26.あの店の秘密
森での調査を終えたヴァレンたちは、ベルン村へ戻っていた。
「ヴァレン騎士団長、ご報告があります。」
村で聞き込みをしていた騎士が報告書を差し出す。
「村で戦える者の人数と、討伐されたゴブリンの数を照らし合わせました。」
「最後に一点。ゴブリンの死体の数と、回収された魔石の数が一致しません。」
ヴァレンは手を顎に添え、静かに考え込む。
(戦闘で砕けた可能性もある……。これだけでは決め手にならない。)
(……ならば、あれを使うか。)
ヴァレンはゆっくりとアストの前へ歩み寄った。
「アストさん。我々の調査では、あなたがゴブリンキングを討伐したと判断しました。」
「王国騎士団を代表して、感謝を申し上げます。」
そう言って、右手を差し出す。
アストは一瞬だけ身構えたが、ほっと息を吐く。
「……ありがとうございます。」
安心した表情で、その手を握った。
「最後にもう一度聞きます。アストさん。あなたが単独でゴブリンキングを討伐したのですね。」
「はい。もちろんです。」
その瞬間。
ヴァレンの指輪が、赤く光った。
────────
ティシアは頭を覆っていたフードを外す。
「こんばんは、ノアさん。」
ノアは目を丸くした。
「ティシアさんだったんですね!」
安心したように笑いティシアに近づく。
「修道服を着てたので、てっきり別の人かと思ったです。」
「今日もホーンラビットを売りに来たんですか?」
「うん。今日は15匹分お願い。」
「分かったです。じゃあ、少し待っててくださいです。」
ノアはホーンラビットを受け取ると、慣れた手つきで店の奥へ運んでいった。
しばらくして、革袋を手に戻ってくる。
「お待たせしましたです!」
ノアは袋をティシアへ差し出した。
「銀貨二枚と銅貨五十枚になります。」
髪を触りながら、少し照れくさそうに笑う。
「それと、この袋も持っていってくださいです。」
ノアは収納袋をティシアへ差し出す。
ティシアは目を丸くした。
「ノアさん……これって収納袋じゃない!? 魔道具だよね?」
「はい。でも、今年の聖人の儀が終わったら、この店は閉めることになってるです。」
ノアは少し寂しそうに笑う。
「だから、このまま倉庫で眠らせるくらいなら、ティシアさんに使ってもらった方が嬉しいです。」
「でも、これは銀貨三十枚もする魔道具だよ。」
ティシアは収納袋を見つめる。
「そんな高価なものを、僕みたいな人に渡すなんて……。」
ノアは少し困ったように笑う。
「ティシアさんは、久しぶりにちゃんとお話しできた人だったです。」
「この店は、『行くとけがをする』って変な噂を流されてるので、お客さんもほとんど来ないです。」
ノアは収納袋をティシアの方へ押し出した。
「それに……ティシアさんは、私の秘密を見ても何も聞かなかったです。」
「それが、私にはすごく嬉しかったです。」
ティシアは収納袋を見つめたまま、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑う。
「……じゃあ、こうしよう。」
「これは貸しってことにして。」
ノアはきょとんと首をかしげる。
「貸し……です?」
「うん。僕がノアさんから銀貨三十枚借りたことにする。」
ティシアは収納袋を大事そうに抱える。
「いつか必ず返すよ。」
ノアは少し考えたあと、にこりと笑った。
「……分かったです。」
「じゃあ、これはティシアさんへの貸しです。」
「忘れないでくださいね。」
ティシアは小さく頷き、再びフードで顔を隠す。
そのまま店を後にし、宿へ戻った。
────
翌日――聖人の儀まで、あと三日。
ティシアはいつも通り、城門へ向かう。
門番はティシアの姿を見ると、にやりと笑った。
「おう、修道女さん。今日もホーンラビット狩りか?」
「そうだよ。でも、明日はアギアの塔の準備があるから来ないかな。」
「そいつはちょうどよかった。」
門番は肩をすくめる。
「俺も明日から反対側の門の担当なんだ。」
「門番は三日ごとに担当が変わるんだけどよ、聖人の儀の日は城壁の上から儀式を見ようって、仕事をしたがる奴らが多いんだ。」
「俺はくじ引きで、西門の担当を引いた。ま、大当たりってやつだ。」
ティシアは不思議そうに首をかしげる。
「西門って当たりなの? 儀式を近くで見られないなら、外れだと思うけど。」
門番は笑った。
「聖人の儀の日は、みんな人混みの中で見るだろ?」
「でも西門の城壁なら、遮るものは何もねぇ。儀式を最初から最後まで見渡せる。」
「しかも仕事中だから、誰にも文句は言われねぇ。これ以上の特等席はないさ。」
ティシアは門番と他愛のない話を交わしたあと、門を出た。
今日もホーンラビットを狩る。
ただ――今日は、戦い方を変える。
(今までは、相手が動いてから反応して避けていた。)
(でも、それじゃ短剣使いみたいな相手には通用しない。)
(あの時みたいに、相手が何をするか先に読まないと。)
(見るんじゃない。読むんだ。)
剣をしっかりと持つ。
(攻撃が来てからじゃ遅い。相手の癖、視線、重心……全部見て、一手先を読む。)
────────
ティシアが門へ戻ってくる。
門番はティシアの顔を見るなり笑った。
「おかえり、修道女さん。なんだか浮かない顔してるな。」
ティシアは肩を落とす。
「今日は相手の攻撃を予測する練習をしてたんだ。」
「そうしたら……。」
「倒す前に逃げられちゃった。」
「……そりゃ、ホーンラビット相手に考え過ぎだ。」
「うぅ……。」
「まぁ、ドンマイ。」
ティシアは肩を落としたまま、とぼとぼと街を歩く。
ふと、酒場で聞いた話を思い出した。
――自分の遺体に懸賞金がかけられていること。
(ベルン村で、僕の正体がばれているかもしれない。)
(聖人の儀が終われば、僕はこの街を出る。その前に、いろいろ準備しておこう。)
ティシアは旅に必要な物を買い足していった。
気づけば、日は西へ傾いていた。
買い物を終えたティシアは、魔素材商会アルカへ向かった。
「今日も来たよ、ノアさん。」
「ティシアさん! いらっしゃいです。」
「今日はホーンラビット五匹分、お願い。」
「あれ? 今日は昨日より少ないですね。」
ティシアは苦笑した。
「それがね──。」
ティシアは狩りでの出来事を話した。ノアは思わず吹き出す。
「なんだか、かわいいですね。」
「えぇ~。」
ノアはくすっと笑う。
「でも、そうやって頑張ってるティシアさん、私は好きですよ。」
「そう? ならいいけど。」
ティシアはフードを被り、店を出る。
通りへ出ると、視界の端に見覚えのある鎧が映る。
(……いた。今日もついてきてるな。)
ティシアは気づかないふりをして歩き続ける。
案の定――。
「あんた、ちょっと来い。」
騎士はティシアの腕をつかみ、そのまま路地裏へ引っ張る。
ティシアは抵抗しない。
(よし、かかった。)
「あの店は普通じゃない。関われば、ろくな目に遭わないぞ。」
騎士は声を潜める。
「噂じゃあ、あの店に通っていたお前くらいのやつが、ここで切り殺されたらしい。」
「なのに、なぜか大きな騒ぎにはなっていない。」
ティシアは黙って話を聞いていた。
その瞬間。
「──あっ!」
ティシアが声を上げる。
「デルト聖騎士!」
「何っ!?」
騎士が反射的に振り返る。
「誰もいな――」
次の瞬間。
ティシアの拳が騎士の顔面を捉えた。
「ガァッ……何す――」
騎士が起き上がろうとした瞬間。
ティシアは剣を抜き、その切っ先を騎士の首元へ向けた。
「動かないで。」
冷たい声だった。
「次は殴るだけじゃ済まない。」
騎士は息をのむ。
「お前……何者だ。」
ティシアは剣先を動かさない。
「質問するのは僕です。」
「あなたたちは、なぜあの店を狙っている。」
「何が目的なんですか。」
騎士は黙った。
しかし、その表情には恐怖ではなく――焦りが浮かんでいた。
「……お前は、何も知らないんだな。」




