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不死身の王子 ~死を拒まれた少年の旅路~  作者: ミミ
第一章 『孤独な王子の再生』
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17.ただいま

意識がゆっくりと浮かび上がる。


(……ここは)


瞼は重く、視界はぼやけていた。身体が一定のリズムで揺れている。

(揺れてる……?)


背中には硬い何かが当たっている。鼻をくすぐるのは、土と血の混じったような臭いだった。


誰かに運ばれているのか。ティシアはゆっくりと目を開く。ぼやけた視界の先に、大きな人影が見えた。

目を凝らすと、その顔が少しずつはっきりしてくる。


「……目が覚めたか、ティシア」


低く落ち着いた声。その声には聞き覚えがあった。


「……アストさん?」


「そうだ。」


アストはほっとしたように笑う。


「お前、一日眠ってたんだぞ。」


「……ゴブリンキングはどうなりましたか。」


「安心しろ。お前が倒した。後で魔石見せてやるよ。」


ティシアは静かに目を閉じる。


「……じゃあ、大丈夫です。もう降ろしてください。」


アストは黙ってしゃがみ、ティシアを地面へ降ろした。ティシアはふらつきながらも立ち上がる。

そのままベルン村とは反対の方向へ歩き出した。


「おい、どこへ行く。」


返事はない。

アストは歩み寄り、ティシアの肩を掴む。


「放してください。」


ティシアは振り返らない。


「僕は……化け物なんですよ。何度も死んで、何度も生き返る。

  そんな奴が村に戻れば、みんなを怖がらせるだけです……」


アストはティシアの肩をさらに強く掴む。


「違う。俺が見たのは化け物じゃない。

 村を守るために、何度倒れても立ち上がった、一人の人間だ。」


ティシアは俯いたまま答えない。


「グレンがお前を怖がったのも無理はない。あいつはまだ子どもだ。」


「頭を砕かれても立ち上がる姿を見て、恐怖しない方がおかしい。」


ティシアは何か言おうとした。

けれど、喉の奥で言葉が詰まる。握った拳に、爪が食い込んだ。


「……でもな。」


アストの声は力強かった。


「恐怖したことと、お前を嫌いになったことは違う。村のみんなも同じだ。

    お前が命を懸けて守ってくれたことを、忘れるような奴はいない。」


ティシアはゆっくりと振り返った。

「一度だけ……一度だけ戻ります。

 そこで、もし誰か一人でも僕のことを嫌うのでしたら……。」


「僕は、すぐにここを去ります。」


アストは何も言わず、しゃがみ込む。

「ほら、乗れ。」

「でも……。」

「まだまともに歩けねぇだろ。」


ティシアは少し迷った末、静かにアストの背中へ身を預けた。

アストは立ち上がり、ゆっくりとベルン村へ歩き始める。


しばらく沈黙が続く。やがてティシアが口を開いた。


「そういえば、アストさんはどうやってここまで?」


「まだ怪我も治っていないはずなのに。」


アストは苦笑した。


「お前の血の匂いを追ってきたんだ。ゴブリンどもは、お前の匂いを恐れて近寄らなかったから、洞窟まではすぐにたどり着けた。


その時、洞窟の奥から大きな叫び声が聞こえてきてな。急いで駆けつけたら、お前が倒れていた。


……見た時は、本当に焦ったよ。


頭しか残ってなかったんだから。」


ティシアは目を見開く。


「……どうして、そこまで。」


アストは少しだけ笑った。


「決まってる。」


「お前は、俺たちベルン村の恩人だからだ。」


気づけば、東の空が白み始めていた。朝日が昇る頃、二人はベルン村の門へとたどり着く。


壊されていた門は、新しい木材で修復されていた。

アストは門を見上げ、小さく笑う。


「お前を迎えるために、みんな必死で直したんだ。」


アストは村の入口に立つ門へ近づき、力強く叩く。


「今戻ったぞー! アストだ! 門を開けてくれ!」


門がゆっくりと開き始める。その音を聞いた瞬間、ティシアの胸が締めつけられた。


(……あの日と、同じだ。)


初めてベルン村を訪れた日。あの日もアストは、この門まで連れてきてくれた。


(……あの時は、みんな笑って迎えてくれた。)


(でも今は……。)


門がゆっくりと開く。


ティシアは思わず息をのんだ。そこには、ベルン村の人々が並んでいた。


誰も逃げない。誰も怯えていない。


そして――


「おかえり、ティシア!」


村中に温かい声が響く。

人混みをかき分けるように、一人の少年が飛び出してきた。


「ティシア兄ちゃん!」


グレンだった。ティシアの前まで来ると、深く頭を下げる。


「……あの時は、ごめん。」


「怖くなって……手を払っちゃった。」


グレンは俯いたまま、小さく震える声で続ける。


「頭が……砕けても立ち上がって。」


「血だらけなのに、何もなかったみたいに僕の方へ歩いてきて。」


「ティシア兄ちゃんが……ティシア兄ちゃんじゃなくなったような気がしたんだ。」

グレンは顔を上げる。


涙で目を赤くしながら、グレンはティシアにもう一度頭を下げる。

「ティシア兄ちゃんは、僕たちを守ってくれたんだよね。本当に、ごめんなさい。」


それに続くように、村人たちも頭を下げる。


一人の村人が、ゆっくりと口を開いた。

「……正直に言えば、怖かった。」


ティシアの身体がわずかに強張る。


「お前が頭を砕かれても立ち上がった姿を見た時……俺も、お前を恐ろしいと思った。」


ティシアは俯く。

「……そう、ですよね。」


「でもな。」


村人は顔を上げる。


「それ以上に、俺たちを守ってくれたことの方を覚えてる。」


「すまなかった。」


「ありがとう、ティシア。」

「お前が命を懸けて守ってくれた。」


「俺たちは、そのことを忘れない。」


その言葉のあと、しばらく誰も口を開かなかった。


ティシアはゆっくりとグレンへ歩み寄る。グレンの身体がわずかに強張る。

しかし、ティシアは何も言わず、そっと手を伸ばした。

その手は、優しくグレンの頭を撫でる。


「……ごめんね。」


ティシアは小さく笑う。


「明日、一緒に遊ぶって約束したのに。守れなかった。」


「ごめんね。」


グレンの目から大粒の涙があふれた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


何度も謝りながら、グレンはティシアに抱きつく。ティシアは一瞬驚いたように目を見開く。

そして、震える腕でそっとグレンを抱きしめ返した。


張りつめていた心が、ゆっくりとほどけていく。


もう、何も言葉は出なかった。

ただ、グレンを抱きしめたまま、その場から動けなかった。

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