13.ゴブリンキング(1)
洞窟の奥へ進む。
湿った空気。
足音だけが暗闇の中に響いていた。
やがて、巨大な石の門が姿を現す。
その前に――一匹のゴブリンが立っていた。
「キシャ……シャシャ」
ゴブリンは不気味な笑みを浮かべ、片手を前へ突き出す。
何かを呟いた瞬間。
何もなかった場所から炎の球が生まれる。
(……魔法使いか)
ティシアが警戒した瞬間。
火球が放たれた。
空気を焼き裂きながら、一直線に迫ってくる。
(避けられない……!)
ティシアは咄嗟に棍棒を構えた。
衝撃。
炎が爆ぜる。
「ぐっ……!」
防ぎきったものの、炎は消えなかった。
棍棒へと燃え移り、徐々に赤く染まっていく。
ティシアは迷わず、それをゴブリンへ投げつけた。
しかし――
「キシャシャ」
ゴブリンが手を振る。
炎をまとった棍棒は空中で崩れ、灰となって消えた。
(魔力で防御したのか……)
考える暇もない。
ゴブリンは再び詠唱を始める。
「キ……シャ……」
ティシアは走った。
距離を詰めなければ勝てない。
だが――
「シャァ!」
詠唱が終わる。
二発目の火球が放たれた。
(さっきより……遅い?)
ティシアは身体を横へ滑らせる。
炎が頬をかすめる。
避けた。
そう思った瞬間。
ゴブリンが笑った。
「……?」
背中に衝撃。
次の瞬間、焼けるような激痛が走った。
「ぐぁ……!」
火球が背中に直撃していた。
(……曲がった?)
倒れそうになる身体を、ティシアは無理やり支える。
焼けた肉の臭い。
皮膚がただれる感覚。
普通なら戦える傷ではない。
しかし――
(魔力で……軌道を変えたのか)
理解した瞬間、ティシアは動いた。
痛みに構っている暇はない。
燃えた服を脱ぎ捨てる。
ゴブリンは勝利を確信したように笑う。
「キシャシャシャ!」
だが。
その笑いは、すぐに消えた。
ティシアが目の前にいたからだ。
「……捕まえた」
拳が振り抜かれる。
鈍い音。
ゴブリンの身体が壁まで吹き飛んだ。
それでもティシアは止まらない。
倒れたゴブリンへ近づき、その首を掴む。
「……悪いな」
力を込める。
しばらくして――
ゴブリンの抵抗が消えた。
ティシアは静かに手を離す。
自分の身体を見る。
焼けただれた背中の傷は、激しい痛みを伴いながら少しずつ塞がっていく。
皮膚が戻り、肉が再生していく。
しかし、完全に治るまでには時間がかかる。
もし――
(もし、あのまま燃え続けていたら……)
ティシアの表情が僅かに曇る。
自分は死ぬことができたのか。
それとも――
死ぬことすら許されず、永遠に焼かれ続けていたのか。
「……」
考えながら、ティシアはゴブリンの持っていた武器を見る。
鋭く削られた骨の槍。
簡素な作りだが、洞窟の奥へ進むには十分だった。
槍を手に取る。
そして――
巨大な門へ向き直る。
「この先に……おそらくゴブリンキングがいる」
ティシアは槍を握り直す。
一度、深く息を吐いた。
そして――
巨大な門へ手をかける。
ゆっくりと押し開けた。
ギィィィ……。
閉ざされていた扉が、不気味な音を響かせながら開いていく。
その先には、広大な空間が広がっていた。
壁際には、一定の間隔で松明が並べられている。
ただの魔物の住処とは思えないほど、整えられた空間。
その中央。
最奥に置かれた巨大な石の玉座。
そこに――
一匹のゴブリンが座っていた。




