47.グルムの工房
熱トカゲを討伐したティシアとノアは、冒険者ギルドへ向かい報酬を受け取った。
「二匹で銀貨六枚でしたね。」
「熱トカゲの皮膚は熱をよく伝える特殊な素材だから、高く買い取ってもらえるんだね。」
「この後は、グルム・バルガンの工房に行くですか?」
「そうだね。なるべく列が減ってるといいんだけど。」
二人は工房へ向かった。
「ティシア……私の見間違いじゃなかったら、列が増えてるです。」
「そうだね……。」
ティシアは列の最後尾を見つめる。
「このままだと、七時間くらいかかりそう。」
ティシアは腰に手を当て、ため息をつく。
「しょうがない。別の工房を探そう。」
二人が工房から離れようとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「グルム・バルガン様が、お二人をお呼びです。」
二人が振り返る。
そこには、フードを深く被ったドワーフが立っていた。
声からすると、女性のようだ。
「グルムって、あの鍛冶職人の?」
ティシアが尋ねる。
「どうして僕たちを?」
ドワーフの女性は、フードを被ったまま答える。
「詳しくは、中に入ってからグルム・バルガン様本人にお聞きください。」
「……分かりました。」
ティシアとノアは顔を見合わせる。
「行ってみるです。」
「そうだね。」
二人はドワーフの女性について行き、工房の裏口から中へ入る。
そのまま客室へ案内された。
「ここで少々お待ちください。」
ドワーフの女性はそう言って、部屋を出ていった。
「ノア、どう思う?」
「正直、怖いです。」
「もし危なくなったら、急いでここから逃げよう。」
「はいです。」
しばらくすると――
ガチャ。
扉が開いた。
そこには、他のドワーフよりもやや身長が高く、筋骨隆々とした男が立っていた。
白髪の髭を蓄え、その身体には長年鍛冶を続けてきた者特有の傷跡がいくつも残っている。
男は二人を見つめる。
「「……。」」
ティシアとノアは黙って男を見る。
男はしばらくティシアを見つめたあと、何かを確信したように目を細めた。
そして――
男は膝をつく。
「神にご挨拶申し上げます。」
「……はい?」
「私はグルム・バルガンと申します。本日は何用でしょうか。」
二人は状況を飲み込めない。
「待ってください。神って何ですか? 僕は神じゃありません。」
グルムは少し驚いたように顔を上げる。
「……違う?」
「はい。」
「では……神の使い様でしょうか?」
「使い……。」
ティシアは少し考える。
「心当たりはあります。」
「やはり……。」
グルムは確信したように頷く。
「あなた様から、神の気配を感じたもので……ここにお呼びしたのです。」
「神の気配……サーナトスの力のことですか?」
グルムの表情が変わった。
「……サーナトス。」
その名を呟いた瞬間、グルムの声が低くなる。
「もしや……サーナトスの使いですか。」
ティシアは答えに詰まる。
「使い……なのかな。」
そう答えた瞬間――
ドンッ!!
「――っ!?」
ティシアの右手が、突然潰れた。
何が起きたのか理解できない。
ただ、右手から遅れて激痛が込み上げてくる。
「ティシア!?」
ノアが叫ぶ。
ティシアは潰れた右手を見る。
そのすぐ横には、ハンマーを持ったグルムが立っていた。
「お前は、アルジャ様に封印された神の使いか。」
グルムの声が低く響く。
「なぜここに来た。」
「待って! 何を言ってるか――」
ドゴォンッ!!
その瞬間、ティシアの身体が吹き飛んだ。
「――ッ!?」
壁を突き破り、そのまま奥の工房へ転がっていく。
「ティシア!」
ノアの声が遠く聞こえる。
ティシアは何とか立ち上がろうとする。
「いったい……何が――」
そこで初めて、違和感に気づいた。
左腹部に、ぽっかりと穴が開いている。
「――ッ!」
血が床へ滴り落ちる。
「いつ……攻撃された……?」
穴の開いた壁から、ゆっくりとグルムが歩いてくる。
「お前、再生するのか。」
グルムの視線がティシアの右手へ向く。
潰されたはずの右手が、徐々に形を取り戻していた。
「アース・ショット!」
ノアが咄嗟に魔法を放つ。
岩の塊がグルムへ向かって飛んでいく。
ドォン!
岩がグルムの身体に直撃する。
しかし――
グルムは一歩も動かなかった。
「ティシア! 逃げましょう!」
「分かった!」
ティシアが走ろうとする。
「……っ!?」
足が動かない。
ティシアは足元を見る。
そこには、長い杭が深々と突き刺さっていた。
「いつの間に……。」
無傷のグルムがティシアの前まで歩いてくる。
「もう一度聞く。何の用だ。」
「だから! 待ってくだ――」
ブンッ!
ティシアが言い終えるより早く、グルムのハンマーが振り抜かれた。
「――ッ!」
両手が同時に潰れる。
「グァ゛ッ!」
ティシアが床に膝をつく。
グルムはハンマーを肩に担ぐ。
「いくら聞いても無駄だな。」
そして、ノアを見る。
「なら、こっちに聞くか。」
「……え?」
突然、グルムの姿が消えた。
「キャアッ!」
ノアの悲鳴が響く。
「ノア!」
ティシアが顔を上げる。
いつの間にかグルムはノアの目の前に立っていた。
その手が、ノアの首を掴んでいる。
「……ノアを離せ。」
ティシアの声が低くなる。
(このままだとノアが危ない。早くこいつを――)
ティシアの心が、殺意に染まっていく。
「お前ら、何が目的だ。」
グルムはノアの首を掴む手に力を込める。
「……っ!」
次の瞬間、ティシアの飛び蹴りがグルムの身体を捉える。
ドゴッ!
グルムの身体が吹き飛ぶ。
一瞬だけ――
ティシアの身体に、黒い影がまとわりついていた。
だが、それはすぐに消える。
「……今のは?」
グルムが立ち上がり、ティシアを見つめる。
「………。」
「グルムさん! 話を聞いてください。」
「………。」
(僕の身体強化では、グルムに致命傷を負わせることはできない。何か別の魔法を……。)
ティシアは、ノアに魔法を教えてもらったときのことを思い出す。
(確か、魔法を発動するにはイメージが大切って言ってた。イメージ……。)
ティシアが目を閉じる。
すると――
ティシアの身体が炎に包まれていく。
「ティシア!」
ノアが叫ぶ。
しかし、ティシアは止まらない。
炎をまとったまま、グルムへ突撃する。
(ゴブリンキングみたいに、いくら身体が頑丈でも火は効くかも。)
「――ッ!」
ティシアが拳を振り抜く。
だが――
グルムは大きく腕を振るった。
ゴォッ!
その一振りだけで、ティシアを包んでいた炎が吹き消される。
「……え?」
ティシアが立ち止まる。
グルムはしばらくティシアを見つめた。
「………もういい。」
ハンマーを下ろす。
「話を聞いてやろう。」




