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51.巨大な呪い

ガンマは額に汗を浮かべ、息を切らしていた。

「あなたは……なんで起きてるの?」


ガンマは本を取り出し、ティシアへ向ける。


「眠りの呪い。」

呟いた瞬間、ティシアの意識が歪み始める。


(……また、これか。)

視界がぼやけ、身体から力が抜けていく。


短刀を腹に突き立てる。


「――ッ!」


激痛が全身を駆け抜けた。

それでも、ティシアは刃を抜かない。


眠りに落ちるより、痛みの方がまだましだった。


その痛みによって、沈みかけていた意識が引き戻される。


ガンマが驚いたように目を見開く。

「気合で対抗できるものじゃないのよ。」


ティシアは腹部から短刀を抜く。


そして、ガンマへ向かって走り出した。


「持ってた貴重な代償は、全部使ったの、」


ガンマは焦ったように本を開く。

「来ないで。」


「不動の呪い。」

その言葉と同時に、ティシアの足が止まった。


しかし――


「……動け!」


ティシアは無理やり足を動かす。

そして、そのままガンマへ斬りかかった。


「っ!」


ガンマは咄嗟に後ろへ身を引き、刃をかわす。


ティシアはガンマを追わず、石化したグルムのもとへ駆け寄った。

「グルムさん、大丈夫ですか!」


「無駄よ。」

ガンマは距離を取りながら答える。


「石化したら、意識はないもの。」


そして、自分の腹部を押さえる。

「……完全に石化する前に、反撃を食らったけどね。」


ティシアがグルムの身体を確認していると――


ゴトッ。


小さな音が響いた。


「……?」

ティシアが顔を上げる。


石化したグルムの身体が、かすかに動いていた。


「あんなに強い呪いを使ったのに……もう石化が解けそうなの?」

ガンマの表情が初めて崩れる。


しかし、すぐに焦りを隠すように淡々と告げる。

「早くそこから退いて。」


ガンマは本を握り直す。

「私は……彼にしか用がないの。」


「奇遇ですね。僕もグルムさんに用があったんですよ。」


ティシアが一歩踏み出す。


ガンマは本を開き、何かを呟いた。


「出血の呪い。」


その瞬間、ティシアの目や口から血が流れ出す。


「……!」


だが、血はすぐに止まった。

ティシアは何事もなかったかのようにガンマを見つめる。


「……何で効かないのよ。」


ティシアは再びガンマへ向かって走り出す。


「来ないで!」


ガンマは次々と呪いを放つ。


「壊死の呪い!」


「表裏の呪い!」


「渦の呪い!」


しかし――


どの呪いも、ティシアの動きを止めることはできない。


ティシアはそのまま距離を詰めていく。


「……!」


ガンマの表情に動揺が浮かぶ。


(呪いがかかっていない?)


(いや……違う。)


(確かに、呪いがかかっている実感はある。)


ガンマはティシアを見つめる。


(でも、これは……)


ティシアが目の前まで迫る。


ガンマは思わず口を開いた。


「あなた……そんな巨大な呪い、どうやって手に入れたの……?」


ティシアは答えない。


そのまま短刀を振り下ろす。


「っ!」

ガンマは間一髪で身を引き、刃をかわした。


(このままだと捉えられない。)


ガンマとの距離を詰めながら、ティシアは考える。

(……試しに、刻印を使ってみるか。)


ティシアは刻印に魔力を込める。


その瞬間――


全身の血管が皮膚の外へ引きずり出されるような、異様な感覚が走った。


「……ッ!」


ティシアは顔をしかめる。


(この感覚……。)


ふと、グルムとの戦いを思い出す。

(たぶん、グルムさんがノアを掴んだときにも、無意識に発動したんだ。)


ティシアの腕が、ゆっくりと影に覆われていく。


その影が、生き物のように蠢く。

「……影狼。」


ティシアは影に覆われた右腕を、ガンマへ向かって振り下ろす。


「っ!」


ガンマが咄嗟に身を引こうとした瞬間――


ティシアの右腕が一気に肥大化した。


「───ッガァァ!」


巨大化した腕がガンマを直撃する。

その衝撃で、ガンマが手にしていた本が宙を舞い、バラバラに砕け散った。


ティシアの右腕を覆っていた影が、徐々に薄れていく。

(……何度も使える技じゃないな。)


ティシアが右腕を見つめていると、ガンマがゆっくりと立ち上がった。


(触媒を失った以上、もう呪いは使えない。)


(時間を稼ぐしかないわね。)


ガンマは両手を上げる。

「降参。」


「……。」


「あなたとは相性が悪すぎて、勝てないわ。」


ティシアは警戒を解かない。


ガンマは苦笑する。

「あなたの呪いが強すぎて、私の呪いが弾かれたのよ。一体どうやって――」


「おじさん。」

ティシアがガンマの言葉を遮る。


「手加減はしてください。」


「……?」


ドォォン!


突然、ハンマーが飛んできた。


「ぐぁっ!」


ハンマーがガンマを直撃し、その身体が吹き飛ぶ。


その後ろから、石化の解けたグルムが現れる。


グルムは肩を鳴らしながら、ティシアを見る。

「何だ? 手加減はしたぞ。」


「……。」


ティシアは呆然とグルムを見る。


そして、グルムが指さした先へ視線を向ける。


そこには、地面に倒れたガンマの姿があった。

――右足が、完全に潰れている。


「…………。」


ティシアは何も言えなかった。


「ティシア!」

扉から、傷だらけのノアとドワーフが入ってくる。


「ノア、大丈夫!?」

ティシアはすぐにノアのもとへ駆け寄る。


「……私は大丈夫です。それより――」

ノアはグルムを見る。


「グルムさんは……?」


ドワーフもグルムへ駆け寄る。

「グルムさん、大丈夫ですか?」


「ああ、わしは――」

グルムが言葉を続けようとした瞬間、膝をつく。


「グルムさん!」

ノアが慌てて駆け寄る。


ティシアは二人の様子を確認すると、ふとガンマの方へ視線を向けた。


「……!」


ガンマの右手が、黒い闇に覆われていた。


ガンマは苦しそうに笑う。

「さよなら。」


闇が右手からさらに広がっていく。

「もう二度と会いたくないわ。」


「ノア!」

ティシアが叫ぶ。


ノアはすぐさま神翼の羽をガンマへ向けた。

「フォス・スフィア!」


ノアの手から光球が放たれる。

それは一瞬でガンマへ到達し、闇に覆われていた右手を吹き飛ばした。


「────ッ!」


ガンマが悲鳴を上げる。

そして、そのまま意識を失った。


ティシアはガンマのそばに落ちたものを拾い上げる。

「……何これ?」


それは、黒い腕輪だった。


ノアが腕輪を確認する。

「闇魔法が刻まれている腕輪ですね。」


「これで、どこかへ逃げようとしたんだと思うです。」


ノアがガンマへ視線を向ける。


「……!」


その顔から血の気が引く。

「死にかけじゃないですか!」


「文句は……おじさんに言っ――」

ティシアの身体がふらつく。


「……あれ?」

そのまま、ティシアは意識を失った。


「ティシア!」

ノアは慌ててティシアを寝かせる。


そして、すぐにガンマにも回復魔法をかけ始めた。


しばらくすると、背後からグルムの声が響く。

「この騒ぎじゃ、じきに騎士団も来るだろう。」


グルムは二人を見つめる。

「お前さんらは、ここの二階にあるベッドで休め。」


「説明は、わしがしておく。」


「……ありがとうございます。」

ノアはティシアのそばに座り、静かに息を吐いた。


────────────


ティシアが目を覚ます。


窓の外はまだ暗い。

「……まだ夜か。」


あまり時間は経っていないようだった。


すると、扉が開く。

「ティシア、目覚めたですか?」


ノアが部屋に入ってくる。


「うん。」

ティシアは身体を起こす。


「事情はグルムさんが説明してくれるです。『お前たちは休め』って。」


「そう。」


ティシアは窓の外を見る。


「じゃあ、今日はもう遅いし、寝ようか。」


「はいです。」


二人はベッドに入る。

しばらくの間、部屋には静かな時間が流れた。


すると、ノアが小さな声で呟く。

「……私、初めて人を殺しました。」


「……。」

ティシアは何も言わず、ノアの言葉を聞く。


「そうしないと……自分や周りの人が危険な目に遭うって、分かってるんです。」

ノアは布団を握る。


「でも……人を殺したっていう事実は、なくならないです。」


「僕も人を殺した。」

ティシアは静かに答える。


「初めては、聖人の儀のときだね。」


「ノアと一緒で、やらないとこっちが殺される状況だった。」


ティシアは少し黙る。

「だから……その気持ちは、すごく分かるよ。」


ティシアはノアを抱きしめる。

「無理に忘れなくていいよ。」


「怖かったことも、辛かったことも、全部そのままでいい。」


ノアはティシアの胸に顔を埋める。

「……ティシア。」


「僕がそばにいるから。」


ノアは何も言わず、ティシアの服を強く握った。


────────────


翌朝。


ティシアは誰かの気配を感じて目を覚ました。


「……。」


目をこすりながら顔を上げる。


そこには、フライパンを手にしたグルムが立っていた。

「……お楽しみ中だったか。」


ティシアはあくびをしながら身体を起こす。

「おじさん、そんなんじゃないですよ。」


「おじさんと呼んでいいとは言った覚えがないぞ。」


「いいでしょ。ある意味、命の恩人だし。」


グルムは呆れたようにティシアを見る。


「まあいい、朝食を用意した。そいつも起こして降りてこい。」

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