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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第三章『大きな狼』
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42.命を喰らう感覚

ティシアは真っ暗で何もない空間で目覚める。

「ここは……?」

この空間には見覚えがあった。

「確かサーナトスと会った空間だ。てことはここは僕の精神空間?」


ティシアが考えてると、草を踏む感覚が来る。

「何が起こって──」


次に強烈な草の匂い、獣臭が襲う。

「───ッ」


だんだん意識がはっきりしてくる、ティシアは自分の身体を見下ろした。


「……え?」


人間の手ではない。


鋭い爪。

灰色の毛。

四本の脚。


「……僕が……ウルフに?」


そう呟いた瞬間――


「グルル……。」


自分の口から、低い唸り声が漏れた。


「……っ!」


ティシアは慌てて口元を押さえる。


しかし、そこに人間の手はなかった。


目の前にはウサギがいる。ティシアに嫌な予感が走る。

ティシアはウサギに飛び掛かる。ウサギを捕まえそして────

「やめろ!」

ティシアの意思に反して牙が肉に食い込む。


「――っ!」


ティシアは吐き気を覚えた。


なのに――


美味しい。


「……違う。」

ティシアは必死に否定する。


「僕は……こんなものを……。」

だが、身体は止まらない。


噛み千切る。


飲み込む。


また噛み千切る。


「やめろ……!」

それでも止まらない。


食べ終わったころ、視界が歪んだ。


「……また……?」

景色が崩れていく。


次に目を開けたとき――


森の中だった。


目の前には、一頭のシカがいる。


「……。」


ティシアは後ずさる。

「もう……やめてくれ。」


しかし、身体は止まらない。


足が地面を蹴る。


「やめろ!」


シカへ飛び掛かる。


角を避け、首へ牙を突き立てる。


「――っ!」


温かい血の感触。


シカの身体が震える。


それでも、牙は離れない。


「違う……!」


ティシアは叫ぶ。


「僕は食べたくない!」


それでも――


身体はシカの肉を食い千切った。


気がつけば、再びシカが目の前にいた。

「……まだ続くのか……」


ティシアは目を逸らそうとする。

しかし、身体は言うことを聞かない。


再び地面を蹴った。

シカへ飛び掛かる。


その瞬間――


「――ッ!」


腹部に、焼けるような痛みが走った。

ティシアの身体が地面へ転がる。


「……え?」


腹を見る。


そこには一本の矢が深々と突き刺さっていた。

「矢……?」


遠くから、人間の声が聞こえる。


『当たったぞ!』


『追え!』


ティシアの身体が、本能的に動き始めた。


逃げなければ。


殺される。


ティシアは必死に地面を蹴った。

足が重い。腹から血が流れている。


それでも走る。


木々の間を抜ける。


後ろから足音が近づいてくる。


「……来るな……。」


ティシアは息を荒くしながら呟く。


「僕は……何もしてない……。」


しかし、その言葉とは裏腹に――


身体は知っていた。


自分は今まで、何匹もの動物を食べてきた。


生きるために。


ただ、生きるために。


やがて、一軒の古びた建物が見えた。


ティシアはそこへ逃げ込む。扉の隙間から外を見る。

人間たちが通り過ぎていく。


『どこへ行った?』


『血は続いている。近くにいるはずだ』


ティシアは息を殺した。


身体が震えている。


「……怖い。」


ティシアは理解した。


影狼も、こうやって生きていたのだ。


影狼は血を流しながら建物の奥へと進んだ。その道に見覚えがあった。

「ここは、影狼がいた遺跡?」


遺跡の奥につく。そこは以前みた礼拝堂だった。違うのは前より苔が生えていないのと台座の上に1つの羽があることだった。


影狼は台座の前で立ち止まった。


その上には、一枚の羽が置かれている。

「……あれは。」


ティシアには分かった。

「サーナトスの力……。」


影狼は、その羽へゆっくりと近づいていく。


「やめろ……。」

まるで何かに引き寄せられるように、影狼は羽を口にした。


「――ッ!」


その瞬間、影狼の身体が大きく震えた。


黒い影が身体中を駆け巡る。


「グルァァァ……!」


傷ついていた身体が、急速に変化していく。


ティシアもその感覚を感じる。

「……あの力を、取り込んだのか。」


また、視界が歪む。


次にティシアが目にしたのは――人間だった。


影狼は、その人間を見た瞬間、激しく唸った。


「グルルルル……!」


そして、考えるより先に地面を蹴った。


人間へ飛び掛かる。


「――っ!」


ティシアの胸に、凄まじい怒りが込み上げてきた。


憎い。


殺したい。


目の前の人間を、今すぐ引き裂きたい。


「……やめろ。」


これは自分の感情じゃない。

そう分かっているのに、怒りが消えない。


全身の毛が逆立つ。

血が沸騰するような熱が、身体中を駆け巡る。

「……なんだよ、これ……。」


影狼はその人間に飛び掛かった。


爪が肉を裂く。


牙が食い込む。


『助けて』


声が聞こえる。

それでも、影狼は止まらない。


ティシアには分かってしまった。


恐怖も。


苦痛も。


そして――空腹も。


「やめろ……!」

ティシアが叫ぶ。


だが、身体は止まらない。


むしろ――


美味い。


「……っ!」

ティシアは吐き気を覚える。

それなのに、身体の奥では別の感情が湧き上がっていた。


もっと食べたい。


もっと肉を。


もっと血を。


「違う……!」


ティシアは必死に否定する。

「僕は……そんなこと思ってない……!」


だが、その感情は確かに自分の中にあった。

影狼が感じているものなのか。


それとも、自分自身が感じているものなのか。


「もう、分からない……。」


ティシアは目を閉じた。

それでも、記憶は終わらない。


一人。


また一人。


何人もの人間を喰った。


何十人もの人間を喰った。


そのたびに、牙が肉に食い込み、血の味が口の中に広がった。体には腐敗臭が強く残る。


『助けて』


『嫌だ』


『誰か……』


何度も聞いた。


それでも、影狼は止まらなかった。

そして――


「……っ」


ティシアは目を開いた。


「……ここは……?」


いつの間にか、目の前には何もなかった。

ただ、暗闇だけが広がっている。


「……何人……?」


自分でも分からない。


「僕は……何人の人間を……。」


ティシアは口元を押さえる。

そこに血はついていない。


それなのに――


口の中には、まだ血の味が残っている気がした。


ティシアはその場に膝をついた。

「……うっ……。」


何度も吐き気を覚える。

目を閉じても、さっきまでの光景が頭から離れない。


牙に食い込む肉。


口の中に広がる血の味。


そして――


『助けて』


あの声。


「……もう、嫌だ……。」


そのとき。


「大丈夫か」


「……?」


ティシアはゆっくりと顔を上げた。


そこには、一人の青年が立っていた。

「……サーナトス様。」


サーナトスは、いつものようにティシアを見下ろしている。


しかし――

以前とは、どこか違って見えた。


「随分と苦しそうだな。」


「……あなたは、平気なんですか。」


ティシアは震える声で尋ねる。

「あれは其方の感じたものだ。我には何もなかった。」


「僕は……何十人もの人間を食べました。」


「正確にはあの狼だ。」


「それでも……私は感じたんです。」

ティシアは自分の手を見る。


「痛みも、恐怖も……血の味も臭いも。」


「……そうか。」


サーナトスはしばらく黙っていた。

そして、ほんの少しだけ目を細める。


「ならば、其方が苦しむのも無理はない。」


「……。」


ティシアは顔を上げる。

「サーナトス様……。」


「何だ。」


「あなたがもし、私と同じ経験をしたら……どう思いますか?」」

サーナトスは答えなかった。


ただ、ティシアを見つめていた。

「……我には、人間の感情など理解できぬ。」


そう言いながらも――

その声には、以前にはなかった僅かな戸惑いがあった。


空間に亀裂が入る。


「……もう時間か。」

サーナトスが呟く。


「ティシア、其方はよくやった。よく休め。」


ティシアは代償のことを聞こうとしたが段々意識は沈んでいった。

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