29.聖人の儀
聖人の儀、当日。
ティシアは宿を出る。
(聖人の儀が行われるのは夜。)
(それまでにアギアの塔へ入り、見つからない場所で待機する。)
(ノアさんと、もう一度話すために。)
ティシアは穴だらけになった修道服を脱ぐ。
そして、アストが直してくれた服へ着替える。
血の跡も残っていない。まるで、何もなかったかのように。
ティシアは腰の剣を見る。
何度も戦いに使った剣。
しかし、刃には傷一つなかった。
剣を握る。
ティシアはアギアの塔に向かう。
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アギアの塔、中間階。
ノアは聖騎士の男と話していた。
「デルト?聖人の儀を早めるんですか?」
「はい。」
男は静かに答える。
「最近、過激派の活動が激しくなっていますから。」
「王からの伝令です。儀式を早め、被害が出る前に終わらせろと。」
ノアは少し不安そうに目を伏せる。
「……そうですか。」
男は微笑む。
「ご安心ください。」
「聖女様は、私がお守りします。」
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ティシアはアギアの塔へ着いた。
塔の周囲には、多くの人が集まっていた。
聖人の儀を控え、修道士や聖騎士たちが慌ただしく動いている。
(……人が多い。)
昨日までとは違う。警備が明らかに増えている。
塔の入り口には、二人の聖騎士が立っていた。
(正面から入るのは無理か。)
ティシアは周囲を見渡す。
すると、昨日まで共に掃除をしていた修道女を見つけた。
「すみません。」
修道女が振り返る。
「あら……確か、聖女様に褒められていた方ですよね?」
「はい。」
ティシアは頭を下げる。
「実は……アギアの塔の中に、掃除道具を置き忘れてしまって。」
「今日の儀式前に確認しておきたくて……中へ入ることはできますか?」
修道女は少し考える。
「本来なら、儀式前だから関係者以外は入れないんだけど……。」
修道女は小さく笑う。
「聖女様が直接お声をかけた方ですものね。今回だけ特別ですよ。」
そして――。
アギアの塔の中へ入った。
しかし、すぐに違和感を覚える。
(……騒がしい。)
塔の中では、騎士たちが慌ただしく動いていた。
「どうしました?」
ティシアは近くにいた騎士へ声をかける。
「ん?」
騎士は一瞬だけティシアを見る。
「今忙しいんだよ。儀式を始めるから、下の警備に人を集中させろって指示が出てる。」
ティシアの表情が変わる。
「……始める?」
その瞬間――。
背後から、重い足音が響いた。
「何事だ!」
振り返ると、一人の聖騎士が速足で塔の中へ入ってくる。
その姿を見た瞬間、ティシアの動きが止まった。
「……デルト聖騎士。」
しかし、デルトはティシアに気づいていない。
周囲の騎士へ問いかける。
「なぜ急に儀式を始める話になっている?」
騎士が慌てて答える。
「デルト様の命令です。儀式を前倒しにするため、最上階の警備を減らし、下層へ人員を回せとのことでした。」
「……何?」
デルトの表情が変わる。
「俺はそんな命令を一言も出していない。」
「どういうことだ。」
周囲がざわめく。
その時――。
デルトの視線がティシアへ向いた。
「……お前は。」
一瞬、沈黙。
「確か、あの時……殺したはずだな。」
ティシアが構える。
その瞬間――。
デルトの姿が消えた。
「……っ!」
次の瞬間、背中に衝撃が走った。
ティシアの身体が壁へ叩きつけられる。
「がっ……!」
(見えなかった……!)
ティシアは剣を抜く暇すら与えられなかった。
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アギアの塔、最上階。
「もう、儀式を始めてもよいのですか?デルト。」
ノアは手袋を外して神翼の羽を握っている。
「はい。ノア様の準備ができ次第、いつでも。」
聖騎士の男は静かに答える。
ノアはしばらく黙っていた。
「……デルト。」
「はい。」
「剣を抜いて、振ってください。」
一瞬。
偽デルトの動きが止まる。
「……なぜでしょうか?」
「確認したいことがあります。」
ノアは静かに彼を見る。
「……いいでしょう。」
聖騎士の男は剣を抜く。
そして――。
振り下ろす。
その一撃は重かった。空気を震わせるほどの力。
まともに受ければ、鎧ごと砕かれるほどの威力。
しかし、ノアの表情は変わらなかった。
「……違います。」
「何がですか?」
「デルトは、そんな振り方をしません。」
聖騎士の男の動きが止まる。
ノアは静かに続ける。
「私の知っているデルトは、その体格からは想像できない速さで剣を振ります。」
「力で押し潰すような戦い方はしません。」
男は黙ったまま剣を握る。
「それに……。」
ノアは彼の顔を見る。
「デルトは、私のことを『聖女様』と呼びます。」
「あなたは先ほど、私を『ノア様』と呼んだ。」
「答えなさい。」
ノアは男を指さす。声が低くなる。
「あなたは……誰ですか?」
聖騎士の男は、しばらく沈黙した。
そして――。
「……私ですか?」
男はゆっくりと笑う。
「あなたたちが過激派と呼び、恐れている者です。」
「ウラノス王国を正すために選ばれた者。」
男は静かに笑う。
「私の名は――アルファ。」
「神の意思を受け、この国をあるべき姿へ戻す者です。」
アルファは剣を構える。
「さあ――。」
「ウラノス王国に関わる異端には……。」
「死を。」
アルファが剣を振り上げる。
その瞬間――。
神翼の羽。
聖女だけが扱うことを許された神聖な道具。
ノアはそれをアルファへ向ける。
「……ごめんなさい。」
小さく呟く。
まばゆい光が塔の最上階を包む。
「────ッ」
アルファは目を覆う。
「くっ……!」
その隙に、ノアは階段へ走った。
「待ちなさい!」
アルファが追う。
「神聖な道具を……目くらましなどに使うなんて。」
「あなたは、本当に聖女なのですか?」
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デルトはティシアを壁へ押し付ける。
「これはお前が仕組んだのか?」
首にかかる力が強くなる。
「違……う。」
ティシアは苦しそうに答える。
デルトはしばらくティシアを見る。
「だが、理由は関係ない。お前は許可なくアギアの塔へ侵入した。」
「聖女様の安全を脅かした以上、拘束する。」
その時、最上階から、まばゆい光が降り注いだ。
デルトの表情が変わる。
「……これは。」
白い光。
神聖な力。
「神翼の羽の光……!」
デルトは即座に判断する。
「聖女様の身に何か起きている。」
デルトはティシアの首から手を離す。そして、階段を駆け上がった。
残された騎士たちがティシアを囲む。
「動くな。」
「抵抗すれば拘束する。」
一人の騎士が近づく。
しかし――。
「う、うわああああ!」
塔の外から、叫び声が響いた。
一つではない。
二つ、三つ――。
次々と悲鳴が重なっていく。
「何だ……?」
騎士の一人が窓へ駆け寄る。
「……そんな。」
ティシアも窓の外を見る。
そこには、街を埋め尽くすほどの人影があった。
フードを被った者たちが、至る所で人々を襲っている。
「「異端には死を――!」」
叫び声が街に響く。
彼らは周囲の人々へ襲いかかっていた。
逃げ惑う人々。泣き叫ぶ子供。
祭りを待っていた街は、一瞬で混乱に包まれる。
「外に出るぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
「国民を守れ!」
騎士たちはティシアから視線を外し、門の外へ駆け出した。




