27.アギアの塔の掃除
ヴァレンの指輪が、赤く光った。
その瞬間、ヴァレンはアストの後頭部をつかみ、地面へ叩きつける。砂煙が舞う。
細身で、眼鏡をかけたその姿からは想像できないほどの力だった。
「ぐっ……何を……するのですか……。」
ヴァレンはアストの頭を押さえつけたまま、笑みを浮かべる。
「この指輪には、相手の言葉の真偽を判別する水晶――『審判晶』が嵌め込まれているのです。」
「さすがはエルフの技術。」
「……実に素晴らしい。」
「欲しくなってしまいますねぇ。」
ヴァレンは指輪へ向けていた視線を、ゆっくりとアストへ戻す。
「アストさん。」
「この指輪は、あなたの言葉が偽りであると告げています。」
ヴァレンは笑みを浮かべたまま続ける。
「答えなさい。」
「ゴブリンキングを倒した者は――どこにいるのですか?」
「……知らない。」
その瞬間。
指輪に嵌め込まれた審判晶が、再び赤く光る。
ヴァレンの表情から笑みが消えた。
「……そうですか。」
次の瞬間。
ヴァレンはアストの頭を再び地面へ叩きつけた。
「では、質問を変えましょう。」
ヴァレンはしゃがみ込み、アストの顔を覗き込む。
「その者は――この村にいるのですか?」
「……」
アストは答えない。ヴァレンは小さく息を吐く。
「答えないのなら、こちらで勝手に判断します。」
次の瞬間。
ヴァレンは再び、アストを地面へ叩きつけた。
「では……東ですか?」
アストは答えない。
ヴァレンは表情を変えず、再び腕を振るう。
「西?」
沈黙。
「北?」
アストは歯を食いしばる。
「……」
ヴァレンは小さく息を吐いた。
「まさか――南ですか?」
それでも、アストは口を閉ざしたままだった。
ヴァレンは静かにアストを見下ろす。
「もういいです。騎士への反抗として処刑しましょう。」
そして――
「西だ!」
グレンが叫んだ。
「グレン!」
アストが声を上げる。
グレンは苦しそうに笑った。
「……これ以上、黙って見ていられるかよ。」
ヴァレンはゆっくりとグレンへ近づく。
そして――。
まるで褒めるように、グレンの頭を撫でた。
「おやおや……。」
ヴァレンは笑顔のまま言う。
「グレン君は、その者の行き先を知っているのですか?」
「ああ、西に行った。」
その瞬間、ヴァレンの指輪に嵌め込まれた審判晶が青く輝く。
「……真実、ですか。」
ヴァレンは小さく笑った。
「では、その者の名は?」
グレンは少し黙る
「ティシア……」
また、ヴァレンの指輪が青く光る。
「完璧です!」
ヴァレンは両手を広げ満足そうに笑う。
「名前、居場所……十分な情報が揃いました。」
「なるほど……。」
ヴァレンは満足そうに頷く。
「ティシアという者が、西にいるのですね。」
そして、少し間を置く。
「では、本当に最後の質問です。」
ヴァレンはグレンの目を見る。
「その者は――」
「王家の人間。」
「ティシア・バシレウスですか?」
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「……お前は、何も知らないんだな。」
騎士はティシアを見ながら呟いた。
「どういうことだ。」
「俺たちは……あの方が、この店を続けることを望んでいない。」
「だから、店から人を遠ざけているのか。」
騎士は黙って頷く。
「ノアさんは何者なんですか。」
その問いに、騎士の表情が僅かに曇った。
「それは言えない。」
「アルジャ様に誓った。」
騎士は目を閉じる。
「……殺したいなら殺せ。」
「……もういい。」
ティシアはそれだけ言い残し、路地裏を後にした。
静寂が戻る。
しばらくして、騎士はゆっくりと身体を起こした。
「はぁ……とんでもない目に遭った。」
その時。
背後から声が響く。
「無事でしたか。」
騎士の表情が安堵に変わる。
「デルト様……!」
振り返る。
そこには聖騎士の姿をした男が立っていた。
「申し訳ありません。油断してしまい……ですが、あの方の秘密は命に代えても守りました。」
男は笑う。
「そうですか。ならば――」
男は剣を抜く。
「異端には死を。」
騎士の顔から血の気が引いた。
「……デルト、様?」
その呼びかけに、男は答えない。
次の瞬間。
振り下ろされた重い剣が、騎士の頭蓋を砕いた。
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翌朝。聖人の儀まで、あと二日。
ティシアは狩りには向かわず、アギアの塔へ足を運んだ。
すると――。
「いた!」
聞き覚えのある声が響く。
振り返るより早く、修道女がティシアの腕を掴んだ。
「今日も手伝ってもらうわよ!」
「……やっぱりこうなるんですね。」
ティシアは諦めたようにため息をついた。
ティシアは箒を受け取ると、掃除を始めた。
今回は前回とは違う。前回掃除を終えた、塔の中腹から先。
つまり、まだ足を踏み入れていない上層へ向かう階段だった。
(前は半分までだったから……今日はその続きか。)
ティシアは箒を動かしながら、周囲へ意識を向ける。
(……騎士が多いな。)
塔の中には、普段より明らかに多くの騎士が配置されていた。
(これなら、もし前みたいな過激派が入り込んできても、簡単には制圧されないだろう。)
(聖人の儀が近いから、警備を強化しているのか。)
ティシアは周囲を警戒しながら、黙々と掃除を続ける。
そして――。
ようやく、最後の階段を上り終えた。
(……最上階か。)
外から見た時よりも、ずっと長く感じた塔の階段。
ティシアは小さく息を吐く。
その時だった。
階段の下から、騒がしい声が聞こえてくる。
「聖女様がいらっしゃるわ!」
その声と共に、修道士たちは一斉に膝をついた。
ティシアも慌てて、それに合わせる。
そして、階段を上ってきた人物へ視線を向けた。
聖女は顔を白い布で覆っていた。そのため、表情を見ることはできない。
しかし――。
白色の髪。
小柄な体格。
そして、歩き方。
ティシアには見覚えがあった。
(……ノアさん?)
聖女がこちらを見る。
白い布越しでも、その視線に覚えがあった。
「……。」
聖女はゆっくりとティシアの前まで歩いてくる。
「あなたは勤勉ですね。」
周囲に聞こえるような、聖女らしい穏やかな声。
そして――。
聖女はティシアの耳元へ顔を近づけた。
誰にも聞こえないほど小さな声で、そっと囁く。
「また夕方、話します。」
ティシアは一瞬、目を見開く。
(やっぱり……ノアさんだ。)
聖女はそのまま、最上階へと向かっていった。
その姿が見えなくなった瞬間。
修道士たちが一斉にティシアへ駆け寄る。
「あなた! 今、聖女様にお声をかけられていたわよね!?」
「すごいわ……!」
「聖女様が自分から人に話しかけるなんて、ほとんどないのよ?」
「一体、何をしたの?」
修道士たちの興奮は、しばらく収まらなかった。
ティシアは適当に話を合わせながら、興奮する修道士たちとともに作業を終わらせる。
気づけば、外は夕暮れに染まっていた。
(……やっぱり、ノアさんだった。)
聖女としての姿。
店で見せる姿。
その二つを知った今、ティシアは確かめたいことがあった。
ティシアは急いで、魔素材商会アルカへ向かった。




