11. ゴブリン襲撃(2)
グレンは子どもたちを連れて走る。
「グレン! 先に避難したんじゃなかったの?」
一人の子どもが息を切らしながら尋ねた。
「お父さんには待ってろって言われたけど……。」
グレンは前を向いたまま答える。
「みんなが危ないと思ったら、じっとしていられなくて……。」
「あいつ、まだついてきてる!」
子どもの悲鳴に、全員が振り返る。
ゴブリンは棍棒を握りしめ、執拗に子どもたちの後を追ってきていた。
「避難所まで行けば、きっと何とかなる!」
グレンは必死に子どもたちを励ましながら走る。
周囲では家々が燃え、あちこちから剣戟の音と悲鳴が響いていた。
村は、すでに戦場と化していた。
一方その頃――。
ティシアは避難所の前で、次々と押し寄せるゴブリンと対峙していた。
(さっきより数が増えている……。)
ティシアは斧を握り直し、周囲を見渡す。
(アストさんが門を抑えているはずなのに……。まさか、何かあったのか。)
その時だった。
ゴブリンが何かを投げつける。
「……?」
地面を転がったそれを見た瞬間、ティシアの呼吸が止まる。
――人の頭部だった。
まだ目を見開いたままのその顔には、恐怖の色が残っている。
「……っ。」
ティシアは言葉を失った。
胸の奥から、さまざまな感情が込み上げてくる。
怒り。
悲しみ。
そして、自分が守り切れなかったという後悔。
ゴブリンたちは嘲笑うように笑いながら、次々と人の身体の一部を投げつけてくる。
狩りを教えてくれた村人。
見張りのやり方を教えてくれた青年。
つい昨日まで笑い合っていた人たちの面影が、無残な姿となって地面へ転がる。
「あああああああああっ!!」
ティシアの叫びが村中に響く。
理性は消え、胸を満たすのは怒りだけだった。
斧を振るう。
一匹、また一匹とゴブリンが倒れていく。
矢が背中に突き刺さる。
棍棒が身体を打ち据える。
刃が皮膚を裂き、血が飛び散る。
それでもティシアは止まらない。
傷など気にも留めず、ただ目の前のゴブリンを斬り続けた。
その時、聞き慣れた声が耳に入る。
「ティシア兄ちゃん!」
振り向くと、そこにはゴブリンに追われるグレンたちの姿があった。
「……!」
ティシアは叫ぼうとする。
しかし、喉は潰れ、声にならない。
ゴブリンたちは獲物を見つけたように、グレンたちへ駆け出した。
ティシアも必死に追う。
行く手を阻むゴブリンを斬り伏せ、一歩、また一歩と距離を詰めていく。
(間に合え……!)
その瞬間――
グシャッ。
ティシアの視界が大きく揺れた。
横合いから振り下ろされた狩り用の斧が、容赦なく頭部へ叩き込まれる。
頭蓋が砕け、ティシアの身体はグレンの目の前で地面へ倒れ込んだ。
一瞬、時が止まったように静まり返る。
「ティシア兄ちゃん……?」
グレンは目の前の光景を理解できず、震える声でその名を呼んだ。
ゴブリンはティシアが死んだことを確認すると、牙をむき出しにしながらグレンへと歩み寄る。
「……嫌だ。こないで。」
地面に倒れたはずのティシアの指先が、ぴくりと動いた。
誰もそれに気づかない。
ゴブリンが棍棒を振り上げた、その瞬間――。
ザンッ。
ゴブリンの首が宙を舞う。
「……え?」
グレンは恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは、ティシアだった。
頭部は大きく砕け、割れた頭蓋から骨が露出している。
血に染まった顔はもはや人の面影を失い、それでもなお、その身体だけは斧を握り続けていた。
もはや、その姿は人ではなかった。
ゴブリンたちは脅威を排除しようと、一斉にティシアへ襲いかかる。
しかし、頭を砕かれたティシアは何も語らない。
ただ、目の前にいるゴブリンを機械のように斧で薙ぎ倒していく。
一匹。
また一匹。
ゴブリンの悲鳴だけが辺りに響く。
グレンは、その光景をただ見つめることしかできなかった。
助けてくれたはずなのに――。
目の前に立っている存在が、本当にティシアなのか分からなかった。
――それから、どれほどの時間が経ったのか。
ゴブリンたちは一匹、また一匹と倒れ、やがて恐怖に駆られるように門の外へ逃げ出していった。
砕けた頭部はゆっくりと再生し、露出していた骨は肉に覆われていく。
血に染まった身体も、やがて元の姿を取り戻した。
「……ゴブリンたちはどうなった!」
片腕を失い、全身傷だらけのアストが村へ戻ってきた。
門の外では、ゴブリンたちが怯えたように森へ逃げ去っていく。
(ゴブリンが怯えるなんて……いったい何があった。)
アストは急いで避難所へ駆け込む。
そこには腰を抜かしたグレンたちと、血に濡れた斧を握ったまま立ち尽くすティシアの姿があった。
全身が血にまみれていた。
それなのに、その身体には傷一つ残っていなかった。




