41.影狼は死んでもあがく
影狼はティシアを飲み込むと、みるみるうちに身体を小さくしていった。
やがて、その姿は以前ギルドで聞いた「大きなウルフ」と同じくらいの大きさになる。
「……。」
ノアは影狼を見つめる。
(ティシアが出てこないです……。中で一体、何が起きてるです?)
ノアは神翼の羽を掲げる。
「……これなら!」
羽から眩い光が放たれる。
「グルル……。」
影狼は光を嫌がるように身をよじる。
しかし――
何も変わらない。
「……。」
ノアは歯を食いしばる。
(単に光を放つだけじゃ、効かないです。)
神翼の羽を握り直す。
(いったい、どうすれば……。)
影狼がノアに飛び掛かる。
ノアは横に身を投げて避ける。
だが、影狼は爪を出しノアを引き裂こうとする。
間一髪でノアは避ける。
ノアは触手のことを思い出す。
(あの時は、何十本もの触手を一本に絞ることで、すごい速さで攻撃してきたです。)
(私も……光を一点に集中すれば……)
ノアは放っていた光を消す。
神翼の羽を影狼へ向ける。
杖の中に魔力を集中させる。
「……。」
光が杖の先端へ集まり、徐々に圧縮されていく。
「――フォス・スフィア」
一瞬だった。
圧縮された光が球体となり、影狼へ向かって放たれる。
ヒュンッ――!
光球は、影狼が反応するよりも早くその身体へ到達した。
ズドンッ!
「ウォォォォォォォン!!」
影狼が悲鳴を上げる。
光球が直撃した右後ろ脚が、跡形もなく消し飛んでいた。
「……効いたです。」
ノアは神翼の羽を握り直す。
「今度は、もっと強く……!」
影狼がノアへ飛び掛かる。
「――!」
しかし、右後ろ脚を失った影狼は着地の瞬間に大きく体勢を崩した。
ドサッ!
巨体が地面を転がる。
ノアは距離を取り、影狼を見つめる。
(……おかしいです。)
影狼はゆっくりと立ち上がろうとする。
(さっきから、触手を使ってこないです。)
(それに、影の中へ移動することもしない。)
ノアは影狼の腹部へ視線を向ける。
(もしかして……ティシアに力を集中しているから?)
(たぶん……ティシアを押さえ込むために、力を使ってるです。)
ノアは影狼を見つめる。
(だから、外に使える力が少なくなってる……?)
「……だったら。」
ノアは神翼の羽を構える。
「今がチャンスです。」
ノアは影狼を確実に仕留めるため、詠唱を始める。
「……。」
影狼がノアを睨む。
先ほどの光球を恐れるように、身体から再び触手を伸ばした。
「グルァァァッ!」
数十本の触手がノアへ襲い掛かる。
ノアは詠唱を続けながら、神翼の羽を向ける。
「………。」
杖から光が放たれる。
触手が光に触れた瞬間、跡形もなく消えていく。
(詠唱をしながら魔法を使う……かなり負担がかかるです。)
ノアの額に汗が浮かぶ。
それでも詠唱を止めない。
「……もう少し……。」
影狼が再び触手を伸ばす。
ノアは光を放ち、それを消し去る。
「……これで……!」
詠唱が終わる。
ノアは神翼の羽を影狼へ向ける。
「ティシアを返して!」
ビュンッ――!
圧縮された光が放たれる。
先ほどの光球とは比べ物にならない。
大きく、そして速い。
影狼が身をよじらせる。
だが――
間に合わない。
光球が影狼の身体を飲み込み、
首から下を一瞬で吹き飛ばした。
「ウォォォォォォォン!!」
影狼の悲鳴が夜の平原に響き渡る。
やがて影狼の頭部は、泥のように崩れ落ちていった。
「ティシア!」
ノアはすぐに駆け寄る。
しかし――
そこにあったのは、ただの肉だった。
腕も、脚も、身体も原形を留めていない。
ティシアなのかどうかすら、分からない。
鼻を刺すような腐敗臭が辺りに漂っている。
「……。」
ノアの足が止まる。
「ティ……シア……?」
返事はない。
ノアは震える手で、その身体に触れる。
「……嫌です。」
「こんなの……嫌です……。」
涙が頬を伝う。
「ティシア……起きてください……。」
その時だった。
――ぴくっ。
ノアの手の中で、ほんのわずかに肉が動いた。
「まだ生きてるです……!」
ノアは顔を上げる。
「回復魔法をかければ、再生が早まるかもしれないです。」
ノアは急いで神翼の羽をティシアへ向ける。
その瞬間――
ヒュンッ!
一本の触手が伸び、神翼の羽を弾き飛ばした。
カランッ――。
「……え?」
ノアは振り返る。
そこにいたのは――
影狼だった。
頭部だけは先ほどと同じ姿を保っている。
だが、その首から下は曖昧な影の塊となり、大きく肥大化している。
「グルゥゥゥゥ……」
影狼はノアを睨みつけ、低く唸る。
「嘘……でしょ……」
ノアは弾き飛ばされた神翼の羽を見る。
地面に転がった杖は、ノアから離れた場所にある。
「……届かないです。」
ノアが一歩踏み出す。
影狼が唸る。
「グルル……。」
ノアは足を止めた。
取りに行けば、襲われる。
ノアは思考を巡らせる。
「……。」
ほんの数秒だけ迷う。
しかし――
「……ティシアを助けるです。」
ノアは神翼の羽へ向かって走り出した。
影狼はそれを見逃さない。
「グルァッ!」
数本の触手がノアへ向かって伸びる。
「燃えてください!」
ノアが影狼へ手を向ける。
火球が放たれ、影狼の頭部へ直撃する。
ゴォォッ!
「グルァァァァッ!」
影狼が怯んだ。
「今です!」
ノアはその隙に神翼の羽へ走る。
あと少し――。
手を伸ばす。
その瞬間だった。
ギュッ!
「……え?」
足首に何かが絡みついた。
見ると、一本の触手がノアの足を掴んでいる。
「しまっ――」
触手がノアの身体を勢いよく引っ張る。
「きゃあっ!」
ノアの身体が宙に浮き、逆さまになる。
目の前では、影狼が大きく口を開けていた。
「嫌です!」
ノアは必死に手を向け、火球を放つ。
「燃えてください!」
しかし――
ヒュンッ!
触手が火球を弾き飛ばした。
「……!」
ノアの顔が青ざめる。
(火が……効かない?)
(光じゃないと、効かないです……?)
ノアは身体を捻り、必死に逃れようとする。
だが、抵抗すればするほど、触手は足を強く締めつけていく。
「痛っ……!」
影狼がゆっくりと口を開く。
ノアはその巨大な口を見つめる。
「……嫌……。」
影狼が、ゆっくりと口を開く。
ノアは必死に考える。
(どうすれば……。)
(光を出す方法……。)
ノアは自分の手を見る。
(神翼の羽の魔法を再現するです。)
(イメージするです。私の光を……。)
ノアの脳裏に、いくつもの光景が浮かんだ。
ティシアが笑っていた。
一緒に街を歩いた。
『明日、何が起こるか分からないから。だから今日くらいは普通に過ごそう。』
母の記憶。
オムライスを作ってくれた。
聖女になっても変わらず愛してくれた。
『ノアは、ノアのままでいてね。』
初めて聖人の儀に行った日のこと。
あの日、自分を包み込んだ暖かな光。
ノアは目を閉じる。
そして――
ゆっくりと手を影狼へ向けた。
「…………。」
「──フォス・スフィア。」
次の瞬間。
ノアの手から、光球が放たれた。
光球は触手を一瞬で消し去り、そのまま影狼の頭部を貫く。
「グルァァァァァ――!」
影狼の身体が大きく揺れる。
そして、その姿は徐々に崩れ――
塵となって消えていった。
ノアは地面に着地する。
「……できたです。」
ノアは自分の手を見る。
「私にも……できたです……。」
崩れた影狼からサーナトスの力の破片が出てくる。それは吸い寄せられるようにティシアに入る。




