38.討伐隊
「ティシア! 大丈夫?」
ノアは椅子から身を乗り出すように立ち上がり、ティシアのもとへ駆け寄った。
「うん。ノアはよく気がついたね。」
「またティシアに襲い掛かってくるんじゃないかって思って、ずっと魔力探知してたです。」
ノアは返事をするより先に、ティシアの肩へ視線を落とした。
裂かれた服の隙間から、まだ血が滲んでいる。
「傷は大丈夫ですか?」
「これくらいなら平気だよ。」
ティシアは肩に手を当てる。
指先に触れた血が、じんわりと温かい。
そして、そのまま窓の外へ目を向けた。
「……あいつから、サーナトスの力を感じたんだ。」
「サーナトスの力……?」
「うん。間違いないと思う。」
ティシアは、自分の中にある力を思い出す。
「僕の中にあるものと、同じだった。」
「……同じ?」
「うん。間違えるはずがない。」
ティシアは自分の胸に手を当てる。
「あれは……サーナトスの力だ。」
ノアは黙ってティシアを見る。
「だから、あいつは僕を狙ってるのかもしれない。」
部屋に、静かな沈黙が流れた。
「とりあえず、ギルドの人に事情を説明しよう。」
「はいです。」
二人は冒険者ギルドへ戻り、影狼がティシアを執拗に狙っていることを伝えた。
その後、二人は疲れ果てて眠りについた。
その日は、これ以上影狼が現れることはなかった。
────────
翌朝。
ギルドでは、昨夜の襲撃を受けて緊急の会議が行われていた。
「……影狼の討伐隊を編成します。」
受付嬢は真剣な表情で告げた。
ティシアとノアは冒険者ギルドへ向かい、討伐隊のメンバーと顔を合わせた。
「こちらが今回、討伐隊として同行してもらう方々です。」
ティシアはフードを深くかぶる。
受付嬢が三人を紹介する。
「剣士のロートさん。」
「剣士のロートだ。前衛は任せてくれ。」
「弓使いのスロンさん。」
「スロン。……まあ、よろしく。」
「そして、炎魔法使いのカーナさんです。」
「カーナよ。炎なら任せて!」
三人とも落ち着いた様子で、ティシアたちを見る。
受付嬢によると、この三人は街でも有名な冒険者パーティーらしい。
ティシアは三人を見渡す。
(剣士、弓使い、炎魔法使い……。)
昨日の影狼との戦いを思い出す。
(……今回は、前よりも戦いやすそうだ。)
ティシアたちは、お互いの戦い方について話しながら遺跡へ向かって歩いていた。
しばらくすると、ロートが口を開く。
「俺たちは、基本的に役割が決まってる。」
ロートは自分の剣に手を添える。
「例えば、俺は前に出て二人を守る。」
次に、スロンを見る。
「スロンが後ろから弓で援護する。」
そして、カーナへ視線を向ける。
「最後に、カーナが魔法で高火力の一撃を叩き込んで、とどめを刺すって感じだ。」
「なるほど。」
ティシアは三人を見渡す。
「かなり連携が取れてるんだね。」
「まあな。長いこと一緒にやってるからな。」
ロートは笑う。
「そっちはどうなんだ?」
「僕は少しの傷なら回復できるから、前で戦う。ノアは魔法を使うよ。」
「私は無詠唱もできるです。」
ノアが付け加える。
「なるほどな。」
ロートは頷いた。
「じゃあ、今回はその能力も頼りにさせてもらうぜ。」
五人は遺跡へと到着した。
しかし――
「……っ。」
ノアとカーナが、嫌そうな顔をして一歩後ろへ下がる。
「ここ……前と違うです。」
ノアは遺跡の中を見つめる。
「遺跡全体に魔力が舞ってるです。これじゃ、魔力探知がほとんど意味ないかもです。」
「なるほどな……。」
スロンは顎に手を当て、遺跡を見ながら考える。
「じゃあ、ここはいったん引き返そう。」
「え?」
「思っていたより危険そうだ。探知も使えないんじゃ、何が潜んでいるか分からない。」
ティシアも遺跡を見つめる。
「……そうですね。」
そして、ゆっくりと頷いた。
「ここにいるみんなを危険にさらしたくない。」
そのとき――
「助けてぇぇぇぇ!」
遺跡の奥から、叫び声が響いた。
五人の足が止まる。
「……!」
ティシアが顔を上げる。
暗闇の奥から聞こえてきた声は、石壁に反響し、何度も耳に届いた。
「今の……人の声だよね?」
「そう聞こえたな。」
ロートが剣の柄を握る。
「まさか……行方不明になった調査員か?」
ティシアは遺跡の奥を見つめた。
さっきまで撤退しようとしていた。
危険だから引き返す。
そう決めていたはずだった。
それでも。
「……。」
ティシアの足が、一歩前へ出る。
「助けに行きましょう。」
「ティシア?」
「調査員の方かもしれない。」
ティシアは暗闇から目を離さない。
「もし、本当に助けを求めているなら……見捨てられません。」
ロートはティシアを一瞬見たあと、頷いた。
「そうだな。」
ロートが剣を抜く。
「じゃあ俺が先頭だ。」
五人は慎重に、遺跡の奥へ進んでいった。
────────
中は、以前来たときよりも暗かった。
松明の明かりが照らすのは、ほんのわずかな範囲だけ。
そして――
「……血の匂いがする。」
スロンが呟く。
誰も返事をしなかった。
五人は周囲を警戒しながら、遺跡の中を隅々まで探索していく。
しかし、人の姿はどこにもない。
「……誰もいないな。」
ロートが呟く。
そして、以前ティシアとノアが影狼に襲われた場所へ辿り着く。
「……ここです。」
ノアが立ち止まる。
前回まで壁だった場所。
しかし――
壁は大きく破壊されていた。
その奥には、暗闇へと続く道が伸びている。
「前に来たときは、こんな道なかったよね。」
ティシアが呟く。
「……誰かが壊したのか?」
ロートが剣を構える。
その奥から、冷たい風が吹き抜けてきた。
そして――
「助けてぇぇぇ!」
人の叫び声が、再び遺跡の奥から響く。
「みんな、奥に人が――」
ロートが振り返った。
その瞬間。
ズブッ!
「……っ!」
鈍い音とともに、ティシアの胸を黒い触手が貫いた。
「ティシア!」
ノアが叫ぶ。
触手はティシアを掴んだまま、勢いよく引っ張る。
「くっ……!」
ティシアの身体が、来た道へと引きずられていく。
「ティシアを離せ!」
ロートが駆け出す。
しかし――
暗闇の奥から、巨大な影が姿を現した。
大きく開かれた口。
その奥には、無数の牙が並んでいる。
「……影狼!」
影狼はティシアを見つめる。
そして――
ティシアの身体を、その巨大な口で丸ごと飲み込んだ。
「ティシア!」
ノアが神翼の羽を掲げる。
「光よ!」
眩い光が影狼を照らす。
「今だ!」
ロートとスロンが前へ出る。
その後ろで、カーナが杖を構え、詠唱を始めた。
「炎よ――我が前に集え……。」
スロンが弓を引き絞る。
「そこだ!」
放たれた矢が、影狼の右目を貫いた。
「ウォォォォン!」
影狼が大きく吠える。
「うるせぇ!」
ロートが踏み込み、剣を振り下ろす。
ザンッ!
影狼の顔が縦に両断された。
「カーナ! 早く魔法を!」
ロートがカーナの方を確認しようとした。
しかし――。
影狼の身体が、ぐらりと揺れた。
「……?」
ロートが眉をひそめる。
影狼は倒れない。
傷ついた身体を震わせながら、その場に立ち続けている。
そして。
ぐにゃり、と。
影狼の腹部が不自然に膨らんだ。
「……何だ?」
ロートが一歩後ろへ下がる。
次の瞬間。
ブチッ!
腹部が大きく裂けた。
黒い影の内側から、何かが姿を現す。
「……っ。」
誰も動けなかった。
ゆっくりと。
血に濡れた手が、影狼の腹の内側から伸びる。
そして――。
「皆さん……大丈夫ですか……。」
ティシアが姿を現した。
息を荒くしながら、ゆっくりと影狼の中から抜け出してくる。
胸を貫かれていたはずの傷は、すでに消えていた。
破れた服だけが、その傷が存在していたことを示している。
「……。」
ロートたちは、言葉を失った。
ついさっき。
確かに見た。
黒い触手がティシアの胸を貫く瞬間を。
そして。
影狼が、その身体を丸ごと飲み込む瞬間を。
「皆さん……?」
ティシアが首を傾げる。
その姿を見ても。
誰もすぐには返事ができなかった。
一方。
ティシアが出てきた影狼の身体は、ゆっくりと崩れ始めていた。
ズルッ。
黒い身体が地面へ落ちる。
そのまま泥のように形を失い、石床の上へ広がっていく。
やがて。
そこには、何も残らなかった。
ロートがゆっくりと剣を持ち上げる。
そして。
剣先をティシアへ向けた。
「ティシア。」
低い声だった。
「俺の目には。」
ロートの視線が、ティシアの胸へ落ちる。
「お前は、心臓を貫かれて死んだように見えた。」
「……。」
ティシアは答えに詰まる。
「心臓から、それたんですよ。」
ティシアは胸に手を当てる。心臓はまだ動いていない。
しばらく考えたあと、そう答えた。
「傷も……ここから出る前には回復しました。」
しかし、スロンは納得していない様子だった。
「僕には、君があれほどの傷を治せるようには見えない。」
弓を下ろしながら、ティシアを見る。
「……何者なんだ?」
ティシアは俯いた。
「…………。」
答えられない。
そんなティシアを見て、ノアが一歩前に出る。
「ティシアは、特殊な治癒能力を持っているんです。」
ノアはティシアを庇うように立つ。
「普段は魔法を使えないように見えるので、分かりにくいだけです。」
「……。」
再び、沈黙が流れる。
誰も口を開かない。
その重い空気を吹き飛ばすように――
「まあ、いいじゃない!」
カーナが突然、ティシアに抱きついた。
「えっ……?」
ティシアが驚く。
「ギルドに秘密を抱えてる人なんて、一人や二人くらいいるでしょ?」
「カーナ……。」
ロートは呆れたように息を吐き、剣を下ろした。
「……確かにそうだな。」
そしてティシアを見る。
「悪かった。問い詰めすぎた。」
「いえ、別にいいですよ。」
ティシアは苦笑する。
「顔を隠してる人なんて、怪しいでしょうし。」
「それにしても……。」
スロンがティシアを見る。
「本当に不思議な奴だな。」
「……よく言われます。」
ティシアは小さく笑った。




