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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第二章『神聖国家アルカディア』
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Ex30.アルカディアの国民、ノア

私が九歳だった頃。まだ、聖女になる前の話だ。


────────


「お母さん、あそこで何をするの?」

私はアギアの塔を見上げながら尋ねた。


母は優しく笑う。


「あそこで聖女様が、みんなに温かい光を届けるのよ。」


次の瞬間。


アギアの塔から眩い光が空へ広がり、王国全体を包み込んだ。


「わあ……あったかい。」


光に触れた、その時だった。


私の体が、淡く白く輝き始める。

「お、お母さん!」


私は慌てて母の服を掴んだ。

「怖いよ……。」


周囲がざわめく。


「まさか……。」


「光ったぞ。」


人々の視線が、一斉に私へ集まる。


その直後、鎧の音が響いた。

大勢の騎士たちが、人混みをかき分けながらこちらへ駆け寄ってくる。


「聖女様だ! 新たな聖女様が誕生したぞ!」

歓声が上がる。


人々は祝福するように私を見つめていた。


母は驚いた表情を浮かべたあと、そっと私を抱きしめた。

「……大丈夫。ノアは、ノアのままでいてね。」


そう優しく頭を撫でてくれた。


その日から私は、騎士たちに連れられ、聖女として生きるための教育を受けることになった。


聖女としての言葉遣い。


聖女としての役割。


聖女としての振る舞い。


毎日、必死に学んだ。


あの日、私を祝福してくれた人たちの期待に応えたかったから。


でも、その代わりに、お母さんと会える時間は少しずつ減っていった。


最初は、一週間に一度。


次は、一か月に一度。


半年に一度。


そして――一年に一度。


気づけば、お母さんと過ごす時間より、聖女として生きる時間の方がずっと長くなっていた。


聖女になって四年後。


お母さんが死んだ。過激派に殺されたと聞かされた。


最後に会ったのは、一年前だった。


葬儀には出してもらえた。


お母さんの顔を見た。痩せ細り、ひどくやつれていた。


穏やかな顔だったはずなのに、私にはどこか悲しそうに見えた。


私はデルト聖騎士を呼び止めた。

「デルトさん。お願いがあります。」


「聖女様。どうか『デルト』とお呼びください。あなたは私より上の立場なのですから。」


「……では、デルト。」


私は小さく息を吸う。


「母の店へ行きたいです。」


デルトは一瞬だけ目を伏せ、静かに頷いた。

「承知しました。」


「私は聖女様をお守りする聖騎士です。どこへでも同行いたします。」


私は母の店へ入った。


一年前と、何も変わっていない。


店の奥へ足を運ぶ。

生活の跡が、そのまま残っていた。台所には、食材が並んでいる。


卵や玉ねぎ、鶏肉、そしてケチャップがあった。


私は、それを見つめた。


「……オムライス。」


私の、一番好きな料理だった。


「……練習してたのかな。」


その瞬間、昔の記憶が蘇る。


『次に会えるのは一年後?』

『うん……』

寂しそうに笑う私に、お母さんは優しく笑った。


『じゃあ、お母さんがもっと美味しい料理を作れるようにならないとね。』

『次に会った時、ノアが喜ぶ料理を作ってあげるから。』

────────

机の上には、私が幼い頃に描いて贈った似顔絵が飾られていた。


『おかあさん! これあげる!』


『私の似顔絵?』

お母さんは嬉しそうに笑った。


『ありがとう。大事にするわ。』

その言葉通りだった。


色あせていても、傷んでいても。


そこには、ずっと大切にされていた証が残っていた。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

「デルト。」


私は似顔絵を見つめたまま、小さく口を開く。


「私……お母さんのお店で働きたいです。」


デルトは少しの間、黙っていた。


「……本来であれば、お止めすべきです。」


「ですが、聖女様のご意思を無視することもできません。」


「条件があります。」


「正午は聖女としてのお務めを果たしてください。それ以外の時間であれば、お店へ通うことを認めます。」


「……ありがとうございます。」


それから私は、母の店で働くことになった。

当時はまだ、今の『魔素材商会アルカ』という名前ではなかった。


母が亡くなったあと、その店はアルカの支店として引き継がれることになった。

私はそこで、聖女ではなく、一人の店員として働いた。


最初は、お客さんはほとんど来なかった。

でも、少しずつ。


本当に少しずつ、お店に人が集まるようになった。


「ノアちゃん! 今日もスライムの買取お願い!」


「はいです! 少々お待ちください!」


聖女として身についた言葉遣いは、なかなか抜けなかった。


気づけば、語尾に「です」を付ける変な話し方になっていた。


それでも誰も笑わなかった。


「それがノアちゃんらしい。」


みんなはそう言って、受け入れてくれた。

私は、それが嬉しかった。


だけど、お店を始めて三年後。


来てくれる人が、一気に減った。


隣に、大きな魔素材商会ができたからだ。


それでも、足を運んでくれる人はいた。


だけど――。


国からの圧力が始まった。


ある人は、別の土地へ追いやられ。


ある人は、脅され。


そして、ある人は──殺された。


もう店を閉めようと思った。


それでも、お母さんが命より大切にしていた店を、自分の手で終わらせることはできなかった。


気づけば、一年が過ぎていた。

ティシアさんと出会ったのは、その時だった。


貴族みたいに凛々しい顔立ち。

でも、その人を見た瞬間、私は息をのんだ。


(なに、この魔力……。)


視線を向けると、その人の腰袋から、とてつもない魔力が漏れ出していた。

あれほどの魔力を持つ魔石を、私は見たことがない。


(この人……こんな魔物を倒してきたの?)


でも、ティシアさんが取り出した魔石は――十個だけだった。

「……これだけですか?」


思わず口に出てしまった。


「……? はい。それだけですが、何か?」


「あ……。」


しまった。


魔力の強い魔石は、武器や魔道具にも使われる。

もし私が魔力を感じ取れると知られたら、不自然に思われるかもしれない。


「その服、かなり仕立てが良いので。てっきり貴族の方かと思いまして。」


私は慌てて誤魔化した。


「もっとたくさん持ち込まれるのかと思っただけです! 少々お待ちくださいです。」


ティシアさんと話すのはとても楽しかった。でもデルトから警告された。


「聖女様としての役割を果たしてください。あなたは、この国の民を幸せにする人なのですから。」


「分かっています。もうすぐで聖人の儀は始まります。その時は……ちゃんとしますよ。」


ティシアさんが来た時は、焦った。


(秘密がばれたんじゃないかって。)


でも、ティシアさんは何も聞かなかった。聖女としてではなく、ただの私として接してくれた。


その日、私はティシアさんのことを知った。


お互いに母を亡くしていることを知って、少しだけ親近感がわいた。


だからこそ、アギアの塔でティシアさんを見つけた時は驚いた。


(あの時魔力……ティシアさん?)


間違えるはずがない。


あれほど強大な魔力を持つ魔石を持っていた人。


でも――。


(なんで、アギアの塔で掃除をしているの?)


私は首を傾げた。


正直、ティシアさんには聖女としての私を見てほしくなかった。

あの店で笑っていた、ただの少女の私だけを知っていてほしかった。


ティシアさんには、こんな作られた笑顔で、決められた言葉を話す私を見てほしくなかった。

聖女という仮面をかぶった私を、知られたくなかった。


────────────

今、私には二つの道がある。


聖女として生きる道。

自分を縛り続ける代わりに、多くの人を幸せにする。


それとも――。


一人の少女として生きる道。

心から笑える代わりに、たくさんの人を傷つけ、迷惑をかける。


私は、────

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