16.決着
ティシアは、自らの身体に松明の火を押し当てた。
炎は衣服を焼き、皮膚を焦がし、瞬く間に全身を包み込む。
「ぐっ……ぁぁ……!」
焼ける痛みに歯を食いしばる。
瞼までも炎に呑まれ、視界は赤黒い闇へと変わった。
何も見えない。
「コイツ……イカレテル。バケモノダ!」
ゴブリンキングの叫びだけが耳に届く。
(声を……頼りに)
ティシアは駆け出した。
一歩踏み出すたび、焼けた肉が剥がれ落ちる。
再生よりも焼ける速度の方が速い。
腕は炭となり始め、足の感覚も薄れていく。
(いつ動けなくなるか分からない……早く)
「来ルナ! バケモノ!」
ゴブリンキングは初めて背を向け、逃げ出した。
その声が遠ざかっていく。
(逃がす……ものか!)
ティシアは、焼け崩れかけた右腕を左手で掴んだ。
力を込める。
「がああぁぁぁぁ!」
肉が裂ける。
骨が軋む。
右腕を引きちぎり、その声のする方へ投げつけた。
ドサッ。
「ッ!」
鈍い音とともに、ゴブリンキングの動きが止まる。
その一瞬を、ティシアは逃さなかった。
声のする方へ飛び込み、燃え盛る身体のままゴブリンキングにしがみつく。
「離レロ!」
ゴブリンキングは暴れる。
ティシアを引き剥がそうと、壁へ叩きつける。
何度も。
何度も。
しかし、ティシアは離さない。
炎がゴブリンキングの身体へ燃え移る。
「グアァァァァ!」
ゴブリンキングは火を払おうと地面を転げ回る。
拳を壁へ叩きつける。
轟音とともに岩壁が崩れ落ちる。
洞窟全体が激しく揺れ始めた。
「アアァァァァァァ!!」
獣とも人ともつかない絶叫が洞窟中に響き渡る。
ティシアは力尽き、その身体から静かに滑り落ちた。
意識は遠のき、全身は焼け崩れていく。
それでも、ゴブリンキングから目を離さなかった。
やがて、絶叫は止んだ。
炎に包まれた巨体が、ゆっくりと膝をつく。
「……ナゼダ」
かすれた声が漏れる。
「弱キ……者ガ……」
最後まで理解できなかった。
なぜ、死を恐れるはずの人間が、自ら炎へ飛び込んだのか。
ゴブリンキングは、そのまま前のめりに倒れた。
二度と動くことはなかった。
その直後。
暴れた影響で、洞窟が崩れ始める。
ティシアは徐々に原形を失っていく。
洞窟から逃げ出す力は、もう残っていない。
炎を消す術もなかった。
(熱い……)
(熱い……熱い……熱い……)
(この痛みが……ずっと続くのか、僕は……ここで終わりなのか)
意識が薄れていく。
その時だった。
「ティシア王子! 起きてください!」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り向くと、本を抱えたエルミ先生が困ったように笑っている。
『意味もないのに夜更かししてまで勉強するなんて』
『意味はあるよ』
『お母様みたいに、たくさんの人を幸せにできる人になりたいからね』
景色が溶ける。
今度はベルン村。
子どもたちの笑い声。
村人たちの優しい笑顔。
「手伝ってくれてありがとう、ティシア。野菜あげるわ」
「また遊びに来てくれ」
その声も、ゆっくりと遠ざかっていく。
最後に浮かんだのは――
母、ノミアだった。
優しく微笑みながら、幼い自分の頭を撫でてくれる。
『ティシア』
『あなたは、誰よりも優しい子よ』
「生きなさい」




