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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第三章『大きな狼』
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36.大きなウルフ

朝日が昇る。


ティシアは着替えると、フードを被ってノアと合流した。

「ティシア、昨日の森のことなんですが……」


「うん?」


「夜になると、大きなウルフが出るらしいです。」


「大きなウルフ?」


ノアは少し不安そうに話す。

「はいです。街まで下りてきて、人を襲うこともあるそうです。」


「なるほど。」


ティシアは昨日訪れた森を思い出す。

「だから、ギルドの依頼もウルフ関連が多いのか。」


「そうみたいです。」


ティシアは少し考える。

(昨日の群れとは別に、そんなウルフがいるのか……。)


「……もしかしたら、昨日見つけた遺跡とも何か関係があるかもしれないね。」


「でも、それなら騎士団だったり、何かしら人が来ると思うんだけど。」


「それがですね。」


ノアは少し困ったような顔をする。


「強い人が来ると、それを感じ取って姿を見せなくなるらしいです。」


「なるほど……。」


ティシアは昨日の森を思い出す。


「だから、討伐隊を送っても見つけられないのか。」


「そういうことみたいです。」


「……遺跡には気をつけていこう。もし危なくなったら、すぐギルドに連絡してね。」


「はいです。」


ティシアとノアは、昨日見つけた遺跡へ向かって森の中を進んでいく。

しばらく歩くと、ノアの手が淡く光り始めた。


「また光ってるね。」


「昨日から少し気になってたです。」


ノアは自分の手を見つめる。


そして、ゆっくりと魔力を抑えていく。


すると、手の光が少しずつ弱くなっていった。


「……消えたです。」


ノアは嬉しそうに笑う。


「頑張れば消せます。」


「それじゃあ、行こうか。松明も用意したんだ。」


ティシアは松明に火を灯す。

橙色の光が、暗い遺跡の中を照らしていく。


ティシアとノアは、慎重に遺跡の中へ入っていった。


中は薄暗く、長い年月が経っているのか、壁や床にはところどころひびが入っていた。


「……壁一面に壁画があるね。」


ティシアは壁に描かれた絵を眺める。


「これは……飢饉かな?」


「こっちには雨乞いみたいなのがあるです。」


ノアは壁画を指差す。


「じゃあ、これは貧困を表した壁画かもしれないです。」


「なるほど。」


二人は壁画を眺めながら、遺跡の奥へ進んでいく。


やがて――


ティシアの足が止まった。


「……ん?」


ある壁画が、ティシアの目に留まった。


「ノア。これ……。」


ノアも壁画へ近づく。


二人は、そこに描かれているものをじっと見つめた。


それは、羽の生えた二人が空から降りてくる絵だった。

「これは……アルジャとサーナトスかな。」


ティシアは壁画を見つめる。

「じゃあ、これって千年くらい前の遺跡なのか?」


「かもです。」


ノアが壁画の先を指差す。

「ティシア、奥にも何かあるです。」


二人はさらに奥へ進む。


そこには、空から羽が落ちてくる様子が描かれていた。

「……これ、サーナトスの力の破片?」


ティシアは壁画を見つめる。


さらに先へ進むと、落ちてきた羽を何者かが遺跡の中へ運び、置いている絵があった。

「ここに力の破片を置いたってことですか?」


ノアも壁画を見つめる。

「でも、この先は壁です。」


「……。」


ティシアは壁に近づく。


そして、壁をじっと観察する。


「……待って。」


ところどころに、細かな亀裂が入っている。

「この壁……普通の壁じゃないかもしれない。」


ティシアは松明を壁へ近づける。


揺れる炎が、壁に走った細かな亀裂を照らした。

亀裂の奥を覗き込もうとした、そのときだった。


「……風?」

ひやりとした空気が、壁の隙間から頬を撫でた。


遺跡の中とは違う。

もっと奥から吹いてくるような、冷たい風だった。


「向こうに空間があるのか?」

ティシアがさらに顔を近づける。


「ティシア! 危ないです!」


ノアの叫び声。


「え?」


その直後、腕を強く掴まれた。

ノアがティシアの腕を引く。


身体が後ろへ引き戻された瞬間――。


壁の亀裂が、大きく開いた。


「――っ!」


ズルリ、と。


暗闇の奥から、無数の口が飛び出してきた。


「なっ……!」


先ほどまでティシアの頭があった場所へ、牙が一斉に噛みつく。


ガチガチガチッ!


耳を塞ぎたくなるような音が、遺跡の中へ響き渡った。

鋭い牙が何もない空間を何度も噛み砕く。


「な、なんだこれ!」


ティシアはノアを背に庇うように下がり、剣を構えた。


壁の向こうから、何かが蠢く。

肉が擦れるような、不気味な音。


「ノア、下がって!」


「はいです!」


無数の口が牙を剥く。


そして、壁の隙間から一斉にティシアへ飛びかかった。


「くっ!」

ティシアは咄嗟に松明を突き出した。


燃え盛る炎が、無数の口を照らす。


「……!」


その瞬間。


口の動きが止まった。

ガチガチと鳴っていた牙が止まり、無数の口が炎を避けるように揺れる。


まるで。


火そのものを恐れているようだった。


「……火が嫌いなのか?」

ティシアは松明を握る手に力を入れる。


炎をさらに前へ突き出す。

すると、無数の口は一斉に後ずさった。


そして。


ズルズルと。


亀裂の奥へ、その姿を引っ込めていく。

最後の一つが暗闇へ消えると、遺跡の中には再び静寂が戻った。


「どうやら、そのようです……。」


ノアはティシアの後ろから、恐る恐る亀裂を見た。


「早く逃げよう。」

ティシアは松明を握ったまま言う。


「はいです!」


二人はすぐに遺跡の出口へ走り出した。


背後から。


「……グルルル。」


低い唸り声が聞こえた。


足元から響くような声だった。

ティシアは思わず足を止め、振り返る。


「……。」


しかし。


亀裂の奥には、何も見えない。


「ティシア、早く!」


「うん!」


ノアの声に、ティシアは再び走り出した。


────────


街に戻ったティシアとノアは、冒険者ギルドへ向かった。


「すみません。少し報告したいことがあります。」


ティシアは受付嬢に、森の奥で見つけた遺跡のことを話した。


そして、遺跡の中にあった壁画や、壁の隙間から現れた無数の口についても説明する。


「……壁の隙間から、無数の口が?」

受付嬢の表情が曇る。


「はい。松明を近づけたら逃げていきました。」


「分かりました。こちらでも確認しておきます。」


ティシアは頷く。

「お願いします。」


その後、ティシアとノアはいくつかの依頼をこなし、宿へ戻った。


部屋に入ると、ティシアはノアに魔力の循環を手伝ってもらった。

「今日もお願いします。」


「任せてくださいです。」


ノアから流れてくる魔力を感じながら、ティシアは身体の中へ魔力を循環させていく。

しばらくして、ティシアはベッドに横になった。


(……あのとき、後ろから唸り声が聞こえた。)


ティシアは目を閉じる。


(あれは……ウルフに似ていた気がする。)


昨日、宿屋の店主から聞いた話を思い出す。


(噂の大きなウルフと、何か関係があるのかもしれない。)


「……明日、もう一度調べてみるか。」

そう呟き、ティシアは眠りについた。


────────


────バァァン!


突然、部屋の壁が吹き飛んだ。


「……っ!」


轟音と同時に、瓦礫が部屋の中へ降り注ぐ。

砂煙が一気に広がり、口の中にざらついた砂の味が広がった。


ティシアは咄嗟に身体を起こす。


枕元へ手を伸ばし、剣の柄を掴んだ。


「何だ……!」


砂煙の向こうで、何かが動いた。


床を叩く音。


重い。


それなのに、姿だけが見えない。


次の瞬間。


何かがティシアへ飛び込んできた。


「――っ!」


ティシアは反射的に剣を振る。


しかし。

手応えがない。


剣は、何もない場所を切り裂いた。


「ティシア!」


部屋に入ってきたノアが咄嗟に手を向ける。


「えいっ!」


放たれた火球が、何かへ直撃した。


────キーッ!


部屋中に、獣の悲鳴が響き渡る。

耳を刺すような声に、ティシアは思わず顔をしかめた。


火球の炎が、暗闇を一瞬だけ照らす。


その瞬間。


ティシアの目に、その姿が映った。


「……ウルフ?」


そこにいたのは、巨大なウルフだった。


だが。


その姿は、どこかおかしい。


身体の輪郭が、炎の揺れに合わせて歪んでいる。


毛並みも、筋肉も。


はっきりと目で捉えられない。


まるで、そこにいるはずなのに。

影だけが、形を持って動いているようだった。


「……何だ、こいつ」


ティシアは剣を握り直す。


影のウルフが、ゆっくりと頭を下げた。


「……グルルル」


低い唸り声。


その音が聞こえた瞬間、ティシアの背筋を冷たいものが走った。


肌が粟立つ。


(……なんだ、この威圧感)


ただのウルフじゃない。

理屈より先に、身体がそう判断していた。


影のウルフが、ゆっくりと牙を剥く。

白い牙だけが、暗闇の中で不自然なほどはっきりと見えた。


そして――。


その赤い瞳が。


まっすぐ、ティシアを捉えた。

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