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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第三章『大きな狼』
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34.追われる身

ティシアとノアは野営をして、焚火を囲んでいた。


パチ、パチと薪が弾ける。

燃えた木の匂いが夜の空気に混じり、焚火の熱が冷えた頬をじんわりと温めていた。


しばらく、二人は何も話さなかった。

静かな夜に響くのは、薪が燃える音だけだった。


「……あまり話したくないんだけどね」

ティシアは焚火の中で揺れる炎を見つめた。


「ノアには知っておいてほしいんだ。僕のこと」


ノアは何も言わず、ティシアの方へ顔を向ける。


「僕の名前は、ティシア・バシレウスって言うんだ」


「バシレウス……?」

ノアは小さく首を傾げた。


「確か、ウラノス王国の王族の名前です」

そこまで言ってから、ノアの動きが止まる。


一度ティシアの顔を見て、再び何かを思い出すように視線を逸らした。


そして。


「ティシアは王子様なんですか!」

目を大きく見開き、驚いた声を上げた。


「そうだね。」


ティシアは焚火を見つめながら答える。

「僕はウラノス王国の第二王子だったんだ。」


「だった……?」


「今は追われる身だけどね」

ティシアは口元だけで笑った。


けれど、その笑みはすぐに消えた。


そして、これまでのことをノアに話した。


「いろいろあって、僕は国を追われた。生きてるのが奇跡みたいな状況だったんだ。」

ティシアが話し終える。


ノアは焚火を見つめたまま、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。

「そんなこと……ひどすぎます。」


握った拳が、わずかに震えている。


「ティシアは……ずっと頑張ってきて……」


ノアは言葉を探すように一度唇を閉じた。


そして、ティシアを見る。

「だからティシアは……あんなに無茶をするんですね。」


「……そうかな?」


「はいです。」


ノアは少しだけ笑った。

「でも、ティシアはティシアです。」


ティシアがノアを見る。


ノアは焚火の光を受けながら、まっすぐティシアを見返した。


「王子様でも、不死身でも。」


一度、言葉を区切る。


「私にとっては、ティシアは一緒に旅をしている大切な仲間です。」


ティシアは目を瞬かせた。


予想していなかった言葉だったのか、しばらく何も言わない。


それから、少しだけ目元を緩めた。

「……ありがとう。」


「そういえば。」

ノアがふと手を叩いた。


「魔法を教える約束をしてたですね。」


「そうだったね。」


「手、出してください。」


「手?」


ティシアは首を傾げながら、ノアへ片手を差し出した。


ノアはその手を両手でそっと包む。

その指先は思ったよりも温かく、ティシアはわずかに目を見開いた。


「今から魔力を流すです。力、抜いてください。」

ノアの声はいつもより静かだった。


ティシアは言われた通り、肩の力を抜く。


次の瞬間。


何かが、自分の身体へ入り込んできた。


最初に感じたのは、温かさだった。

ぬるい水の中へゆっくり沈んでいくような、不思議な感覚。


けれど、それだけではない。

身体の奥へ何かが触れ、胸の内側をゆっくりとなぞっていく。


誰かの気配が、自分の中へ入り込んできたような感覚だった。


「……これが、魔力……?」


「はいです。」


ノアはティシアの手を握ったまま頷く。


「今は普通の人でも感じられるぐらい濃くしてるです。」


ノアが魔力を動かす。

ティシアの胸の奥に集まっていた感覚が、ゆっくりと腕へ流れていく。


肩を通り。


腕を通り。


そして、指先へ。


「……動いてる。」


ティシアは自分の手を見つめた。

確かに、自分の身体の中を何かが移動している。


「ティシアの意思に合わせてるです。」


ノアは静かに言った。


「ゆっくりでいいので、巡らせてみるです。」


ティシアは目を閉じる。


そして、意識を自分の身体の内側へ向けた。


動け。


そう思う。

すると、指先に集まっていた魔力が、ゆっくりと腕へ戻っていく。


「……!」


ティシアは息を呑んだ。

今まで感じることすらできなかったものが、自分の意思に反応している。


その感覚に、胸の奥が熱くなった。


「すごいです……」


ノアが目を丸くする。


「初めてでここまでできる人、見たことないです。」


ティシアは少し照れたように視線を逸らした。

「そうなんだ。」


「はいです!」


ノアは何度も頷く。


「とりあえずは、魔力を身体の中で循環させるです。それができたら、次のことを教えるです。」


「分かった。」


ティシアは再び目を閉じる。


身体の中を巡る魔力へ意識を集中させた。


「ありがとう、ノア。」


「どういたしましてです!」

ノアはにこりと笑った。


────────


朝日が昇り始めていた。


何時なのかは分からない。


ティシアは眠っているノアを起こす。


「ノア、起きて。そろそろ進もう。」


「ふぁぁ……これ、眠りづらいのです。」


ノアは眠そうに目をこする。


「ベッドで寝てる聖女様には、きつかったかな?」


「……はいです。」


ノアは少し恨めしそうにティシアを見る。


「でも、ティシアも同じところで寝てたです。」


「僕は慣れてるからね。」


「ずるいです……。」


ノアはティシアから借りた服に着替える。

「この服少し大きいです。」


「聖女の服のままじゃ騒ぎになるからね。後でちゃんとしたのを買いに行こう。」


ティシアとノアは、再び歩き始める。


しばらく進むと、遠くに街が見えてきた。


ティシアは足を止める。


「……街か。」

ティシアは周囲を見渡し、顔を隠す。


自分の情報が、すでにこの辺りまで伝わっている可能性がある。

「どうしたです?」


「僕は追われている身だからね。顔を知られているかもしれない。」


ティシアはフードを深く被る。

「街に入るなら、少し気をつけよう。」


「ティシア、これからどうするですか?」


「そうだね。」


二人は街に着く。アルカディアに近いからか、人通りは多く、賑やかな声が絶えず耳に届く。


ティシアは北を見ながら考える。

「ドワーフの国は火山が近くて暑いから、防熱具を探してほしい。あと、ノアの服も必要だね」


「分かったです。」


「僕はドワーフのところで、何か異変が起きていないかとか、いろいろ調べてみるよ。」


ティシアは懐から銀貨を二枚取り出し、ノアに渡す。

「これで足りるかな?」


「はいです!」


ノアは銀貨を受け取る。


ティシアは周囲を見渡す。


(魔素材商会か、依頼を受けられるところでも探すか。)

ティシアは酒場へ向かった。


そこで聞けたのは、基本的な情報ばかりだった。


ドワーフは小柄で力強い。


鍛冶を得意としており、武器や防具の製作に長けている。


そして、ドワーフには独自の鍛冶技術があるらしい。

しかし、その技術は門外不出。


外部の人間に教えることはなく、その技術を知りたがる者も多いという。


(……結局、普通の情報しか手に入らなかったな。)


ティシアは酒場を出る。

(ドワーフの国で何か異変が起きているのか。それを調べるには、もっと内部の情報が必要そうだ。)


ティシアは街を見渡した。

(まずは、依頼を受けられる場所でも探してみるか。)


少し歩くと、冒険者ギルドがあった。


冒険者ギルドとは、街の人々から寄せられた依頼を管理し、冒険者へ斡旋する場所だ。


(ここなら、何か情報が手に入るかもしれない。)


ティシアは冒険者ギルドの扉を開けた。


ここには変わった人も多い。顔を隠していても、そこまで怪しまれないだろう。


(戦闘系の依頼の方が都合がいいんだけどな。)


ティシアは依頼掲示板に目を向ける。


(薬草の採取とかは、どれが薬草なのか分からないし……知識が必要だからな。)


ティシアは掲示板に貼られた依頼を一つずつ眺めていく。


(全体的にウルフ関連の依頼が多いな……)


ティシアは一枚の依頼書を手に取る。


そこには「ウルフ討伐」と書かれていた。


(これなら戦えるし、魔素材も手に入る。)


ティシアは受付へ向かう。


「あの、これ受けたいんですけど。」


受付の女性は依頼書を確認する。


「ウルフ討伐ですね。冒険者登録はされていますか?」


「……いえ、まだです。」


「でしたら、まず登録からお願いします。」

受付嬢が一枚の紙を差し出す。

 

「これって何を記入すればいいですか?」

ティシアは紙を覗き込む。


「名前、年齢、得意な武器、魔法の適性……あとは簡単な自己紹介ですね。」


「なるほど。」


ティシアはペンを手に取る。


(本名はまずいよな。ティシア・バシレウスなんて書いたら、すぐに身元がばれる。)


少し考えたあと、名前の欄に「ティシア・ベル」と記入した。


(年齢は……少し盛って17歳にしておこう。)


ティシアは年齢の欄に「17歳」と書く。


(武器は長剣。魔法は……なし。)


そして、自己紹介の欄で少し手が止まる。


(自己紹介……。)


少し考えたあと、


(体力はあるって書いておこう。)


ティシアは「体力には自信があります」と記入した。


「これでいいですか?」


「はい、大丈夫です。少々お待ちください。」


受付嬢は記入された用紙を受け取り、内容を確認し始めた。

「問題ありません。こちらが冒険者証です。」


受付嬢は一枚のカードをティシアに手渡す。

「冒険者にはランクがあり、依頼の達成状況などによってランクが上がっていきます。」


「なるほど。」


ティシアは冒険者証を眺める。

「ちなみに、今の僕は何ランクですか?」


「登録したばかりですので、Fランクですね。」


受付嬢は冒険者証を指差す。

「ただし、一つ注意があります。」


「これは、あくまでどれだけ依頼を達成し、ギルドや街に貢献したかを表すものです。」


「ランクが高いからといって、必ずしも強いとは限りません。その点は、念頭に置いておいてください。」


「わかりました。」


「それと、こちらを渡しておきます。」


ティシアは渡された紙を見る。

そこには、自分の懸賞金が大きく記されていた。


『ティシア・バシレウス 罪状:王子殺人未遂、聖女誘拐 生死は問わない』


胸の奥が、わずかに冷える。

ティシアは無意識に、フードをさらに深く被った。


「ウラノス王国が総出で探してるらしいです。見つければ連絡をください。」


「……わかりました」

ティシアは紙を懐に押し込み、ギルドを出た。


外ではノアが待っていた。

いつも通りの笑顔だったが、ティシアはその笑顔を見て、

懸賞金の紙をさらに深く押し込んだ。


ノアは軽いローブに身を包み、腰には小さなポーチを下げていた。

「ティシア、新しい服にしました。どうですか…?」


「ノアらしくてとても良いよ。」


「ならよかったです。でも、防熱具は……今の手持ちでは、一人分も買えなかったです。」


「そうか。」


ティシアは少し考える。

「じゃあ、稼ぎに行こう。」


「稼ぐですか?」


「うん。さっき冒険者ギルドで依頼を受けたんだ。」


ティシアは依頼書を見せる。

「ウルフ討伐だよ。」

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