46.ヴォルガルド
ベルン村に、一人の冒険者がやって来た。
「すいません。ここって、アストさんの家で間違いないですか?」
扉からグレンが顔をのぞかせる。
「そうです。……騎士団の人ですか?」
「違いますよ。」
冒険者は笑うと、カバンの中から一通の手紙を取り出した。
「アストさんに、この手紙を渡してもらえますか?」
グレンは手紙を受け取る。
「……ティシアさんからのお手紙です。」
その言葉を聞いた瞬間、グレンの顔が明るくなった。
「そうなんですね! ありがとう!」
グレンは手紙を握ったまま、駆け足で家の中へ戻る。
「お父さん! ティシア兄ちゃんからの手紙!」
ベッドで横になっていたアストが勢いよく起き上がった。
「本当か!? 見せてみろ!」
二人は並んで手紙を見る。
グレンがアストの顔を見る。
「お父さん、文字読めるの?」
「……あいさつ程度なら。」
「えっと……」
アストは必死に文字を追っていく。
「『お元気ですか。私は元気です。──が遅くなってごめんなさい』」
『今は、仲間が───。ヴォルガルドに向かってます。いつか、────ので楽しみ───』
アストの動きが止まる。
「……。」
グレンはアストを見る。
「お父さん。」
「ん?」
「文字読める人に見てもらお。」
「まあ……元気にしてることは分かったしいいじゃねぇか。」
────────
ティシアたちは北へ向かって大体一週間が経った。
進むにつれて気温は徐々に上がり、草木は少なくなっていく。
やがて周囲には岩石ばかりが目立つようになった。
ティシアとノアは防熱具を身につけ、くたくたになりながら歩いていた。
「ティシア~、あとどれくらいで着くですか~」
今にも溶けてしまいそうな顔で、ノアが尋ねる。
「今日中には着くと思う。」
「本当ですか~……。」
ティシアが遠くを指差す。
「あ! あれじゃない?」
ノアが顔を上げる。
遠くには、巨大な山がそびえ立っていた。
その麓には大きな洞穴があり、そこへ向かって人々が列を作っている。
「……あれが、ヴォルガルドですか?」
「そうだよ。確か、山の中に都市があるんだって。」
「山の中……どうやって過ごしてるんですかね。」
「行ってみたら分かるよ。」
二人は山の麓まで歩く。
すると、二人は不思議なものを目にした。
「すごいです! 水がパラパラって撒かれてるです!」
「……あれは何だろう?」
地面から伸びた管の先から、細かな水が辺り一面に降り注いでいる。
「暑さ対策なのかな。」
ティシアとノアが不思議そうに眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「それを見るのは初めてかい?」
振り向くと、そこには若い男のドワーフが立っていた。
「それはスプリンクラーって言ってな。ヴォルガルド一の鍛冶職人、グルム・バルガンが作ったものらしいんだ。」
「鍛冶職人が、こんなものを作ったんですか?」
「ああ。あの人は武器だけじゃなくて、こういう変わったものを作るのも好きでな。」
「すごい方なんですね。」
若いドワーフは、都市の地図をティシアたちに見せる。
「ここにその人の工房があるんだ。武器や道具の依頼も、そこで受けてる。多分忙しいだろうが、気が向いたら寄るといい。」
「ありがとうございます。」
ティシアは地図を確認する。
「覚えておくよ。」
二人は礼を言い、山の中へ入っていった。
中へ入ると、明るい光が二人を包んだ。
ノアは辺りを見渡す。
「山の中なのに、明るいです。」
ティシアは大きく息を吸う。
「しかも、空気が涼しい。」
山の中とは思えないほど過ごしやすい。
息苦しさもなく、二人はそのまま街を歩き回った。
「剣に弓、いろんな武器があるね。」
「でも、杖とか魔道具は少ないです。」
「ドワーフは魔法を使える人が少ないんだ。だから、作れる人も少ないのかも。」
「じゃあ、ティシアが持ってるゴブリンキングの魔石はどうするですか?」
ティシアは収納袋を見る。
「どこかに、魔石と武器を組み合わせられる鍛冶職人がいるはずだし、探してみよう。」
「そうですね!」
二人が歩いていると、物凄い長い列に出くわした。
「すごい列ですね。ここって……」
「ドワーフの人に教えてもらった、グルム・バルガンの工房だね。」
ノアは列の先頭を見ながら言う。
「並ぶですか?」
「今はいいかな。このまま並んでも、五時間くらいかかりそうだ。」
二人がその場を離れようとしたとき――
ティシアは、誰かに見られているような感覚を覚えた。
「……ん?」
「ティシア、どうしたですか?」
「いや、何でもない。」
ティシアは振り返る。
しかし、そこには大勢の人がいるだけだった。
二人は街を歩いていると、冒険者ギルドを見つけた。
「最近、魔物と戦ってないし、討伐の依頼でも受けよう。」
ティシアは少し考える。
「それと……神様にまつわることについて、何か知ってる人がいないか聞いてみよう。サーナトスの力につながるかもしれないから。」
「分かったです。」
────────
依頼を受けたティシアとノアは、山を出て西にある火山の周辺まで来ていた。
「結局、有益な情報はなかったね。」
ノアは火山の頂上を指差す。
「でも、火山の言い伝えは聞いたです。火山の中に、神様の使いがいるって。」
「火山の中に入るわけにはいかないしな。」
ティシアは火山を見上げる。
「まずは依頼を終わらせよう。」
「熱トカゲ二匹の討伐ですよね。」
二人がしばらく歩いていると、ティシアが足を止めた。
「ノア、多分この先にいる。」
「分かるですか?」
ティシアは眉を寄せる。
「最近、鼻が良くなったのかな。」
二人はゆっくりと歩を進める。
次第に、焦げたような臭いが鼻を刺激した。
「……焦げ臭い。」
ノアも目を閉じ、魔力を探る。
「私の魔力感知にも反応したです。」
その先には――
赤く熱を帯びた、大型犬ほどのトカゲがいた。
「……あれが熱トカゲか。」
トカゲは二人に気づくと、低い唸り声を上げた。
ティシアは剣を構え、トカゲとの距離を一気に詰める。
「はっ!」
剣を振り下ろす。
だが――
トカゲは地面を蹴り、素早く横へ跳んだ。
剣は空を切る。
「……速いな。」
ティシアはトカゲを見据える。
(じゃあ、身体強化を使ってみよう。)
ティシアは魔力を身体へ巡らせ、詠唱を始める。
しかし、その隙をトカゲは逃さなかった。
「ギャアッ!」
トカゲが地面を蹴り、ティシアへ飛び掛かる。
「ティシア!」
ノアが手を広げる。
「──アクア・ウェーブ!」
広範囲に水が噴き出し、トカゲを包み込む。
「ギャッ!」
トカゲは水を嫌がるように飛び退いた。
「ありがとう、ノア。」
ティシアは剣を握り直す。
「これなら……。」
一歩踏み込んだ瞬間、先ほどとは比べものにならない速度でトカゲとの距離を詰めた。
「ギャァッ!」
トカゲが反応する暇もなく、ティシアはその首を斬り落とした。
トカゲはしばらく痙攣していたが、やがて力を失い、その場に倒れた。
ティシアは剣を鞘に戻そうとして――手を止める。
「……ん?」
刀身を見る。
「……表面が溶けてる。」
熱トカゲの身体に触れた部分が、ところどころ溶けていた。
ノアも覗き込む。
「使いすぎると壊れそうです……。」
「そうだね。」
ティシアは溶けた刀身を見つめる。
「……一度、鍛冶職人に見てもらった方がいいかもね。」
「熱トカゲの討伐は中止ですか?」
ティシアは自分の手を見る。
「いや、倒し方が分かったかも。一人でやってみてもいいかな。」
「わかったです。」
ティシアは別の熱トカゲを見つける。
(身体強化を使えば、あの速度にも追いつける。)
ティシアは詠唱を始める。
魔力が身体を駆け巡り、筋肉に力が満ちていく。
「……これなら。」
次の瞬間、ティシアの姿が消える。
「ギャァッ!?」
熱トカゲが反応したときには、すでにティシアは目の前にいた。
「捕まえた。」
ティシアは熱トカゲの首を片手で掴む。
「ギャッ……!」
熱トカゲが必死にもがく。
だが、ティシアの腕はびくともしない。
「……ふっ。」
力を込める。
ミシッ。
首から嫌な音が鳴った。
ティシアはそのまま握り潰した。
熱トカゲは力を失い、地面に倒れた。
ノアは呆然とティシアを見る。
「……ティシア。」
「ん?」
「今の……魔法だけの力じゃないですよね?」
「……僕も、ちょっと驚いてる。鍛錬の成果かな?」
ティシアが自分の手を見る。
ひどく焼け焦げていた。
「ティシア、回復魔法をかけるです。」
「大丈夫。力の破片を取り込んだ影響か、回復するのも早くなったみたい。」
ティシアが手を見る。
焼け焦げた皮膚は、すでに元の状態へ戻りつつあった。
「そうですか。なら、よかったです。」
ノアは微笑む。
しかし――
一瞬だけ、ティシアの姿が別のものに見えた。
人間ではない。
まるで、意思を持たない無機物のような――。
「……?」
ノアが瞬きをすると、そこにはいつものティシアがいた。




