38.疑惑
「うぅっ、緊張する・・・」
「大丈夫ですよ、マグ」
「お城の中までは入らなくていいみたい」
初めての王城に緊張しまくって
いよいよ歩き方すらおかしくなり始めている
マグの姿にアイルは吹き出しながら言った。
王都を長らく苦しめてきた鼠の問題を
たった一日で解決してしまった
ディーエル・ファミリーは末の王女に
王城に招待されていた。
今日はヴィーヴルの3姉妹たちは
2人に着いてこなかった。
街にある、ただの冒険者ギルドにですら
あのような結界があるのだ。
王城ともなれば何があるかわからない。
とはいえ、しっかりとモンショと共に
その影の中に潜んでいた。
王女は何度もディーエル・ファミリーの元に
会いに来たが、招待されたのは初めてのことだった。
王城の門を抜けると、すぐに王城の離宮に案内された。
普段は貴人の来訪があった時に使用されるものだが
今は末の王女の邸宅となっている。
王城の中は血の王女と覇王子の覇権争いで
張りつめ、空気が凍りついている。
一触即発の緊張感の場にこの子は
相応しくないだろうし、きっと参ってしまうだろう
と今は居所を移された。
覇権を争う者たちにとっても、互いに相食む姿を
この愛する妹には決して見せたくなかったし
その両親もそれを望まなかった。
故に一種の安全地帯とも呼べるその離宮は
その主と同様に和やかな雰囲気を醸し出していた。
「二人とも、本当にすごいです!!」
使用人が止める間もなく出迎える様に
二人に抱き着いてきた王女は屈託のない
笑みを浮かべた。
「バンシーの力を扱える方がいますの・・・?」
それをどうやったか説明するのを正直に
言う訳にはいかない。
バンシーであるランカがちょっとだけ力を
使って事はあっさり済んでしまったのだが
家族にアンデッドがいますなんて
この国の王女に言えるわけがなかった。
ディーエル家の墓地に巣くっていた
バンシーは討伐したということに
していたが、その時にその力を奪うことができて・・・
何とも苦しいストーリーだがこの純粋無垢な
王女はそれでもその話を信じてくれるんだろう。
「わかりました」
「これは私たちの秘密ですわね」
なるべく、アンデッドの不吉な力を使えることを
大事にしないでとお願いする2人に応えて
王女は天真爛漫な笑顔をむけた。
・・・
余りにも話が出来すぎている。
贖罪にもならないとは頭では解ってはいたのだけれど
ディーエル家の墓地に巣くっていたバンシーを友が
討伐してくれたと聞いて、急くようにそこを訊ねた。
確かにそのバンシーはいなくなっていて
それを討伐してみせた、友だちとその仲間のことを
それをそう思う資格は私にはないのかも
しれないけれど誇らしく思った。
でも、その力を模倣してこの国を救った・・・
なんて都合の良いことが起こるのだろうか?
そういえば、この古い友はフェンリル・ウルフすら
をも従えている。
伝え聞く話ではそれより格下の魔物であろう
バンシーを従える事なんてもしかしてこの友には―――
でも、生者を憎むアンデッドを従える事なんて・・・
できるの?
もし、大切な友がそれができるとすれば
できてしまうのだとすれば・・・
それは死者の言葉を、私が殺めてしまった者たちの
言葉を耳にすることができてしまうのでは・・・
自らの仮説に背筋が寒くなった。
屈託のない笑顔の裏で思考を加速させていると
その友が視線を何かに奪われていることに気が付いた。
「ああ、あれはね・・・」
「えへへ、綺麗でしょう?」
最愛の姉が自分に与えてくれたものだ。
「あ、はい・・・確かに綺麗だと思います」
「でも、それより・・・」
「それよりも、本当にすごい術式ですね」
アイルに見えていたものはその華美な装飾より
それに込められたものだった。
「ああ・・・」
やっぱり最愛の姉でも、だからこそ
これにそれを込めていて当然だ。
自らの意に沿わないものに、その力を与える事が
無いようにそれを崩れ落ちさせるその魔力。
「私は・・・」
「お姉様が私にこれをくれたことには感謝しています」
「だって、私の好きなものが」
「私の好みをすっごくお姉さまが考えてくれていた
ことがこんなにも解るものなのですから」
その言葉に嘘はない。
「でも、だから・・・」
「だから私はこれを身につけられないんです・・・」
「だって、こんなに綺麗なのに」
「きっと私が身につければ崩れてしまうでしょう?」
「お姉さまとお兄さまのの争いを望まない私には・・・」
その言葉にも嘘はない。
ただそれ以上の後ろめたさはあった。
私は―――
私は既に、お姉さまが私に望んでくれていた
清廉さなどはもう持ち合わせていないんだ。
「崩れ落ちる・・・?」
マグの不思議そうな言葉に王女は答えた。
「お姉さまは意に沿わないものに容赦はしませんから」
「あっ!!!」
「でも、お姉さまは実はほんとにすっごく優しい人
なんですよ?」
最愛の姉を貶めたかもしれない自らの言葉を
慌ててフォローしようとする王女に2人の
言葉が続いた。
「崩れ落ちるなんて」
「そんなおかしな術式は無いようですけど・・・」
「うん」
「ただ、お姉ちゃんを守りたいって強い魔力は
込められているけれど・・・」
「ただただ、本当にまっすぐで」
「こんなにわかりやすく」
「これを身につける・・・」
「贈った姫様がどうか幸せでありますようにと」
「きっとそう思って王女様はこれを創ったんだと思います」
その言葉に衝撃が走った。
私は―――
私は本当に大好きな、私の大好きな家族たちが争うことに
胸を痛めて悪魔に魂を売るほどに堕ちてしまったけれど
私はいつの間にかその大好きな家族の愛情を
疑ってしまう程に堕ちてしまっていたのだろうか?
震える様にそのネックレスを手に取ると
友たちが口にしたその言葉を疑うことなく、
王女はそれを首にかけた。
それが崩れ落ちることは無かった。
最愛に思っていたはずの、大好きな姉が与えてくれた
その愛情の証をその手に押し包むと王女はその場に
崩れ落ちる様に跪いて嗚咽と共に大粒の涙を零した。
そこまで・・・?
その様に胸が温かくなりつつも、その感涙に
認識せずともある種の違和感の棘がそれぞれの
胸に突き刺さった。
その時―――
離宮の門が乱暴に開け放たれた。
「おーう、邪魔するぞ・・・」
「って、はぁっっ!?」
泣き崩れている最愛の妹の姿に覇王子は狼狽した。
「ど、ど、ど、どうしたんだ??」
その首にある仇敵の証など目に入らない様に
ただその身を案じて焦って近づいた兄のマントの
裾を掴むとその末の妹はより一層、涙を深くした。
しばらくして王女が泣き疲れたかのように
大人しく泣き止むと覇王子はその頭を優しく
撫でながらアイルとマグに目を向けた。
「まぁ、良く解んねぇんだが・・・」
「たぶん、妹が世話になったようだな」
「それは、ありがとうよ」
その言葉はそのままの意味であろう。
その謝意を示した次の瞬間には覇王子から
その近くにいたマグにその剣が振り下ろされていた。
その数舜の前にそれを察知してマグは自身の魔力で
防壁を自らの周りに張り巡らせていた。
そしてその前の瞬間に、その影からはそれを
察知して行動を起こそうとしていた潜む者たちは
マグのその俊敏な反応にそれすらをも察知して
よし、一旦止まれと思ったその刹那の瞬間すらをも超える―――
神速とすら言える速度で反応したアイルが覇王子の剣を
何時の間にか手にしていた大剣で叩き落とした。
「何のつもりだ、てめぇ・・・」
その場にいた、誰もがその瞬間に幾つもの思考を
張り巡らせた。
そして、即座にその状況に真っ先に反応した少女の
発した怒気すらをも通り越して殺気すら放つ
アイルのその言葉に加速した思考を思わず停止させた。
まるで空気が粘気をおびた様に息苦しくなる。
その空間でその元となる濃密なアイルの殺気を
受けても意に返さぬように覇王子は言葉を発した。
「ほぉ・・・?」
「元々、止める気だったんだがな」
「俺の一撃をとめるのか・・・」
「何のつもりだって聞いてんだっ!!」
覇王子の凶刃よりも、ブチ切れて言葉遣いが
アレになってそのまま殺気を垂れ流し続ける
アイルの姿の方にその家族たちは狼狽した。
「ふっ・・・」
その濃密な殺気すら意に返さぬように
むしろ嬉しそうに、それを望む様に
覇王子は狂暴な笑みを浮かべた。
「俺は小難しい事を考えるのが苦手なんでな」
「てめぇら、俺といっちょ勝負しようや」




