40.私、ティシアのこと好きになったの。
ティシアが聞き返す。
「見てほしい場所?」
「ええ。せっかく仲良くなったから、私のお気に入りの景色を見せたいの。」
「そういうことですか。それならノアも呼んできますね。」
ティシアがノアがいる部屋へ行こうとすると、カーナがその手を掴んだ。
「二人きりじゃ……だめかしら?」
「……。」
ティシアは少しだけ考える。
「大丈夫ですよ。近くなんですよね?」
「ええ、すぐそこよ。」
「それなら、行きましょう。」
カーナは嬉しそうに笑った。
「ふふ、ありがとう。」
ティシアはカーナに手を引かれながら、宿を出ていった。
二人は他愛のない雑談をしながら、街の中を歩いていく。
しばらくすると、街の明かりが遠くなっていった。
やがて二人は、街から離れた平原へ出る。
所々に木々が生えており、夜風が草を静かに揺らしている。
ティシアは周囲を見渡した。
「ここですか?」
「ええ。」
カーナは足を止める。
「少し待って。」
そう言って、カーナは平原の先を指差した。
ティシアがそちらを見る。
そこには――街の明かりが、遠くに小さく広がっていた。
「……綺麗ですね。」
「でしょう?」
カーナは嬉しそうに笑った。
「私、ここが好きなの。街にいると人が多くて疲れるけど、ここなら静かだから。」
ティシアも街を眺める。
「確かに、落ち着きますね。」
「でしょ?」
二人の間に、静かな時間が流れた。
カーナがゆっくりとティシアに近づく。
そして、そのままティシアに抱き着いた。
ティシアの持つ明かりが、カーナの顔を照らす。
「私、ティシアのこと好きになったの。」
カーナはティシアを見上げる。
「私たち、付き合わない?」
「……。」
ティシアは黙ったまま、カーナを見つめる。
「もしかして……嫌だった?」
「いいえ。」
ティシアは微笑む。
「嬉しいですよ。」
カーナも嬉しそうに笑った。
「本当?」
「ええ。」
ティシアの手が、ゆっくりと腰へ伸びる。
剣の柄を握る。
「ただ――」
カーナの表情が止まる。
「あなたが、本物のカーナさんならね。」
次の刹那。
ザシュッ――!
ティシアは剣を振り抜いた。
カーナの身体が、腹から胸にかけて大きく裂ける。
傷口からは血ではなく、黒くどろりとしたものが流れ落ちた。
「ドウシテ……わかったノカシラ。」
カーナだったものが、ゆっくりと身体を溶かしていく。
「コノ言葉も、行動も、全部真似タノニ……。」
やがてカーナの姿は完全に崩れ、黒い液体となって地面に広がった。
ティシアは剣を構えたまま、それを見下ろす。
「あなたが僕に触れたとき、サーナトスの力を感じた。」
「それに……」
ティシアは明かりを少し持ち上げる。
「人に化けるなら、自分のことを知っておくといい。」
黒い液体が、ぴくりと動く。
「……?」
ティシアは淡々と告げた。
「あなたには、影がない。」
「ソウカ。」
ティシアの背後から声が聞こえた。
「……!」
ティシアが振り向く。
しかし、そこには誰もいない。
突然、周囲から、いくつもの声が響き始める。
「助けてぇぇぇぇ!」
「死にたくない!」
「痛い、痛い、痛い!」
「……。」
ティシアは剣を構えたまま、辺りを見渡す。
その中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
――遺跡で聞いた、あの声。
ティシアの表情が険しくなる。
「遺跡で聞こえた、あの叫び声……。」
「お前が出していたのか。」
「ソウダ。」
「……やっぱり。」
ティシアは剣を握り直す。
「カーナさんと入れ替わったのはいつだ。遺跡の時か。」
「ソウダ。アノ女ハ……遺跡デ、スデニ喰ッタ。」
「あの時、カーナさんは一度も僕たちから離れていない。」
「なのに……今は僕を一人で連れ出した。」
ティシアは影を睨む。
「最初から、僕を狙ってたんだな。」
ティシアは剣を握り直す。
「お前は……僕の何を狙っているんだ!」
声が、ぴたりと止んだ。
静寂が平原を包む。
「それは────」
ティシアの背後。
右から。
左から。
そして、頭上から。
「「「オマエの力だ。」」」
影が集まって徐々に狼の形へ変わっていく。
(ノアを巻き込みたくなかったから一人で来たけど、判断ミスか?)
ティシアに襲い掛かろうとした、その瞬間――
ノアの声が聞こえた。
「フレイム・サークル!」
ゴォォォッ!
炎が二人と影狼を取り囲む。
「これでもう、逃がさないです。」
「ノア! なんでここに来たの!?」
ティシアが振り返る。
「部屋でティシアとカーナさんの声が聞こえたので、気になってついてきたです。」
「……危ないじゃないか。」
ティシアは険しい顔をする。
ノアは少しだけ頬を膨らませた。
「それはティシアも同じです。」
「……。」
ティシアが言葉に詰まる。
「一人で行けば、私が危なくならないと思ったですか?」
「……うん。」
「でも、ティシアが危なくなるのも嫌です。」
ノアは杖を握り直す。
「だから、一緒に戦うです。」
影狼の身体から、黒い触手が次々と伸びていく。
一本、二本――。
気づけば、数十本もの触手が地面を這っていた。
「……!」
ノアは神翼の羽を掲げる。
「これなら……!」
神翼の羽から、眩い光が放たれる。
「グルルルル……!」
光に照らされた影狼の身体が大きく揺らぐ。
数十本あった触手が、次々と霧のように消えていく。
残ったのは――四本。
「光で触手が消えていくです!」
ティシアは影狼を睨む。
「十分だ。」
剣を構える。
「ノアはそのままあいつを照らし続けて。」
「はいです!」
「僕があいつを斬る。」
「分かったです!」
ノアが杖を握りしめ、光を強める。
影狼が唸り声を上げた。
「グルァァァァッ!」
影狼の身体から伸びた触手が、ティシアへ一斉に襲い掛かる。
ティシアは慌てることなく、影狼を見据えながら一歩ずつ距離を詰めていく。
一本目。
ティシアは身体を横へ滑らせ、触手を躱す。
「――そこ。」
すれ違いざまに剣を振る。
ザシュッ!
触手が地面へ落ちる。
直後、二本の触手が左右から同時に襲い掛かってきた。
ティシアは横へ飛び、その攻撃を躱す。
「……残り一本。」
着地した瞬間だった。
――ヒュンッ!
風を切る音が響く。
「……!」
最後の一本が、今までとは比べ物にならない速度でティシアの胸へ迫っていた。
ティシアは咄嗟に剣を振り下ろす。
ザンッ!
触手が、縦に真っ二つに裂けた。
黒い液体が地面へ飛び散る。
ティシアは剣を構え直す。
「……今のは速かったな。」
影狼が低く唸る。
「グルル……。」
ティシアは影狼との距離をさらに詰める。
「でも――」
剣を握る手に力を込める。
「これで終わりだ。」
ティシアは剣を振り下ろした。
しかし――
影狼の姿が、ぐにゃりと歪む。
次の瞬間、その身体は一気に小さくなった。
「……!」
影狼はそのまま、ティシアの足元にある影へと潜り込む。
「どこに――」
ヒュンッ!
一本の触手が影の中から飛び出した。
「ぐっ……!」
触手がティシアの足を貫く。
しかし、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
触手はティシアの身体を突き抜け、そのままノアへ向かって伸びていく。
「ノア!」
あまりにも速い。
ノアには反応する時間がなかった。
「キャッ!」
触手が杖を弾き飛ばす。
カランッ――。
神翼の羽が宙へ舞った。
「……!」
神翼の羽が地面へ落ちる。
その瞬間――
影狼を照らしていた光が消えた。
「グルァァァァァッ!!」
影狼の身体が一気に膨れ上がる。
数メートル――いや、五メートルを超える巨大な狼へと変貌した。
「なっ……!」
巨大な口がティシアへ迫る。
「ティシア!」
次の瞬間――
ティシアの身体は、巨大な口の中へと飲み込まれた。
(また飲み込んだ。もう一度、腹を破って――)
そう考えた瞬間だった。
ティシアの周囲に、黒い刃がいくつも浮かび上がる。
「……っ!」
刃が高速で回転を始める。
――ギュルルルルッ!
まるで巨大な刃物の塊に閉じ込められたようだった。
ティシアの身体が、次々と切り刻まれていく。
(まずい……!)
再生するそばから傷つけられ、身体を思うように動かすことすらできない。
(こいつ……前とは違う!)




