12.家族
「グレン、大丈夫?」
ティシアは安心させようと、いつものように手を差し伸べる。
しかし――。
「ひっ……!」
グレンは反射的にその手を払いのけ、後ずさった。
涙を浮かべながら体を震えさせる。
周囲から声が聞こえる。
「死んでいたはずなのに……。」
「頭が砕けても動いてたぞ。」
「あれは人間じゃない……。」
「化け物だ。」
村人たちの声が耳に刺さる。
ティシアは何も言い返せなかった。
差し伸べた手を見つめ、ゆっくりと握り締める。
(……そうか。)
(今の僕は、みんなから見れば化け物なんだ。)
ティシアは斧を握ると、門の外へ駆け出した。
「ティシア、待て!」
アストが叫ぶ。
「待ってくれティシア!」
しかし、ティシアは振り返らなかった。
森へと消えていく背中を、アストは追うことができない。
失った片腕と全身の傷が、その足を止めていた。
森へ入ったティシアは、村のことを考えるのをやめた。
(あれだけの数のゴブリンが村を襲った……。)
(おそらく、それらを率いる存在――ゴブリンキングが生まれたんだ。)
ゴブリンのことを考えなければ、心が壊れてしまいそうだった。
ティシアは森を歩き続ける。
視界に入ったゴブリンを、ただ斬る。
一匹。
また一匹。
ゴブリンの棍棒が身体を砕き、牙が肉を裂く。
それでも倒れた身体は再び動き出し、傷はゆっくりと塞がっていく。
ティシアは何も考えず、ただ斧を振るい続けた。
怒りを忘れるために。
悲しみから目を逸らすために。
そして、自分が化け物であるという現実を受け入れるように。
そんな戦いを繰り返すうちに、ティシアは自分の身体についていくつかのことを理解した。
一つ目。
浅い切り傷なら、一秒ほどで塞がる。
臓器に達しない深い傷でも、およそ三分。
腕や脚を失うほどの傷でも、およそ五分あれば元通りになる。
二つ目。
切り落とされた腕や脚も、すぐに元の位置へ戻せば一秒ほどで完全に繋がる。
三つ目。
頭部と心臓。
この二つを同時に破壊された時だけは別だった。
再生は極端に遅くなり、およそ一日は身体を動かすことすらできなくなる。
……それが、この呪われた身体の限界だった。
気づけば、ティシアは森の奥深くまで足を踏み入れていた。
目の前には、大きな洞窟が口を開けている。
(この辺りからゴブリンが現れている……。)
(おそらく、この奥にゴブリンキングがいる。)
ティシアは刃こぼれし、ひびの入った斧を静かに地面へ置く。
「……ここまでか。」
代わりに、道中で倒したゴブリンが落としていた棍棒を拾い上げる。
握り心地は最悪だった。
それでも構わない。
ティシアは何の迷いもなく、闇に包まれた洞窟へ足を踏み入れた。
洞窟の奥には、これまで相手にしてきたゴブリンとは明らかに異なる個体が待ち構えていた。
弓を構える者。
研ぎ澄ました骨を槍として操る者。
仲間と連携し、獲物を追い詰める者。
ゴブリンキングの影響を受けたのか、その知能は通常のゴブリンとは比べものにならない。
放たれた矢は急所を狙い、骨の槍は正確に心臓や喉元へと突き出される。
「……っ!」
激痛が全身を駆け巡る。
それでもティシアは怯まない。
棍棒を振り抜き、一匹を叩き潰す。
矢が肩を貫いても。
槍が腹を貫いても。
ティシアは痛みに耐えながら、ただ前へ進み続けた。
洞窟の奥へ進むにつれ、いくつもの分かれ道が現れる。
食糧を蓄えた部屋。
武器を積み上げた部屋。
そのたびにティシアは現れたゴブリンを、一匹残らず倒していった。
そして、一つの部屋の前で足を止める。
(……ここは。)
中には、小さなゴブリンたちが身を寄せ合っていた。
まだ武器すら持てない幼体。
その前には、一匹のゴブリンが立ちはだかる。
棍棒を構えながら、幼体たちを庇うように立ちはだかる。
その目は恐怖に濁りながらも、どこかで覚悟を決めていた。
その姿を見たティシアは、小さく呟いた。
「……子を守る心があるのに。」
「どうして、あんなことができるんだ……。」
ティシアは静かに棍棒を振り上げた。
目の前のゴブリンは逃げようとしない。
ただ、幼体たちを背中に隠し、必死に庇っている。
振り下ろせば終わる。
……それなのに。
ティシアの腕は動かなかった。
脳裏に浮かんだのは、母ノミアの優しい笑顔。
続いて思い浮かんだのは、アストの言葉だった。
『二度と同じ思いをする人間を出さない。この村を、命に代えても守る。』
ティシアは唇を強く噛み締めた。
「……こいつらも、家族を守ろうとしているだけなのかもしれない。」
棍棒をゆっくりと下ろす。
親ゴブリンはなおも幼体を庇いながら、ティシアを睨みつけていた。
ティシアは何も言わず背を向ける。
「倒すべきなのは……こんな奴らを生み出した元凶だ。」
そう呟き、再び洞窟の奥へと歩き出した。
明日と明後日は2本立てにします。




