第五章:噂の編入生
第五章
進明高校一年生フロアの廊下を、一人の女子生徒が勢いよく駆け抜ける。
「こら、廊下は走るな!」
すれ違った教師に注意されるが、彼女は止まらない。
「すみません~!」
謝りながらもその足は緩まず、一年B組へと向かっていた。
そして、勢いよく教室の扉を開ける。
ガラッと開いた音が響く。
「みんな、みんな~!」
息を弾ませたまま、教室中の視線を集める。
「噂の編入生、もう来たって!」
その一言で、教室内が一気に沸いた。
「マジ!?」
「え、ほんとに?」
「どこ!?」
男子の一人が身を乗り出す。
「男? 女?」
その問いに、女子生徒はもったいぶるように一拍置いてから、声を張った。
「男子だって!」
その答えに、反応は見事に二つに割れた。
「え、どんな人!?」
「もう見た人いるの?」
「イケメンだった?」
女子側の熱は一気に上がった。
一方で男子側からは、露骨な落胆が漏れる。
「あ~あ、男かよ~」
「誰だよ、美少女来るとか言ってたやつ」
「朝から期待させんなって……」
だが女子たちはそんな反応を気にせず続けた。
「で、どんな人なの?」
最初に飛び込んできた女子生徒は、得意げに胸を張った。
「国宝級のイケメン来た~!」
「うそ!」
「え、まじで?」
「見たいんだけど!」
女子たちのテンションはさらに上がる。
男子たちは完全にしらけていた。
「はい、解散解散」
「つまんね~」
「どうせ盛ってるだけだろ」
それでも女子たちの熱は冷めない。
「で、どんな顔してたの?」
「ちゃんと見た?」
「写真ないの?」
質問に女子生徒はあっさり首を横に振った。
「ううん、見てない」
「は?」
「じゃあ何でそんな自信あるの?」
「登校中に見かけた子が騒いでたの。マジでレベチだったって」
その返答だけで、女子たちには十分だった。
「逆に気になる~」
「それ聞いたらもう無理、めっちゃ見たい」
「早く来てほしいんだけど」
男子が冷めた声を漏らす。
「どうせ雰囲気イケメンだろ」
「それな。近くで見たら普通ってやつ」
だが女子たちはまともに取り合わなかった。
「はいはい」
「そう言って悔しがってるだけでしょ」
「男子うるさ~」
教室内が騒ぎ続ける中、後方の窓際近くの席で、ユジュと友人二人が落ち着いた反応でそれを見ていた。
「国宝級のイケメンか〜。一体どんな人なんだろうね?」
そう言ったのは、カン・スジン。
その隣で、ユン・ボラムが少し残念そうにする。
「イケメンじゃなくてもいいから、もっと漢っぽい人の方がよかったな……」
「ボラムはイケメンより漢が好きだもんね」
「まぁね~」
ボラムはあっけらかんと笑う。
スジンが少し声を弾ませる。
「でもさ、ここまで騒がれると楽しみじゃない?」
ボラムも頷いた。
「分かる。実際どんな人なのかは気になる」
スジンはユジュに話を振った。
「ユジュはどう思う?」
急に聞かれたユジュは少し戸惑う。
知っている。
少なくとも、クラスの誰よりも。
しかし、ユジュが気にしているのは、みんなが騒いでいるようなこととは違っていた。
ちゃんとこの学校でやっていけるのか、クラスで問題なく過ごせるのか、そのようなことだった。
答えに迷った挙句、スマホに打った文字を二人に見せた。
〈やさしいひとだったらいいね〉
それを見たボラムとスジンは揃って表情をゆるめる。
ボラムがからかうように返す。
「出た、ユジュのそういう反応~」
ユジュは苦笑した。
その反応を見逃さず、スジンがさらに踏み込む。
「でも席隣だし、気にはなってるでしょ?」
ユジュは小さく頷く。
それが、余計に落ち着かなかった。
教室の中で、家にいる時と同じようにはいかない。
むしろ、周りの目がある分ややこしい気がしていた。
ボラムがふと思いついたように首を傾げた。
「でもユジュってさ、今まで男子の話はあんまり乗り気じゃなかったのに、その人のことになると少し気にしてる感じあるよね」
ユジュは戸惑い、すぐにスマホを打つ。
〈だって隣だし〉
「ほんとにそれだけ~?」
ボラムは疑わしげにユジュを見た。
ユジュはどう返答していいか困ったまま、スマホを打とうとした。
その様子に、スジンが少し探るように聞いた。
「そういえばユジュ、新しい家族ができるって言ってなかったっけ?」
ユジュの手が止まる。
「もう一緒に住んでるの?たしか、お兄さんか弟が増えるって話だったよね」
ユジュは目に見えて困っていた。
スジンはその反応から、勘づく。
「……もしかしてさ。編入生って、その人だったりする?」
ユジュは頷いた。
二人は声を上げなかったが、表情には驚きが出ていた。
「え、まじ?それ、聞くと話変わるんだけど」
ボラムが目を丸くする。
スジンは、やっぱりといった顔で声を落とした。
「もしかして、あんまり知られたくなかった?」
ユジュはスマホに打ち込む。
〈そんなことないけど、なんて言っていいかわからなかった〉
「まあ、それはそうだよね」
ボラムが頷く。
「みんなに知られて質問攻めにされるのも嫌だしね」
「大丈夫。私たち、言いふらしたりしないから」
スジンの言葉に、ボラムもすぐ頷いた。
ユジュは表情をやわらげる。
〈ありがとう〉
それを見て、スジンはにやっとした。
「でも、イケメンなんだね」
ユジュの口元が小さく緩む。
「なるほどね~」
ボラムも笑いながらユジュを見る。
三人がいつもの調子に戻りかけたその時。
廊下の空気が、ふいに変わる。
扉のそばにいた生徒たちが、ぴたりと声を止めた。
「……来た?」
誰かが小さく漏らす。
他の生徒も、つられるように前を見る。
ユジュたちも廊下の方を見た。
少しして扉の向こうで、足音が止まる。
扉が開き、ドユンが入ってきた。
「全員、席着け」
生徒たちは自分の席へと戻っていく。
ドユンは教壇の前まで行くと、扉の方を向いた。
「編入生を紹介する。仲良くしろよ」
そう軽く言うと、全員の意識が扉へと集まった。
「入れ」
その声に促され、ヒロキが教室へ入ってくる。
教室に一歩入った瞬間、騒がしかった空気がすっと引いた。
誰かが息を呑む音だけが、妙にはっきり聞こえる。
それくらい、実物の印象は噂よりも強かった。
「……やば」
「うそ、まじで?」
静まり返った空間に、女子たちの驚嘆の声がぽつりぽつりと落ちる。
「ビジュ強すぎなんだけど……」
「ちょっと待って、本当にレベチ。次元違くない?」
どの声も息を潜めた囁きだった。
けれど、胸の高鳴りを抑えきれずに、どうしても漏れ出てしまっている。
一方で、男子たちはただ黙り込んでいた。
いつもなら茶化すような軽口を叩く余裕すら、ヒロキの存在感に一瞬で吹き飛ばされていた。
ヒロキは扉に近い位置に立ったままだった。
ただそこに佇んでいるだけで、教室の空気が塗り替えられていく。
教壇にいるドユンが教室を見渡した。
「今日からこのクラスに入る、パク・ヒロキだ」
簡潔な紹介の後、ドユンはヒロキへと顔を向けた。
「自己紹介」
ヒロキはその場に佇んだまま、教室全体へ視線を向ける。
それは見渡したというより、ただ視界に入ったものをなぞっただけ。
どこまでも淡く、温度の低い動きだった。
「……パク・ヒロキです」
それだけを低く言い、口を閉じる。
また短い沈黙が落ちた。
ドユンは特に困った様子も見せず、すぐに話を切り替えた。
「席はあそこだ」
ドユンが指した先を、何人かが反射的に追った。
ヒロキは返事すら返さず、無言でその席へと歩き出した。
歩く数秒のあいだにも、教室中の目がその背中を追った。
女子たちは遠慮なく凝視し、男子たちは見ていないふりをしながら、必死に横目で追っていた。
前の席のスジンとボラムも、落ち着かない様子でちらちらと振り返る。
席に辿り着いた時、ユジュは思わずヒロキを見上げた。
ヒロキは見返すこともなく、何事もないように椅子を引き、腰を下ろした。
ほんの数分前まで噂でしかなかった存在が目の前にいる。
その事実に、教室は妙な緊張と高揚に包まれていた。
「ホームルーム始めるぞ」
教室内はまだ落ち着ききっていない。
それでも、ドユンの声で皆の意識がどうにか前へと引き戻されていく。
連絡事項。提出物。今週の予定。
教壇から流れてくる内容は、いつもと変わらない。
それでも空気だけが明らかに違っていた。
誰一人として完全には前を向いていない。
引き寄せられるように、何度もヒロキの方を見てしまう。
そして、また前へ戻る。
その繰り返しだった。
ヒロキは特に気にした様子もなく、淡々と座っていた。
退屈そうにも見えるし、何も考えていないようにも見える。
だが、少なくともこの状況に呑まれてはいなかった。
ユジュはヒロキを意識しないようにしていた。
けれど無理だった。
家にいる時とは、何もかもが違う。
今ここでは、新しく一緒に暮らす相手ではなく、誰もが目を奪われる噂の編入生で、そのうえ自分の隣に座っている。
それだけで、周りの目が余計に気になって、ユジュはますます落ち着かなくなった。
ユジュは嵐が過ぎるのを待つように、じっと前を見つめ続けるしかなかった。
ドユンが最後に出席簿を閉じる。
「じゃあ、ホームルーム終わり」
その一言が落ちた瞬間、教室内の空気が一気に崩れた。
短い休み時間が始まる。
教室のあちこちで立ち上がる音がして、声が広がっていく。
けれど、ヒロキの周りにだけ妙な空白ができていた。
みんな見ている。
気にならないはずがない。
話したい。
近くで見たい。
声をかけてみたい。
そんな気配はあちこちにあるのに、誰も最初の一歩を踏み出せない。
女子たちは数人ずつ固まって、小声で言い合っていた。
「え、どうする?」
「話しかけてきてよ」
「でも、最初ってめっちゃ緊張しない?」
「分かる、失敗したくない」
別のところでも似たような声が重なっていた。
男子たちも平静を装ってはいたが、目だけは何度も流れていた。
当のヒロキは、背もたれに浅く寄りかかったまま静かにスマホへ目を向ける。
誰かを待っているわけでもなく、話しかけられるのを意識しているようにも見えない。
ただ、自分の時間を過ごしているだけだった。
その無関心さが、かえって周囲のためらいを強くしていた。
ユジュは休み時間が始まってすぐ、席を離れてスジンとボラムのところへ来ていた。
そして、そんな空気を感じながらも、話しかけるタイミングを探っていた。
そんな膠着をスジンが破った。
「……もうさ、こんな空気になるくらいなら行ってみない?」
ボラムがちらっとヒロキの方を見る。
「まあ、それはそう」
そう返しながらも、二人とも緊張している。
スジンはユジュの方を見る。
「ユジュも行こ」
ユジュも頷いた。
そして、三人でヒロキの席へ向かう。
それに、近くにいた女子たちが反応した。
「え、行くの?」
「うそ、いいな」
「ねぇねぇ、あとで感想聞かせて」
スジンは軽く手を振って流し、ヒロキの席へ向かう。
それにボラムとユジュがついていく。
机の前まで来ても、ヒロキは反応しない。
スマホを見たまま、数秒遅れてようやく顔を上げた。
間近だと、顔立ちの整い方がいっそう際立つ。
しかし、綺麗なだけではなく、簡単には踏み込めないオーラもあった。
スジンが口を開く。
「……えっと、私、カン・スジン」
思っていたより声が硬くなる。
「で、こっちがボラム」
ボラムが軽く会釈する。
「よろしく」
そして、隣に立つユジュへ視線を流した。
「で、ユジュ」
ヒロキがユジュを見る。
「……どうも」
短く、それだけだった。
ぶっきらぼうで、そこから会話が広がる感じも薄い。
スジンは短く間を空け、どうにか言葉を探した。
「その……さっきからみんなすごい気にしてるから」
「ああ」
「え?」
思わずスジンが聞き返す。
ヒロキはそれ以上は言わない。
ボラムが横から入る。
「分かってるんだ」
「まぁな」
そこでまた、会話は途切れた。
スジンはさっきまでの勢いが少しだけ削がれるのを感じた。
話しかけにくそうだとは思っていたが、ここまで短く返されると、逆に何を投げればいいのかわからない。
それでもスジンは引かずに言った。
「えっと……今日からよろしく」
「……よろしく」
それ以上、言葉は続かなかった。
二人の頭に、同じ感想が浮かぶ。
『会話、広がらない』
ユジュは二人の横で静かに立っていた。
何と声をかけたらいいのか。
そう迷っていると、スジンが助けを求めるようにユジュを見た。
「……ユジュ、なんかない?」
急に振られ、ユジュは少し戸惑った。
それからスマホを取り出し、短く打ち込んだ。
〈学校どう?〉
ヒロキはその画面を見た。
「普通」
返ってきたのは、それだけだった。
だが、今までの返事とくらべるとどこか柔らかく感じた。
ユジュはそれ以上何も打たなかった。
スジンとボラムも、その短さに苦笑する。
そして、スジンが最後に付け足した。
「もし何か質問あったら聞いてね」
ヒロキは頷くだけだった。
「じゃ、また……」
そう言って三人はスジンの席に戻る。
席に戻り、ボラムが小声で言う。
「なんかさ……話しにくいっていうより、話してもすぐ終わるタイプ?」
スジンが同じくらいの声量で返す。
「それか、たぶん必要以上に喋る気がないのかも」
ヒロキの視線はもうスマホへ戻っていた。
会話が弾まない。
かなり壁を作っている。
そんな感じが三人に伝わった。
すると何人かの女子たちが、スジンの席に寄ってきた。
「どうだった?」
そんな小声が飛んでくるが、スジンは曖昧に笑うしかなかった。
「……まあ、普通?」
「その顔で普通は無理があるって」
ボラムが小さく突っ込む。
するとチャイムが鳴った。
「全然しゃべれなかった……」
スジンが顔を上げ、時計を見る。
「ていうか、進展ゼロ」
ボラムが言う。
ユジュは、席に戻るね、というように手で合図した。
それに対しスジンは苦笑しながら、軽く手を振った。
「またあとでね」
ボラムも手を振る。
ユジュはヒロキの方を一度だけ見て、席に戻ろうとした。
すると、ヒロキに呼ばれた。
「ユジュ」
ユジュは驚いて立ち止まる。
「ユナってどのクラス?」
その声は、教室の中にもはっきり届いた。
ヒロキが初めて自分から話しかけたことに、驚きの視線が集まる。
ユジュは予想外の質問に目を丸くしたが、スマホに打ち込む。
〈二年A組。一つ上の階。〉
「わかった」
そのやり取りで、クラス中に新しい疑問が広がった。
スジンとボラムも、顔を見合わせた。
二人は、ヒロキとユジュの関係からユナの名前が出た理由までは察せた。
けれど、なぜそれを聞いたのかまではわからない。
少しして、教師が入ってくる。
「早く席につけー」
教室の空気は引き締まるが、疑問は消えないまま授業が始まった。
噂の編入生。
美少年。目立つ。気になる。
それなのに、思っていた以上に近づきにくい。
その印象だけは、短い休み時間のうちに、教室の中へしっかり残っていた。
同じ休み時間。
二年A組でも、ヒロキの話が広がっていた。
「そういえば、噂の編入生、一年B組らしいよ」
「めちゃくちゃイケメンらしいね」
「別クラスの子が登校中に見かけて、動けなくなったって」
「それほんと?」
「めっちゃ見てみたいんだけど」
そんな声が、教室のあちこちで上がっている。
その話を、ユナたちも聞いていた。
「朝からずっと同じ話題だね」
ユナが苦笑まじりに言う。
「ていうか、編入生ってそんな気になる?」
そう返したのは、チェ・ミレ。
一年の時は別クラスだったが、以前から付き合いのあるユナの友人。
「でもさ~、噂通り国宝級のイケメンだったらどうしよ~」
そう大げさに言うのは、オ・ナリン。
同じくユナの友人で、ミレとは一年の時に同じクラスだった。
「どうしよって何。付き合うつもり?」
呆れたように口を挟むのは、ハン・ソア。
ユナとは一年の時から同じクラスで、一番付き合いの長い友人。
「そりゃ彼女いなかったら、全然付き合うっしょ」
ナリンがそう言うと、ソアがすぐに返す。
「本当に噂通りだったら、絶対彼女いるって。いなかったとしても、ライバル死ぬほど多いでしょ」
「難関大学入るより難しいかもね、その恋」
ミレが淡々と続けた。
「え~、じゃあ大学行けなくてもいいから付き合いたいな」
それを聞いたユナは吹き出した。
「いや、いや。大学は行こ」
ソアが呆れ、ミレも静かに突っ込んだ。
「勉強しなよ……」
「え~」
ナリンは不満そうに口を尖らせたが、すぐに気を取り直した。
「ねえ、私たちもあとで見に行かない?」
「やめなよ、みっともない」
ソアは気になっているのを隠すように、そう突っぱねた。
「私はそこまで興味ないかな」
ミレは冷静だった。
「え~、みんな付き合い悪いって~」
「付き合いの問題なの?」
ソアが呆れたように聞き返す。
ミレはあっさり受け流した。
「わざわざ見に行かなくても、そのうち見れるでしょ」
「どうやって?」
少し考えてから、ミレが続ける。
「人が集まってるところに行けば、たぶんいるんじゃない?」
ソアはすぐに頷いた。
「確かに。ちょっと騒がしいところとかに行けば、いそうじゃない?」
ユナもそれに同意した。
そこでナリンが、我慢できないように身を乗り出す。
「私は今すぐ見たい。イケメンを欲してます」
その言葉に、三人が揃って吹き出す。
「まぁ、気持ちは分からなくもない」
ソアが笑いながら言う。
ミレが、ふと思い出したように教室の一角を見やった。
「顔だけでいいなら、うちのクラスにも一人いるけどね」
その瞬間、ナリンとソアがぴたりと声を揃えた。
「あれは違う」
ユナは笑いながら言う。
「ちょっと二人とも、ひどすぎない?」
「あれはちょっと……」
ソアが言葉を濁し、ナリンも続ける。
「中身がね……」
「まぁ、そこは否定しない」
ミレも苦笑する。
四人とも、同じクラスの男子をちらりと見た。
だがすぐに、どこか惜しいものを見るような空気になって終わった。
「あ~あ、早く見たいな~」
なおも言い続けるナリンに、ソアとミレは呆れ半分に笑う。
だがユナだけは、少し複雑な顔をしていた。
相手を知っている。
それどころか、もう一緒に暮らしている相手だ。
けれどユジュ同様、友人たちにどう説明すればいいのか分からないまま、この日が来てしまった。
同じ教室の中には、もう一つ、ヒロキの話をしているグループがあった。
四人組のギャルグループ。
その中でも、ひときわ目を引く女子が一人いた。
ピンク色のロングヘア。
両耳にはいくつものピアス。
派手な見た目をしているのに、それ以上に顔立ちそのものが整っていた。
進明高校の雰囲気からは浮いているが、不思議と悪目立ちはしない。
むしろ、その場にいるだけで周囲の意識をさらってしまうような華があった。
ハン・リナ。
ヒロキにとって元義姉にあたる少女。
外見だけなら、誰がどう見ても派手。
だが成績は学年トップ3の常連。
教師たちでさえ、簡単には口を出せない。
その周りにいるのが、ユ・ジア、ペク・スミン、ノ・ハユンの三人だった。
ハユンが机に頬杖をつく。
「いいな〜、イケメン。うちのクラスにも来ないかな?」
「さすがに二年からは来ないっしょ」
ジアが即座に返す。
スミンが眉を上げる。
「ていうか、あんた彼氏いたでしょ。別高校の子と付き合ってなかったっけ?」
「別れた〜。まじ束縛きつすぎた」
「そういえば、そんなこと言ってたね」
ジアが思い出したように声を漏らす。
「早くない?今年入ってもう何人目?」
スミンに振られ、ハユンはあっけらかんと指を三本立てた。
「三人目~」
「月一ペースじゃん」
ジアが笑い、ハユンも笑い返す。
「そういう二人は?」
「私は三か月くらいいない」
ジアが言い、スミンも続ける。
「私もそれくらいかな」
そこでハユンが、ずっとスマホを触っているリナの方を見る。
「リナは?彼氏作んないの?」
リナは顔も上げなかった。
「別にいらない」
「リナって不思議だよね〜。めちゃモテるのに、何で彼氏作んないの?」
ハユンが首を傾げる。
「高校入ってから一回もいないよね」
ジアも言う。
「まぁ、いい人いないし」
そっけない返事だった。
そこでスミンが、別の名前を出した。
「そういえば、D組のカン・ミンジェってまだ来てるの?」
カン・ミンジェ。
二年D組の男子。軽い雰囲気で、前髪をよくいじる。
リナに好意を持ち、何度あしらわれても懲りずにA組へ来る男子。
「顔は悪くないよね」
ハユンが軽い調子で口を挟む。
「興味ない」
リナは迷わなかった。
「うわ、かわいそう。結構ぐいぐい来るのに」
ジアが笑う。
スミンも納得したように頷く。
「まぁリナは、ああいうの嫌うよね」
リナは何も答えなかった。
ハユンはすぐに話題を戻した。
「じゃあ編入生の子は興味ないの?」
「ない」
即答だった。
けれど、それは本心ではなかった。
ヒロキが少年院を出たことも、この高校に編入してくることも、リナは有馬から聞いていた。
何も知らないわけがない。
それなのに、本人の口からは何の連絡もなかった。
出たことも。
編入してくることも。
何一つ伝えられていない。
それが腹立たしかった。
ずっとスマホを触っていたのも、ただ手持ち無沙汰だったからではない。
連絡を待っていた。
だが、一向に来ない。
気にしていないふりはできても、引っかかっていることまでは消せなかった。
自分から動くのは違う気がしたが、何もないままなのも嫌だった。
そんな中途半端な感情が、ずっと胸の奥に引っかかっていた。
「リナにはいつ彼氏ができるんだろうね~」
ハユンが呑気に笑う。
「理想高そうだもんね」
ジアもそれに乗る。
「別に、そんなんじゃないし」
リナはようやくスマホから顔を上げた。
「まぁでも、相当な男じゃないとリナには釣り合わないかもね」
スミンの言葉に、三人はどこか納得したように頷く。
だがリナだけは、呆れたように息を吐くだけだった。
ハユンが何気なくこぼす。
「でもどんな子なんだろうね、編入生」
「確かに、気にはなる」
ジアも軽く同意した。
「一回くらい見ておきたいよね」
スミンが続けた。
三人の話は軽い。
好奇心半分、暇つぶし半分。そんな温度だった。
けれどリナだけは違った。
興味があるかないか、そんな話ではもうない。
来ることは知っていた。
来たことも、もう知っている。
それでも何もない。
スマホの画面には、新しい通知は増えていなかった。
リナはそれを見下ろしたまま、静かに唇を引き結ぶ。
来ない。
その事実だけが、思っていた以上に胸の奥に残り続けていた。
第五章
完




