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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第三章『大きな狼』
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35.初めての依頼

「ウルフですか? 確か、群れで動くって聞いたです」

ノアは少し眉を下げ、ティシアの顔を見上げる。


「そうだよ。ウルフを五匹討伐すればいいみたい」


「まだ時間はありますね。今から行くです?」


ティシアとノアは街を出ると、街の近くにある森へと足を踏み入れた。


森の中は、街とはまるで違う空気に包まれていた。


湿った土の匂いが鼻をくすぐり、足元では枯れ枝が小さく折れる。頭上では葉が風に揺れ、さわさわと耳元を撫でていった。


「ウルフは鼻が利くから、先に僕らの存在に気づくと思う。」


「じゃあ、どうするですか?」


「こっちから探し回るより、向こうから来てもらった方がいい。」


ティシアは周囲の木々へ視線を走らせながら続ける。

「もちろん、ノアには危害がないように僕が守るよ。」


「……分かったです。」

ノアは一度ティシアの横顔を見上げると、小さく頷いた。そして、彼の隣へぴたりと寄り添うように歩き出す。


しばらく森の奥へ進んだ頃だった。


「ティシア」

ノアが突然、足を止めた。


「囲まれたです」


ティシアもすぐに立ち止まり、腰の剣へ手を伸ばす。

「……分かるの?」


「はいです。魔力探知で。範囲は小さいですが……。」

ノアは目を閉じ、周囲へ意識を集中させる。


森の静けさの中、風が木の葉を揺らす音だけが響いた。

「前に三匹。後ろにも二匹いるです。」


「五匹か。」


ティシアは剣を鞘から抜いた。


金属が擦れる音が、静かな森に響く。

「依頼の数と同じだね。」


「……グルルルル」


森の奥から、低い唸り声が響いた。

腹の奥まで震わせるような声に、ノアの肩がわずかに跳ねる。


「……来るよ。」


ティシアがそう呟いた瞬間――。


前方の茂みが大きく揺れた。


バサッ!


一匹のウルフが木の葉を撒き散らしながら飛び出してくる。

「来た!」


ティシアは地面を踏みしめ、迫ってくるウルフへ剣を構えた。

ウルフの牙が目前まで迫る。


「ッ!」


ガキンッ!


ティシアの剣と牙がぶつかり合う。


腕へ鈍い衝撃が走り、手のひらが痺れた。


ノアがすぐに手をウルフへ向ける。

小さな手のひらへ魔力が集まり、空気がわずかに震えた。


「えいっ!」


次の瞬間。


岩の塊が勢いよく放たれる。


ドンッ!


鈍い衝撃音が響いた。

岩はウルフの胴体へ直撃し、その身体を地面へ叩きつける。


土埃が舞い上がり、ウルフはそのまま動かなくなった。


「やったです!」

ノアがぱっと顔を上げる。


しかし、その直後。


「……グルルル。」


背後から唸り声が聞こえた。


「ノア!」

ティシアが振り返る。


一匹のウルフが地面を蹴り、ノアへ向かって駆けていた。


ティシアは咄嗟にノアの前へ飛び出す。


ザシュッ!


鋭い爪がティシアの腕を切り裂いた。


熱を持った痛みが腕を走り、赤い血が地面へ落ちる。


「ティシア!」

ノアの声が響く。


「大丈夫。」


ティシアは眉を寄せながらも、腕を一度振った。

傷口から流れた血が地面へ散る。


「下がってて」

ティシアは剣を握り直す。


そして、再び飛びかかってきたウルフへ踏み込んだ。


ザシュッ!


剣がウルフの身体を貫く。


温かい血が剣を握る手へ飛び散った。


「……これで一匹。」

ティシアは荒くなった息を整えながら、周囲へ視線を走らせた。


その目に、一匹だけ明らかに大きなウルフの姿が映る。

他の個体よりも一回り大きく、太い四肢が地面を踏みしめていた。


(あれが……ウルフのリーダーか)


「ノア」

ティシアは剣を構えたまま言う。


「あそこにいる大きなウルフを倒して」


「分かったです。でも、詠唱するので時間をください」

ノアは大きなウルフへ両手を向ける。


「分かった。僕が時間を稼ぐ」


ノアが詠唱を始める。


その直後、二匹のウルフがティシアへ襲いかかった。


「来る!」

ティシアは横から迫った一匹へ剣を振り抜く。


ザシュッ!


剣が毛を切り裂き、ウルフが地面へ転がった。


しかし。


「グルァッ!」


もう一匹が、足元へ飛びかかってくる。


「くっ!」


ティシアは咄嗟に足を引いた。


牙が靴の先を掠める。


あと少し遅れていれば、足を噛み砕かれていた。


だが、その瞬間――。


「グルァァァッ!」


巨大なウルフが地面を蹴っていた。

土を抉り、巨体が一直線に迫ってくる。


狙いは――首。


ティシアは剣を構える。


しかし───


(……間に合わない!)


鋭い牙が目前まで迫った、その瞬間――。


「──っ!」


凄まじい衝撃がリーダーの身体を襲った。


ドォンッ!


爆発したような轟音が森に響く。

リーダーの巨体が横から弾き飛ばされ、そのまま太い木へ激突した。


木の幹が大きく揺れ、葉が雨のように降り注ぐ。


「今のは……!」


ティシアは振り返る。


そこには、両手を前へ突き出したノアが立っていた。

「ティシア! 大丈夫ですか!」


「うん」


ティシアは自分の首にそっと手を当てる。


冷や汗が背中を伝っていた。

「助かったよ、ノア」


「よかったです……」


ノアは張り詰めていた肩から力を抜く。


ティシアはすぐに剣を握り直し、残ったウルフへ向き直った。

「これで終わりだ!」


地面を蹴る。


一気に距離を詰め、ティシアは剣を振り抜いた。


ザシュッ!


最後のウルフが地面へ倒れる。


森に響いていた唸り声が消えた。


残ったのは、ティシアとノアの荒い呼吸だけだった。


「ふぅ……これで終わりだね。」


ティシアは剣についた血を振り払い、鞘へ納める。


「魔石と牙を取ろう。」


「私も手伝うです。教えてください。」


「分かった。まずは……」

ティシアは倒れたウルフの前へしゃがみ込む。


まだ温かい身体に触れながら、ナイフを取り出した。


「ここを切って……この奥に魔石がある。」


「こうですか?」

ノアは恐る恐る刃を入れる。


生暖かい血の匂いが鼻を突いた。


「そう。力を入れすぎると魔石を傷つけるから、ゆっくりね。」


「……分かったです。」

ノアは唇を結び、慎重にナイフを動かしていく。


そのときだった。


「……ん?」


ティシアの手が止まる。


「どうしたですか?」


ティシアは倒れたウルフを一匹ずつ見渡した。


そして、指を折りながら数え始める。

「一、二、三、四……」


そこで動きが止まった。


ティシアは眉を寄せ、周囲へ視線を走らせる。

「……一匹足りない」


「え?」

ノアも立ち上がり、周囲を見渡した。


すると。

木々の隙間を縫うように、森の奥へ走っていく一匹のウルフが見えた。


「いたです!」


「逃げたのか」

ティシアは立ち上がる。


「僕はウルフを追う。ノアはここで解体しておいてほしい。何かあったら知らせて」


「分かったです!」


ティシアは逃げていくウルフの背を追い、森の奥へ走り出した。


────────


ティシアは木の根を飛び越えながら、ウルフを追っていた。


湿った土を踏むたび、靴の裏が沈む。


前方では、逃げるウルフが荒い息を吐いていた。


「もう……逃がさない!」


ティシアは地面を蹴る。


距離を詰めると、剣を振り上げた。


「ッ!」


ザシュッ!


剣が振り抜かれる。

ウルフの身体が大きく揺れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。


ティシアはしばらくその場で息を整える。

「……結構、奥まで来たな」


森の中は、先ほどまでいた場所よりも薄暗かった。


木々が密集し、湿った空気が肌へまとわりつく。


ティシアは周囲を見渡した。


すると。


木々の隙間から、何かが見えた。


「……あれは?」


さらに近づく。


苔に覆われた石壁。


崩れかけた柱。


木々の間に隠れるように、古びた石造りの建物が建っていた。


「……遺跡?」

ティシアは足を止める。


(何の遺跡だろう)


近づいてみたい。


だが、ノアを一人で待たせている。

ティシアは一度、倒れたウルフの死体を確認してから、来た道を振り返った。


「とりあえず、ノアと一緒に見てみよう。」


ティシアは何度か遺跡を振り返りながら、ノアの待つ場所へ戻っていった。


「ノア? 解体できた?」


「できたです!」

ノアは血のついたナイフを持ち上げ、ティシアへ見せる。


「ティシアもウルフ倒せたですか?」


「うん。これが魔石と牙。」

ティシアは回収した魔石と牙を手のひらへ乗せる。


「……ねえ、さっき森の奥に遺跡みたいなものがあったんだけど、見てみない?」


「遺跡ですか?」


ノアの目が少し大きくなる。

「いいですよ。見てみたいです。」


ティシアはノアを連れ、再び森の奥へ向かった。

しばらく進むと、木々の隙間を抜けた先で、古びた遺跡が姿を現した。


崩れた石壁には苔が広がり、入口の周囲には雑草が生い茂っている。


「ここだよ。」


その瞬間――。


ノアの手に刻まれた魔法陣が、淡い光を放ち始めた。


「……え?」


ノアは足を止め、自分の手を見つめる。

淡い光が指の隙間から漏れ、周囲の薄暗い森をわずかに照らした。


「ノア? 大丈夫?」


「これは……」

ノアの瞳が遺跡へ向けられる。


魔法陣の光は、まるで遺跡の奥を指し示すように、次第に強くなっていった。


「……あの遺跡の中に、聖遺物があるです。」


「聖遺物?」


ティシアは遺跡へ目を向ける。


「私の魔法陣は、聖遺物と使用者のつながりを強くして、本来の効果を引き出すものです。」


ノアは光を放つ自分の手を見つめた。

「だから、近くに聖遺物があると反応するです。」


「なるほど……」

ティシアは遺跡の暗い入口を見つめる。


中から冷たい空気が流れてくるような気がした。


「じゃあ、あの中に何か凄いものがあるってことだね」


「そういうことです。あそこに行くですか?」


ティシアはしばらく遺跡を見つめた。


だが、首を横に振る。

「いや、今はギルドに依頼を達成したことを伝えよう」


そして、ノアを見る。

「それと、ノアの冒険者登録も一緒にやろう」


「分かったです!」

ノアは光る手を胸元へ引き寄せ、小さく頷いた。


二人は遺跡を後にし、街へ戻った。


────────


ティシアは受付へ依頼書とウルフの牙、魔石を差し出す。


「依頼、達成しました。これがウルフの牙と魔石です。」


受付嬢は牙と魔石を一つずつ確認する。

「はい。討伐数も確認できました。依頼達成ですね。」


受付嬢は報酬を取り出す。

「お疲れさまでした。こちら、報酬の銀貨五枚です。」


ティシアは銀貨を受け取った。


「ありがとうございます。」


そして、ティシアはノアを見る。

「それじゃあ、次はノアの登録だね。」


「はいです!」


ティシアはギルドの外でノアを待つ。


しばらくすると、ノアが元気よくギルドから出てきた。


「ティシア~! 冒険者証もらったです!」


ノアは嬉しそうに冒険者証を見せる。


「よかった。」


ティシアも笑う。


「それじゃあ、どこかで夕食でも食べよう。」


「はいです! 何食べるですか?」


「ノアが決めていいよ。」


ノアは周囲を見渡す。


すると、店先に掲げられた看板に「オムライス」の文字が目に入った。


「あ、じゃあ、あそこがいいです。」


ノアは嬉しそうに指を差す。


「オムライス、好きなので。」


「じゃあ、そこにしようか。」

二人はその店で夕食を済ませると、宿屋へ向かった。


宿屋で部屋を取り、二人で廊下を歩いていると。


ティシアの足が止まった。

「……ん?」


壁に、一枚の紙が貼られていた。

何気なく視線を向ける。


その瞬間。


ティシアの身体が固まった。


紙に描かれていたのは、見覚えのある顔。


いや。


見間違えるはずがない。


『指名手配』


そして、その下には――。


『ティシア・バシレウス』


「…………」


ティシアはしばらく、その紙を見つめていた。


自分の顔。


自分の名前。


まるで、そこにいる自分を指差されているようだった。


ティシアはゆっくりと視線を逸らす。


しかし。


別の壁にも。


さらに、その先にも。


『ティシア・バシレウス』


どこを見ても、自分の手配書が貼られていた。


紙が壁一面に並び、自分が逃亡者であることを何度も突きつけてくる。


「ティシアの手配書、どこにでもあるですね……」

ノアは壁の手配書とティシアを交互に見た。


それから、申し訳なさそうに指先を握りしめる。


「申し訳ないです」


「ノアは関係ないよ」

ティシアはそう言って、ノアの方へ顔を向ける。


「どちらにせよ、僕は追われる身だったんだから」


「……はいです」

ノアは小さく頷いた。


二人はそのまま部屋へ戻った。


扉が閉まる。


カチャリ、という鍵の音がやけに大きく響いた。


静かな部屋の中。


ティシアはベッドの端へ腰を下ろす。

身体を倒し、そのまま天井を見上げた。


(……僕は、本当に追われているんだな)


街を歩けば、そこら中に自分の手配書がある。


今までは、逃げることに必死だった。


立ち止まれば捕まる。


そう思って、ただ前へ進んできた。


けれど。


こうして静かな部屋で一人になると、嫌でも現実が頭の中へ浮かんでくる。


(もう、ウラノス王国には戻れない)


ティシアは目を閉じる。

瞼の裏に、壁へ貼られた無数の手配書が浮かんでいた。


そこに描かれていたのは、確かに自分自身だった。

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