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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第二章『神聖国家アルカディア』
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25.アギアの塔

崩落した洞窟の前。


ヴァレンは静かに洞窟の入り口を見つめていた。


「洞窟内に残る魔力反応を見る限り、ゴブリンキングが存在していたことは間違いありません。」

騎士が報告する。


「なるほど。」

ヴァレンは頷く。


「では、ゴブリンキングの魔石の反応は?」


騎士は持っていた水晶を確認する。

「……ありません。」


「洞窟の崩落によって破壊された可能性は?」


「否定はできません。しかし……。」


騎士は少し迷って続ける。

「ゴブリンキング級の魔石が完全に消えるほどの崩落なら、内部の魔力反応にも大きな変化が出るはずです。」


ヴァレンは黙って洞窟を見る。

「……なるほど。」


「もしくは――」


ヴァレンは後ろにいるアストへ視線を向ける。

「誰かが持ち去った可能性もありますね。」


眼鏡の奥の瞳が、アストを捉える。


────────


「余計なことを知る必要はない。」

その声に、ティシアは動かなかった。


首を斬られた瞬間、本来なら叫び声を上げるはずだった。


しかし――。


(今、起き上がれば……。この力を見られる。)


ティシアは気配を殺す。自分が生きていることを、絶対に悟らせないために。


騎士は怯えながら頭を下げる。

「聖騎士デルト様……申し訳ありません。この者に忠告をしたところ、怪しまれてしまいました。」


デルトは騎士を一瞥する。

「……余計なことをするな。」


騎士の顔が青ざめる。

しかし、デルトはすぐに視線をティシアへ戻した。


「今回のことは水に流そう。ここで騒ぎを起こせば、逆に人が集まる。」


「死体が見つかれば、騎士団も動く。今はそれを望む時ではない。」


デルトは剣を収める。

「離れるぞ。」


デルトと騎士の足音が完全に聞こえなくなった。ティシアはゆっくりと目を開く。


「……っ。」


首を斬られた激痛が全身を駆け巡る。

歯を食いしばりながら、地面に転がった自分の頭へと手を伸ばした。


震える手で頭を抱え、胴体へ押し当てる。

骨が軋み、肉が繋がり、やがて元の姿へ戻っていく。


「はぁ……はぁ……。」

ティシアは大きく息をついた。


「聖騎士が関わるなんて……。」


ノアの笑顔が脳裏に浮かぶ。

「ノアさん……いったい何者なんだ。」


ティシアは自分の血で汚れた服を見下ろし、小さくため息をつく。

(……服、買わないとな。)


────────────


翌朝。


ティシアは魔物を狩るため、城壁の門へ向かった。

そこには、いつも通り門番が立っている。


「おっ、修道女さんじゃないか。」


門番はティシアの姿を見るなり笑った。

「顔を隠してるから最初は分からなかったぞ。ちゃんと修道服を買ったんだな。」


ティシアは肩をすくめる。

「安い服がこれしかなかったんだ。それでも全財産が飛んだけどね。」


門番はティシアの顔を覆うフードをじっと見る。

「でも、なんで顔まで隠してるんだ?」


ニヤリと笑いながら続けた。

「まさか……指名手配でもされてたりしてな?」


ティシアも苦笑する。

「面倒ごとが嫌いなら、聞かない方がいいよ。」


門番は一瞬きょとんとした後、大きく笑った。

「はっ、違いねぇ。俺は面倒ごとだけは御免だからな。」


ティシアは小さく笑うと、北の平原へ向かった。


ホーンラビットを狩り終えた頃には、太陽は西へ傾き始めていた。

城壁をくぐり街へ戻る。


(……さて。次は情報収集だ。)


ティシアは再び、聖人の儀が行われるアギアの塔へ足を向けた。

(聖人の儀まで、あと四日。)


(そろそろ、本格的に動かないと。)

(前は、過激派のせいで情報を得る時間がなかった。)


そう考えながら歩いていた、その時。


突然、腕を掴まれた。


「またっ!?」


ティシアが振り返る間もなく、そのまま強引に引っ張られる。


「ちょ、ちょっと!」


連れて行かれる先は――アギアの塔だった。


ティシアは腕を掴んでいた人物を見る。そこにいたのは、四十代ほどの修道女だった。


「ちょっと!」


修道女は呆れたように眉をひそめる。


「そんなところで油を売ってないで、聖人の儀の準備を手伝ってちょうだい。」


ティシアは目をぱちくりさせる。


「……え?」


「え?じゃないわよ!」


修道女はティシアの腕を引っ張る。


「その修道服を着てるなら、手伝いに来た子でしょ! 今日は聖人の儀の準備で大忙しなの!」


(違うって言えば済む話だけど……いや、内部を見られるなら都合がいいか。)


「分かりました。」


返事をすると、修道女は満足そうに頷いた。

「いい返事ね。それじゃ、これお願い。」


ティシアは掃除道具を手渡される。

「あなたは塔へ続く階段の掃除を担当してちょうだい。」


ティシアは箒を片手に、アギアの塔の階段を上り始めた。

掃除をしながら、周囲の会話へそっと耳を澄ます。


「ねぇ、『神翼の羽(しんよくのはね)』って見たことある?」

若い修道女が隣の年上の修道女へ尋ねる。


「ないわ。私も話で聞いたことしかないけど……。」


「三枚の羽を封じた赤い水晶が先端についている、黄金の杖らしいわ。」


「へぇ……。」


若い修道女は目を輝かせる。

「一度くらい見てみたいなぁ。」


「それは私もよ。」

年上の修道女は苦笑する。

「でも、神翼の羽は塔の最上階に安置されているらしいわ。」


「聖騎士様や聖女様でもなければ、そこまで入れないの。」


「そんなに厳重なんだ……。」


(なるほど、神翼の羽は最上階にあるのか。でも、聖騎士や聖女しか入れない……。)


ティシアはデルト聖騎士のことを思い出す。

(あの男も、最上階まで入れるのか。)


(とりあえず、掃除しながら行けるところまで行こう。)


ティシアは階段を掃きながら、修道女たちの会話へ耳を傾ける。


「今の聖女様って、八年前に聖女になったらしいわね。」


「ええ。私たちと年齢もあまり変わらないのに、本当にすごいわ。」


「そういえば、聖女様っていつも手袋をしてるじゃない?」


「あれはね、手のひらに刻まれた特別な魔法陣を傷つけないためらしいわ。」


「へぇ……だから一年中手袋を外さないんだ。」


(手袋……。)


ティシアの脳裏に、ノアの姿が浮かぶ。


(ノアさんも、ずっと手袋をしていた。)


同時に、裏路地で見た光景も思い出す。

過激派の一人の手のひらに刻まれていた、蛇の印。


(ノアさんの手にも……。)


(あれは聖女の魔法陣なのか。それとも――蛇の印なのか。)

ティシアは無意識に箒を握る手へ力を込めた。


気づけば、塔の中腹まで登っていた。


(あと半分か……。)


ティシアは階段の先を見上げる。

(外から見た時も思ったけど、この塔、高すぎる……。)


その時、上の階から修道女の大きな声が響いた。

「今日はこれで終わりよー!」


「掃除道具を返したら、明後日までお休みだからね!」


(次は聖人の儀の前日か……その時まで待つしかないな。)


ティシアは窓の外へ目を向ける。

いつの間にか太陽は西の空へ沈み、街は夕焼けに染まっていた。


(思ったより時間が経ってたな。)


ティシアは掃除道具を返し、ゆっくりと塔を下りた。


(そうだ。ホーンラビットを売らないと。)


夕暮れの街を歩き、ティシアは魔素材商会アルカへ向かった。

店の前まで来ると、一度立ち止まる。


周囲を見回した。


(デルトは……いない。)


あの聖騎士の姿は、どこにもない。


ティシアは小さく息を吐く。


そして、静かに扉を開いた。


「いらっしゃいませ。」


入口に立っていたノアが、ティシアへ顔を向ける。


その瞬間――


ノアの表情が変わった。


「本日は、どのようなご用件でしょうか。」


落ち着いた声。


丁寧な言葉遣い。


昼間、食卓を囲んでいた時の少女とは、まるで別人だった。

ティシアは思わず足を止める。


(……まただ。)


あの時と同じ。


店の中で男と話していた時に見せた、あの雰囲気。


(この人……やっぱり何か隠してる。)


ノアは微笑む。


しかし、その笑顔には昼間の無邪気さがなかった。


「魔素材の買取でしょうか?」


「……はい。」


ティシアは警戒しながら頷く。


「ホーンラビットの素材を売りたいです。」


「かしこまりました。」


ノアは丁寧に頭を下げる。


そして、何事もなかったかのように店の奥へ歩いていった。

ティシアはその背中を見つめる。


(……ノアさん。)


(あなたは、一体何者なんだ。)

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