魔力を送り続ける。
やがて。
巨大な炎は少しずつ勢いを失い、完全に消えた。
その瞬間。
ティシアが巨大なトカゲへ向かって走り出す。
「ノア!」
「隙を見て、あいつの体を覆ってる炎を全部消して!」
「できる?」
ノアはすぐに頷いた。
「できるです!」
ノアは巨大なトカゲから距離を取る。
そして、部屋の外周を時計回りに走り始めた。
ティシアは正面から、巨大なトカゲへと向かっていく。
「じゃあ、僕が時間を稼ぐ!」
巨大なトカゲが口を開く。
次の瞬間、複数の火球がティシアへと放たれた。
(アルカディアの時、ヴァレンも火球を斬ってた。)
(なら──)
ティシアは無詠唱で身体強化と感覚増強を発動する。
そして、迫る火球へ剣を振り抜いた。
ズバッ!
火球が二つに裂け、そのままティシアの両側を通り過ぎる。
(できた!)
ティシアはそのまま直進する。
次々と飛んでくる火球を、一つずつ剣で斬り裂いていった。
距離が縮まる。
すると、巨大なトカゲがその巨体を前へ押し出した。
ティシアを押し潰すように突進してくる。
「っ!」
ティシアは横へ跳び、トカゲの前足へ剣を振り抜く。
しかし。
剣は手応えなく、その足をすり抜けた。
「……!」
ティシアは距離を取る。
(影狼と同じだ。)
(あいつは、光のあるところでしか当たらなかった。)
ティシアは炎に包まれた巨大なトカゲを見る。
(ということは……こいつも炎が消えれば──)
「ティシア!」
ノアの叫び声が響く。
ティシアは反射的に身を引いた瞬間。
大量の水が、巨大なトカゲへと襲いかかる。
「アクアショット!」
ドォォン!
激しい水流がトカゲの全身を包み込んだ。
ジュワァァァァッ!
部屋中に蒸気が広がる。
トカゲの体を覆っていた炎が、次々と消えていき、部屋が暗闇に包まれる。
「今だ!」
ティシアは地面を蹴った。
炎が消えたトカゲへ向かって、一気に距離を詰める。
そして。
ザシュッ!
剣が、確かな手応えとともにトカゲの肉を斬り裂いた。
「────ッ!」
血が噴き出す。
「やっぱりだ。」
ティシアは剣を構え直す。
「炎を消せば、ちゃんと攻撃が通る!」
傷を負ったトカゲが、突如ノアのいる方向へ向きを変えた。
そして。
ドォォン!
巨大な体で、ノアへ向かって突進する。
「……っ!」
ノアは杖を構えた。
「アースショット!」
ノアが杖を掲げる。
そこから放たれた岩が、一直線にトカゲへと飛んでいく。
ドガッ!
岩は以前よりも速く。 そして強く、トカゲの皮膚へ食い込んだ。
しかし。
「止まらないです……!」
トカゲの勢いは衰えない。
「ノア!」
ティシアが二人の間へ飛び込む。
ドォォォン!
トカゲの巨体が、ティシアへと激突した。
「────ッ!」
体中の骨が砕けるような衝撃。
それでもティシアは倒れなかった。
足に力を込める。
「……ノアには……!」
地面を削りながら、必死に突進を受け止める。
「指一本……触れさせない!」
ティシアが踏ん張ると、巨大なトカゲの突進が止まった。
「今だ!」
ティシアは剣を構え、トカゲの頭部へ狙いを定める。
頭を破壊すれば──。
その時。
ゴォォォォ……。
「……?」
トカゲの体内から、何かが燃え上がるような音が聞こえた。
ティシアの表情が変わる。
「マズい!」
すぐに身を引き、剣を前へ構えた。
次の瞬間。
ボォォォォォ!
トカゲの全身から、再び大量の炎が噴き出した。
「────ッ!」
炎が至近距離にいたティシアを飲み込む。
「ティシア!」
ノアが慌てて杖を向ける。
「アクアショット!」
大量の水がティシアへ向かって放たれた。
ジュワァァァァッ!
炎が水とぶつかり、大量の蒸気が部屋中へ広がっていく。
その蒸気の中から、ティシアが飛び出した。
全身の火傷は、すでに再生を始めている。
「……っ!」
ティシアはトカゲの目を狙い、剣を振り抜いた。
しかし。
ザッ。
剣は何の手応えもなく、空を切る。
「……炎が!」
トカゲの体には、再び炎が燃え上がっていた。
ティシアはすぐに距離を取る。
しかし、離れていても熱気だけで皮膚が焼けていく。
「ノア、ありがとう。」
「ティシアが庇ってくれたおかげです。」
二人は再び距離を取る。
ティシアは巨大なトカゲを睨みながら考える。
(トカゲの炎を消すほどの水だ。)
(何度も撃てるわけがない。)
(どうすれば……)
ノアはトカゲの炎を見つめていた。
「ティシア。」
ノアが真剣な表情で口を開いた。
「賭けになるのですが、試してみたいことがあるです。」
ティシアはノアを見る。
「何?」
ノアは杖を握りしめた。
「それは────」
ノアが作戦を伝える。
ティシアは一瞬だけ考えた。
「……わかった。」
「やってみよう。」
ティシアは巨大なトカゲへ向き直る。
そして、一定の距離を保ちながら周囲を移動し始めた。
「こっちだ!」
トカゲの視線が、ティシアへ向く。
トカゲは大きく息を吸った。
ゴォォォ……。
(来る。)
ティシアは足へ魔力を集中させる。
身体強化。
ボォォォォォ!
巨大な炎のブレスが、ティシアへ向かって放たれた。
「っ!」
ティシアは強く地面を蹴る。
ドンッ!
炎が通り過ぎる直前、ティシアの体が横へ飛んだ。
轟音とともに、炎のブレスが地面を焼き尽くす。
ティシアは転がりながらも立ち上がる。
(でかい炎が来るのは分かってた。)
(後は────)
ティシアはノアを見る。
(ノアを信じるだけだ。)
「ファイアバースト!」
ノアが炎をトカゲに放つ。
その炎はトカゲにすべて吸収された。体が膨れ上がる。
通常の二倍ほどに、トカゲの体が巨大化した。
全身を覆う炎が、激しく揺らめいている。
トカゲはティシアに向かって突進しようとする。
しかし――。
ドォォン!
トカゲが地面に伏せた。
体を覆っていた炎が、徐々に小さくなっていく。
「今……あのトカゲは、私の炎を吸収したです。」
ノアは苦しそうに息をしながら、杖を握りしめる。
「あいつが吸収した炎は、もともと私の魔力から生まれた炎です。完全に支配できるかわからないですけど……魔力の繋がりを利用すれば、操れるかもしれないと思ったです。」
ノアは額に汗を浮かべる。
「……かなりしんどいです。」
それでも、ノアは炎を抑え続ける。
「ティシア! とどめを刺して!」
「分かった!」
ティシアがトカゲの上へ飛び乗る。
そして、トカゲを覆っていた炎が完全に消えた瞬間――。
「影狼。」
ティシアの全身が影に覆われる。
影がティシアの体を包み込み、身体が徐々に肥大化していく。
そして――。
振り下ろされた拳が、トカゲの頭部を砕いた。
ドゴォン!
トカゲの巨体が地面に崩れ落ちる。
ノアはその場に膝をついた。
「終わった……です。」
しかし――。
肥大化したティシアの体は、元に戻らなかった。
(制御できな――)
ティシアの意識が、急速に遠のいていく。
「……何、これ。」
影がティシアの意思とは関係なく蠢き始めた。
そして、影はゆっくりと狼の形へと変わっていく。
「ティシア………?」
そこにはティシアではなく、影狼が立っていた。




