22.裏路地での戦い。
ベルン村には、ゴブリンキング討伐の調査のため騎士団が訪れていた。
「ティシア兄ちゃん、元気かなぁ……。」
グレンは退屈そうに空を見上げる。ふと、以前ティシアと交わした約束を思い出した。
(そういえば、『向こうに着いたら連絡してね』って言ったけど……。)
(僕、文字読めないから、手紙が来ても読めないや。)
グレンは少しだけ寂しそうに笑った。
「……ティシア兄ちゃん、ちゃんと元気かな。」
今回のゴブリンキング討伐は、アストが成し遂げたことになっている。
ティシアの存在が少しでも知られれば、騎士団が彼を探し始めるかもしれない。
そのためアストは、すべて自分一人で倒したと報告していた。
今もアストは騎士団を連れ、ゴブリンキングの巣の調査へ向かっている。
(お父さんは、「対応次第で四日くらいなら時間を稼げる」って言ってた。)
(大丈夫かなぁ……)
────────────
ティシアはアギアの塔から離れ、街の裏路地へ逃げ込んでいた。
(こいつら、結構しつこい……!)
ティシアは走りながら、追ってくる四人を観察する。
曲がり角を抜けた瞬間、矢が頬を掠めた。
「……先回りされた。」
ティシアは足を止めずに走る。
後ろから聞こえる足音は一つ。
長剣を持った男だ。
その距離は縮まらない。
だが、離れもしない。
――そして、もう一人。
タッ、タッ、タッ――。
足音が異様に速い。
(短剣の奴……身体強化魔法を使ってる。)
一瞬だけ振り返る。
男の身体が、路地の向こうから一気に迫ってくる。
(速い……。)
(ゴブリンキングと同じくらい……いや、それ以上かもしれない。)
ティシアは前へ向き直る。
(残りの二人は……。)
弓を持った男。
そして、武器を持たない女。
(あの女は、まだ何もしてこない。)
(……だからこそ、一番怖い。)
そのときだった。
背後から、短剣使いの低い声が聞こえた。
「――――。」
ティシアは走りながら、わずかに目を細めた。
(詠唱だ。さっきと同じ身体強化魔法か。)
(この通路は狭い。左右へ大きく回り込むことはできない。)
(なら、狙ってくる場所は一つだけ──。)
詠唱が終わる。
次の瞬間、短剣使いの姿が視界から消えた。
(来る!)
ティシアは迷わず右手を突き出す。
鋭い短剣が、その手のひらを貫いた。
「残念……でした。」
短剣はティシアの手に深く突き刺さり、そのまま動きを止める。
痛みを噛み殺しながら、ティシアは短剣使いの腕を掴む。
「……っ!」
そのまま力任せに身体を投げ飛ばした。
短剣使いは壁に叩きつけられ、そのまま意識を失う。
(この調子で――)
その瞬間だった。
フードの女が詠唱を始める。
(詠唱……!)
ティシアは距離を取ろうとするが、狭い通路では大きく避ける場所がない。
(火球程度なら、防げる。)
ティシアは剣を抜き、構える。
やがて、女の詠唱が終わる。
しかし、女はすぐには魔法を放たなかった。
ゆっくりと息を吸う。
(……? 何をする気だ。)
次の瞬間。
女の口から放たれた声が、魔法によって何倍にも膨れ上がる。
「――っ!」
轟音。
空気そのものが震え、ティシアの身体を襲う。
(音……!?)
(しまった……!)
次の瞬間、周囲の壁に亀裂が走る。
轟音が狭い通路の中で何度も反響し、逃げ場なくティシアへ襲いかかる。
(この狭い通路じゃ……音が逃げない!)
耳の奥で何かが弾けるような感覚がした。
「……っ!」
鼓膜が破れる。
音は聞こえなくなったはずなのに、身体の内側まで響く衝撃だけが残っている。
視界が揺れる。
吐き気が込み上げ、足元がおぼつかなくなる。
(立て……!まだ……動ける……!)
ティシアは剣を支えにして立ち上がろうとする。
しかし、身体は言うことを聞かない。意識が、少しずつ遠のいていく。
(……動けない。このままじゃ、また誰かが傷つく。)
ティシアの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。
砕けた頭。
血に染まった身体。
自分を見つめるグレンの怯えた瞳。
(……嫌だ。)
(もう、あんな姿にはなりたくない。)
拳を握る。
だが、身体は動かない。
(……でも。)
(ここで負けたら、また守れない。)
ティシアはゆっくりと目を閉じる。
(なら……。)
(もう一度だけ。)
(僕は化け物になる。)
ティシアは残った力を振り絞り、震える手で剣を握る。
そして――
自分の頭へ刃を向けた。
(もう一度、頭を潰せば……。)
(あの時みたいに、身体は動く。)
(勝てる。)
そう思った瞬間だった。
「……?」
追撃が来ない。
ティシアは霞む視界の中で、フードの者たちを見る。
先ほどまで自分を追い詰めていた四人が、なぜか後退していた。
「……チッ。」
魔法使いが舌打ちする。
「騎士団が来た。」
「もうそんなに近くまで……?」
弓を持った男が路地の奥へ目を向ける。
遠くから、複数の足音が響いてくる。
「急げ。ここに長居する理由はない。」
フードの女がそう言うと、四人は一斉に路地の奥へと走り去っていった。
(……騎士団……?)
ティシアは何とか顔を上げる。
しかし、もう追う力は残っていなかった。
「……助け……?」
声にならない呟きを漏らしたところで、意識が途切れる。
────────
「────ハッ」
ティシアが目を覚ます。
見知らぬ天井。
身体を起こそうとするが、全身に力が入らない。
「よぉ、起きたか。」
聞き覚えのある声。
横を見ると、そこにはあの門番が腕を組んで立っていた。
「……ここは、どこですか?」
「ここは俺の休憩室だ。」
門番はため息をつく。
「まったく……。見に行ってみれば、騎士団はいるわ、倒れてるお前はいるわで驚いたぞ。」
「でっかい音が響いてな。何事かと思って向かったら、先に騎士団が来てた。」
「その後、お前をここまで運んだってわけだ。」
「……なんで僕……私をここまで運んでくれたんですか。」
「騎士団に任せればよかったじゃないですか。」
ティシアが尋ねると、門番は顎に手を当て少し考えるような仕草をする。
「んー……。」
そして、わざと軽い口調で言った。
「お前、呪われてるだろ?」
「……!」
ティシアの身体が強張る。
「騎士団にその呪いが解けないって知られたら、最悪の場合――」
門番は少し間を置く。
「身体ごと燃やされるかもしれないぞ。」
「……。」
ティシアの顔から血の気が引く。
「……まあ、半分は脅しだけどな。」
門番は苦笑する。
「俺、あの後調べたんだよ。精霊について。」
「そしたら、一つだけ分かった。」
「精霊が嘘をつく条件がな。」
ティシアが息をのむ。
「それは……。」
門番は少し口元を緩めた。
「言ってやんねー。俺の休憩時間を潰した罰だと思え。」
「え……。」
ティシアは肩を落とす。
「ただ、ヒントくらいはやる。」
門番は窓の外を見る。
「俺は神を信じてる。」
ティシアと門番の間に、短い沈黙が流れる。
ティシアは何かを聞こうとした。
しかし、門番はそれ以上何も言わなかった。
「……さあ。」
門番は立ち上がりティシアの背中を軽くたたく。
「もう動けるだろ。」
「これ以上面倒ごとに巻き込まれるのは御免なんだ。」
ティシアは少し笑う。
「ありがとうございます。」
「またよろしくお願いします、門番さん。」
ティシアが部屋を出ようとすると、背後から声が飛んできた。
「じゃあな、修道女さん♪」
「……もうわかってるでしょ。」
ティシアは小さく呟きながら歩き出した。




