14.ゴブリンキング(2)
一匹のゴブリンが座っていた。他のゴブリンとは明らかに違う。
鍛え上げられた巨体。
鋭い眼光。
そして――
王としての威圧感。
ゴブリンキング。
ティシアが足を踏み入れた瞬間、ゴブリンキングの目が開く。
「ヨク来タナ……ニンゲン」
低く、響く声。
ティシアは警戒しながら槍を構える。
(……喋るのか)
目の前の存在は、今まで戦ってきたゴブリンとは違った。
ただの魔物ではない。明確な知性を持っている。
ゴブリンキングはゆっくりと玉座から立ち上がる。
その姿だけで、空気が変わった。
ティシアは理解する。
目の前の存在は、今まで戦ってきた魔物とは別格だ。
ゴブリンキング
それは歴史上、約300年に一度だけ誕生すると言われるゴブリンの頂点。
通常のゴブリンとは比べものにならない力を持ち、その強さは熟練した騎士三人がかりで、ようやく討ち取れるほどだという。
しかし――
今のティシアには、騎士の数もなければ、十分な力もない。
あるのは、一本の骨の槍と。
死ぬことのできない身体だけだった。
それでも、ティシアは槍を下ろさなかった。
ティシアは子を守るゴブリンの存在を思い出す。
目の前の存在は、ただの獣ではない。言葉を理解し、考える力を持っている。
ならば――
「お前らは……なぜ人を殺す」
ティシアはゴブリンキングを睨む。
「その知能があるならば、話し合うこともできたはずだ。なぜ、殺し合う道を選ぶ」
怒りではなく、悲しみの混じった声だった。
ゴブリンキングはティシアを見下ろした。
そして、低い声で答える。
「ワレワレ……殺ス、ソレガ……ホンノウ、弱キ者……生キ残レナイ、弱イヤツハ……死ヌダケダ」
ティシアは眉をひそめる。
「……それが、お前たちの答えなのか」
ゴブリンキングは笑う。
「ニンゲン……オカシイ。
強キ者ガ弱キ者ヲ守ル?
弱キ者ハ……強クナレナイ、ナラバ、滅ビル、貴様モ」
鋭い眼光がティシアを捉える。
次の瞬間。
ゴブリンキングの巨体が消えた。
――いや
速すぎて、そう見えただけだった。
(速い……!)
火球の速度とは違う。
あれは、肉体そのものの速さ。
ティシアは迫る巨体に向かって槍を構える。
狙うは心臓。
「――!」
全身の力を込め、槍を突き出す。
しかし――
ゴブリンキングの胸に触れた瞬間。
バキッ。
乾いた音が響いた。
ティシアの手に残ったのは、折れた柄だけ。
骨で作られた槍は、ゴブリンキングの肉体を傷つけることすらできず、粉々に砕け散った。
ゴブリンキングは無傷。
まるで何もされていないかのように立っている。
「モット本気デコイ……ニンゲン」
ゴブリンキングは拳を引いた。
次の瞬間。
空気が震えた。大きな拳が、ティシアへ向かって振り下ろされる。
(速い……!)
ティシアは咄嗟に身体を横へ投げ出した。
間一髪。拳はティシアのいた場所を叩き潰す。
ドゴォォン!!
地面が砕け、亀裂が走る。砂埃が舞う。
ティシアは息を呑んだ。
(……あんなもの)
(まともに受ければ……死ぬ)
そう判断した瞬間。
「――!」
ゴブリンキングの巨体が動く。拳だけではない。
次は蹴り。
「しまっ……!」
反応したが、遅い。
視界に映った時には、もう避けられる距離ではなかった。
次の瞬間。
凄まじい衝撃がティシアを襲う。
「ぐっ……!」
身体が宙を舞う。そのまま壁へ叩きつけられた。
岩壁が砕ける。
衝撃で肺から空気が抜け、ティシアの口から血が溢れた。
「……っ」
視界が揺れる。身体中が悲鳴を上げていた。ティシアは震える手を持ち上げる。
左手。
ゴブリンキングの蹴りを受けた瞬間。ティシアは咄嗟に両手を重ね、防御した。
その左手は――
「……動く」
ゆっくりと指を握る。痛みはある。骨が軋むような感覚も残っている。
だが、まだ使える。
ティシアは反対側の腕を見る。
「……右手は」
力を込めようとする。
しかし、指先は僅かに震えるだけだった。
「……折れているか」
ティシアは歯を食いしばる。
ゴブリンキングを見る。普通なら、
あの一撃で戦闘不能になっていた。立ち上がることすらできなかったはずだ。
それなのに――
自分の身体は、まだ動いている。
(……これが)
(サーナトスの呪いの力なのか)




