21.過激派
ティシアは店を出ると、次に酒場へ向かった。
酒場には旅人や、魔物狩りを生業とする冒険者たちが集まる。
そのため、魔物の生息情報や各国の情勢など、さまざまな情報が自然と集まってくる場所でもあった。
(神翼の羽のことも調べたい。)
(それに……今、僕がどんな状況に置かれているのかも知っておきたい。)
ティシアは酒場の扉を開けた。
店内は旅人や冒険者たちで賑わい、あちこちから笑い声や酒を酌み交わす音が聞こえてくる。
ティシアはなるべく顔を見られないよう、店の隅の席へ静かに腰を下ろした。
十六歳という年齢では酒場に入るのは少し不自然だったが、幸いティシアは年齢より大人びた顔立ちをしている。
そのため、周囲から怪しまれることはなかった。
ティシアは温かいスープを頼みながら、周囲の会話に耳を傾ける。
「第二王子のティシア・バシレウスの遺体、まだ見つかってないらしいぞ。」
「二か月くらい前の話だよな。」
「騎士団が各地を探し回ってるって聞いたぜ。」
「最近じゃ、遺体の手がかりを見つけた者には報奨金が出るらしい。」
(死んだことにはなっている。でも、まだ探し続けているんだ。)
(あのままベルン村にいたら、きっと村のみんなまで巻き込んでいた。)
ティシアは別の方へ耳を澄ます。
「もうすぐで、聖人の儀だな。」
「ああ。アルジャ様への祈りと、アルジャ様が降り立った地ウラノス王国へ感謝を捧げる儀式だ。」
「今年は聖女様も神翼の羽を身につけて祈るらしいぞ。」
「毎年見物客でいっぱいになるからな。」
「だが、過激派がまた騒ぎを起こさなきゃいいが……。」
「連中は『アルジャ様が降り立ったのはアルカディアだ』って本気で信じてるからな。」
「去年は比較的大人しかったが、二十年前は聖女が命を落とす事件にまで発展した。」
「今年は騎士団も例年以上に警戒してるらしい。」
(過激派か……これ以上、有力な情報はなさそうだ。)
ティシアは酒場を後にした。
代金として銀貨一枚を差し出すと、店員から銅貨九十枚が返ってくる。
じゃらり、と懐が重くなった。
(……やっぱり、大きめのカバンを買ったほうがよさそうだ。)
その後、ティシアは近くの宿屋へ向かった。
夕食付きの部屋を借り、ティシアは久しぶりに温かい食事をゆっくりと味わった。
────────
翌朝。
ティシアは目を覚ますと、今日やるべきことを頭の中で整理する。
(情報収集も大事だけど……まずは、お金だ。)
(聖人の儀まで、あと一週間。宿代が一泊銅貨五十枚。食事代や生活費も考えると……。)
ティシアは昨夜受け取った銅貨を取り出し、一枚ずつ数え始めた。
(このままじゃ、あまり余裕はないな。)
ティシアは宿屋の主人に魔物の情報を聞いてみる。すると、北の平原にホーンラビット(角うさぎ)が生息していることを聞いた。
ティシアは北の平原へ向かう、城壁の出口であの時の門番に会った。
「あの時の奴じゃないか。呪いは解いてもらったのか? それに修道士の服はどうした。」
「そ、それが……教会でも解けないほど強い呪いらしくて。」
ティシアは気まずそうに目をそらす。
「服は……お金がなくて、まだ買えてません。」
門番は大きくため息をついて頭を掻く。
「……ったく。正午までは俺が門番だ。それまでに戻ってこい。」
「次の当番に代わったら、俺でもどうにもできねぇぞ。」
「ありがとうございます。」
ティシアは門番に頭を下げると、足早に北の平原へ向かった。
ほどなくして、草原の中で草を食むホーンラビットを二匹見つける。
ティシアは静かに剣へ手を添えた。
(あの時は、運が良かっただけだ。)
ゴブリンキングとの死闘が脳裏によみがえる。
(相手の知能がもっと高かったら。)
(もっと冷静に戦っていたら。)
(僕はきっと、何度も殺され続けていた。)
(だからこそ、強くならないと。不死身でも、勝てるわけじゃない。)
その瞬間、ホーンラビットがティシアへ向かって突進した。
単調な一直線の突進。
ティシアは冷静に一歩身をかわし、すれ違いざまに剣を振るう。
一閃
ホーンラビットの首が宙を舞い、地面へ転がった。
仲間が倒されたのを見たもう一匹が、怒りに任せて突進してくる。
ティシアは慌てることなく、剣先をその進路へ向けた。
勢いよく突っ込んできたホーンラビットは急には止まれず、そのまま剣に深く突き刺さる。
ズンッ。
柄を握る手に、硬い感触が伝わってくる。
その直後――
ドクン、ドクン。
剣を通して、ホーンラビットの鼓動が伝わってきた。
ティシアは無言で剣を握り続ける。
やがて、その鼓動がゆっくりと弱くなっていく。
ドクン……。
最後の鼓動が消えた。
ホーンラビットは力なく地面へ崩れ落ちた。
「……あと十匹くらい倒そう。」
そうしてティシアはホーンラビットを狩り続け、素材を回収すると再び魔素材商会アルカへ向かった。
しかし、店の扉は閉まっており、中にも人の気配はない。
入口の扉には、小さな張り紙が貼られていた。
『ただいま外出しております。ご迷惑をおかけいたしますが、しばらくお待ちください。』
(外出中か……また夕方に来よう。)
ティシアは情報を集めるため、聖人の儀が行われるアギアの塔へ向かった。
塔の周囲はすでに多くの人で賑わっている。
ティシアが塔の周囲を歩いていると、あちこちから聖人の儀について話す声が聞こえてきた。
「今年も、塔の頂から祝福の光が放たれるんだってよ。」
「聖女様が神翼の羽を掲げるんだろ?」
「そうそう。あの光を浴びると、心が癒やされるって話だ。」
ティシアは足を止め、塔を見上げる。
(塔の頂から……。)
「それだけじゃないらしいぞ。」
近くにいた男が、連れの男へ声を潜める。
「ごくまれに、十歳以下の子供が神翼の羽に選ばれることがあるんだと。」
「選ばれた子供は、新しい聖女になるんだろ?」
「ああ。」
ティシアは周囲を見渡す。
広場には、小さな子供を連れた家族の姿も多い。
誰もが、塔の頂を見上げていた。
(……聖女を選ぶ儀式でもあるのか。)
ティシアも塔を見上げていた、その時だった。
「誰か助けて!」
突然、悲鳴が広場に響き渡る。
声のする方へ目を向けると、四人ほどのフード姿の者たちが店へ押し入り、商品を次々と壊していた。
周囲へ聞かせるように声を張り上げる。
「アルジャ様が最初に降り立った地は、このアルカディアだ!決して、ウラノス王国ではない!」
「そして、この店はウラノス王国と交易を続けていた! それはアルジャ様への反逆行為だ!」
店主は震えながら首を横に振る。
「違う! 私たちは、ただ商売を――」
「黙れ!」
フードの女は怒声とともに残る三人が一斉に剣を抜いた。
その瞬間――
ティシアの視線が、一人の女の手のひらに止まる。
そこには、蛇を象った紋章が刻まれていた。
「……!」
ティシアは目を見開く。
八日前、ベルン村でアストから聞いた話が脳裏によみがえった。
――「そいつらは腕に蛇の印を刻んでいた。」
――「ただ金を奪うだけじゃない。人を傷つけることを楽しむような奴らだった。」
ティシアに怒りが込み上げる。
(あいつらが……リナさんを。)
ティシアは、ゆっくりと息を吸った。
怒りで胸の奥が熱い。
それでも、声を震わせてはいけない。
(こいつらの狙いは、店主だ。)
(なら――自分に向けさせればいい。)
ティシアは一歩、前へ出た。
そして、広場中に響く声で叫ぶ。
「アルジャなんて、ただの貧乏神だ!」
一瞬、広場から音が消えた。
フードの者たちが、一斉にティシアへ振り向く。
「……今、何と言った?」
ティシアは口角をわずかに上げる。
「聞こえなかったのか?」
「アルジャなんて、ただのでくの坊だ!」
「役立たずの神をありがたがってるなんて、笑わせる!」
怒りに震える視線が、ティシアへ集中する。
(……これでいい。)
ティシアは剣へ手を伸ばす。
フードの男が剣をティシアに向ける。
「……もう我慢ならん。」
「そのガキを殺せ!」
「アルジャ様の名誉を汚した罪、その命で償わせろ!」




