50.蛇牙傭兵団
依頼を終えたティシアとノアは、以前、蛇牙傭兵団と遭遇した裏路地へ向かった。
「ギルドの人に蛇牙傭兵団について聞いてみましたけど、何も分からなかったですね。」
「蛇牙傭兵団……。」
ティシアは裏路地の奥を見つめる。
「どこかで聞いたことがある気がするんだ。」
「ティシアが王子だった頃ですか?」
「うん。」
ティシアは少し考える。
「でも……思い出せないな。」
「裏路地の奥に行けば、何か見つかるかもしれない。」
ノアがティシアを見る。
「今回は、私も行くです。」
「……そうだね。」
ティシアは少し考えてから頷く。
「前は僕一人で行って、何も得られなかったから。」
二人は顔を見合わせ、裏路地の奥へと進んでいった。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。
「どっちに進むですか?」
ティシアは少し考え、左の道を指さす。
「こっちに進もう。血の臭いがする。」
ノアは鼻をすする。
「そんな臭い、しますか?」
「うっすらとだけどね。」
二人は血の臭いをたどり、裏路地の奥へ進んでいく。
やがて、行き止まりにたどり着いた。
「……壁の向こうから臭いがする。」
ティシアは壁に手を触れる。
すると、手が壁をすり抜けた。
「……!」
その向こうに、空間が広がっている。
「ノア、これ何か知ってる?」
ノアは壁を見つめる。
「幻覚を見せる魔法……聞いたことがあるです。」
「じゃあ、この壁は幻覚ってこと?」
「たぶんです。壁があるように見せてるんだと思うです。」
ノアは何かを探るように、壁に手を触れる。
「……ありました。」
ノアが壁の中から取り出したのは、手のひらほどの大きさで緑色の水晶だった。
「これは?」
「投影晶っていうです。」
ノアは水晶を眺めながら説明する。
「映像を記録して、指定した場所に映し出すことができるものです。」
「そんなものがあるんだ。」
「私は聞いたことがある程度です。これはエルフが自分たちの住処を隠すために使っているって、デルトから聞きました。」
「だから、詳しくは分からないですけど……。」
ティシアは投影晶を見つめる。
「蛇牙傭兵団……ちょっと強い賊の集まりくらいだと思ってたけど、予想以上に大きな組織みたいだね。」
(騎士団に任せるべきか……。)
ティシアは少し考える。
(でも、そうしたら何も情報が得られない。)
「ノア、慎重に進もう。」
「分かったです。」
二人は警戒しながら、隠された空間の奥へと足を踏み入れていった。
中は狭く、壁にはランタンが規則正しく並んでいる。
コツ、コツ、と二人の足音が通路に響く。
ティシアはランタンの中にある蝋燭へ目を向けた。
「元の長さは分からないけど、まだかなり長い。」
ティシアは蝋燭を見つめる。
「誰かが中にいるかもしれない。」
ノアは通路の奥へ視線を向ける。
「……向こうに扉があるです。」
二人は足音を立てないよう、ゆっくりと扉へ近づく。
そして、息を潜めながら扉に耳を当てた。
――中から、男たちの話し声が聞こえてくる。
「……。」
二人は顔を見合わせる。
少なくとも、三人の男がいるようだった。
ティシアとノアは顔を見合わせ、声を潜めて作戦を立てる。
────────
部屋の中では、男たちが話していた。
「ガンマ様は何してるんだ?」
「あの方は、計画を実行するための準備をしているんだよ。」
「準備? それって――」
その瞬間、扉が勢いよく蹴り破られた。
「誰だ!」
男たちは驚いて立ち上がり、二人に向かって剣を構える。
ノアがすぐに手をかざす。
「光よ!」
眩い光が部屋を満たし、男たちは思わず目を覆った。
「ぐっ……!」
その隙を逃さず、ティシアが一人の男の背後へ回り込む。
そして男の首元に短剣を突きつけた。
「動くな。」
男たちは武器を床に置き、両手を上げる。
「降参だ。頼む、仲間を殺さないでくれ。」
ティシアはその言葉を無視する。
「お前ら、蛇牙傭兵団だな。」
「……そうだ。」
「何が目的で鍛冶師を狙ってる?」
男は少し黙った後、答える。
「……兵器を作らせるためだ。」
「兵器?」
「ああ。だが、俺たちも具体的なことまでは知らない。」
ティシアは少し考えてから、さらに問いかける。
「何故、お前らはエルフの技術を持っている?」
「アルカディアでも審判晶を使ってるだろ。あれと同じだ。買ったんだよ。」
「どこから?」
「……知らん。」
「蛇牙傭兵団とは何だ?」
「俺は1年前に入ったんだ。詳しいことは知らない。」
「ガンマはどういう奴だ?」
「……知らない。」
ティシアは男たちを睨みつける。
「……。」
そして、最後の質問を口にする。
「じゃあ、最後だ。」
ティシアは男の首元に刃を当てたまま続ける。
「聖人の儀で、お前らが起こしたこと。知っていることを全部話せ。」
男はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。
「……俺たちは、上の命令で聖女を殺せと命じられた。」
「だが、計画は失敗した。」
男は俯く。
「それだけしか知らん。」
ティシアは黙ったまま、男を見つめる。
「……。」
すると、ノアがティシアの肩をそっと叩いた。
「……もう、やめましょう。」
「……分かった。」
ティシアは短剣を男の首元から離す。
そして、そのまま後ずさるように部屋から出た。
「時間をかけすぎた。これ以上、奥に進むのはやめよう。」
「はいです。」
二人は裏路地を出ると、今回分かったことを騎士団へ報告した。
そのころには、すっかり夜になっていた。
二人は宿に戻り、夕食を取る。
ティシアは小さく切った肉を口に運ぶ。
「ノアのおかげで、一口サイズの肉なら何とか食べられるようになったよ。」
ノアは食事をしながら、ティシアに微笑む。
「なら、よかったです。」
しばらく食べていたティシアが、ふと手を止める。
「……今日はごめん。」
「?」
「危険を覚悟して入ったのに、あまり情報を得られなかった。」
ノアはティシアを見る。
「別にいいですよ。それより、グルムさんのことです。」
ノアは少し不安そうに続ける。
「ちゃんと警備がついているとは思うのですが……やっぱり心配です。」
「そうだね。」
ティシアも頷く。
「向こうのアジトが知られた以上、計画を早める可能性がある。」
「もう少し時間が経ったら、様子を見に行こう。」
「はいです。」
二人は食事を終えると、グルムの工房へ向かった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
裏口まで来ると、地面に人が倒れているのが見えた。
「……!」
二人は慌てて駆け寄る。
「この人……朝に会ったドワーフの人だ。」
ノアが倒れているドワーフの体に触れる。
「……呪いです。」
「呪い?」
「一定時間、意識を失わせる効果みたいです。」
「解呪できる?」
ノアは頷き、神翼の羽を取り出す。
「任せてください。」
ノアは少し胸を張る。
「だてに聖女をやってないですから。」
ノアが解呪を始めた、その時だった。
ティシアが何かを感じ取り、暗闇へ視線を向ける。
「……誰だ。」
暗闇の中から、一人の男が姿を現した。
その手には、一冊の本が握られている。
(……呪いの触媒!)
ティシアはすぐさま男へ向かって駆け出す。
「不動の呪い。」
男がそう呟いた瞬間、ティシアの足が動かなくなった。
「……っ!」
ティシアは無理やり足に力を込める。
「動け!」
固まった足を引きずるように、一歩、また一歩と前へ進む。
そして男との距離を一気に詰め、短刀を振るった。
刃が正確に男の首を捉える。
「────ッ」
男は首から血を流し、その場に倒れた。
「ティシア!」
ノアがティシアに向かって叫ぶ。
「解呪できました!」
その直後、倒れていたドワーフがゆっくりと目を開ける。
「ここは……?」
ノアが声をかける。
「グルムさんの工房です。何があったか覚えているですか?」
ドワーフはハッとしたように立ち上がる。
「女だ!」
「女?」
「女が来て、俺を眠らせたんだ。早く行かないと!」
ティシアたちは急いで工房の中へ入る。
廊下を進んだ先には、五人の男たちが立っていた。
全員、身体のどこかに蛇のマークが刻まれている。
「……蛇牙傭兵団。」
ティシアが呟く。
ノアが周囲を確認し、ティシアに告げる。
「ティシア、隣の客室から壁を破って工房へ向かってください。」
「ノアは?」
「私とドワーフさんで、ここにいる人たちを足止めします。」
ノアは杖を構える。
「早く行ってください!」
「……分かった。死なないでね。」
「ティシアもです。」
ティシアは隣の客室へ駆け込む。
部屋の壁には、一部分だけ木の板が張られていた。
「……ここか。」
ティシアは壁に手を当てる。
「グルムさん、ごめんなさい。」
そして、拳を握る。
ドゴンッ!
ティシアは壁を破り、そのまま奥へ飛び込んだ。
「……!」
目の前に広がっていたのは、工房だった。
その中央に、石化したグルムが立っている。
そして、そのすぐそばには――ガンマがいた。




