冥府に咲く決意の炎
白い氷片が氷空へと上がっていく様子を、フリーは少し離れたところからぼんやりと眺めていた。
深い闇を思わされる冥府の闇すらも白い氷空へとかえてしまうイシスの魔法。
これまで何回か見てきた。
そのたびに、イシスの力のすごさを感じる。
同時に、懲りないなと思うリィンへの呆れも。
氷空へと還ったリィンを見送って。
フリーはネフティスの方へ視線を移す。
「じゃあ、私たちもいこっか」
笑って手を差しだしてくるネフティス。
その手をうなづき一つと共に握り、二人は空高く上がった。
ネフティスが、炎の翼を大きく広げて。
闇の空に、炎が灯る。
リィンと分かれてから数日。
フリーもただなにもしなかったわけではない。
冥府の獣から魂を守るというネフティスに連れられて、一緒に冥府の獣を狩っていた。
異質で悪質な獣たち。
闇から闇へ移動し、音もなく魂を刈り取ってくる死霊。
そして、自分たちの姿でもある冥府の猟犬―二頭を持つ黒狼
「ついてきてもいいけど、食べられないように気をつけてね!」
ネフティスについていきたいと言った時に笑顔で言われた言葉。
肉体はいくら食べられても削られても平気だが、魂だけは削られたら相応の痛みを伴う。
魂を傷つけられないように守る方法は教えてくれなかった。
必死だった。
四方八方から襲いかかってくる上に、闇に紛れるからすぐに姿を見失う。
「目視だけで追っていたら間に合わないよ。もっと視覚、聴覚、嗅覚、全部の感覚を意識しないと」
ネフティスは笑いながら、踊るように剣舞を披露している。
フリーへのアドバイスもしっかりと行いつつ。
ずっとこの冥府の守護を任されていると言っていた。
強いのは当たり前。
でも、あたしたちの知る強さとは次元が全然違う。
悔しいと思うことすらできないほどの圧倒的な差。
自分は、たった一体の獣を相手どるだけでも必死なのに。
表情は全く変わらぬ無表情。
だが、内心では歯を噛みしめていた。
なぜ自分は、こんなにも弱いのか、と。
いつもフリーはネフティスと最後まで一緒にいることはできない。
途中でやられてしまうからだ。
腕を、足を、そして胴体すらも削られて。
魂を喰われそうになり、そこをネフティスに助けられる。
その繰り返し。
肉体的な痛みは、ない。
だが、精神的な痛みが強い。
魂から復元するのはいつも決まってあの神殿。
目が覚め、白い天井が目に入って「ああ、自分はまた殺されてしまった」と理解する。
ふと、横を見ると同じようにリィンが寝ていた。
きっと、イシスと魔法勝負して負けたのだろう。
自分と同じ顔だが、寝顔はやけに安らかで。
「………………」
少しだけ、リィンと話しがしたいと思った。
そんな自分を叱咤して。
フリーは再び神殿の外へと出ていった。
「あ、起きた?今回ははやかったね」
すでに戻ってきていたネフティスが、微笑みかけてくる。
あれだけ戦っていたというのに、疲労もなにも感じさせない。
だからこそ。
フリーはネフティスに剣を向けた。
「ネフティス、あたしと戦ってほしい」
そう宣言すると、ネフティスの瞳が紅く輝く。
「いいね!」
返答は、一言だけ。
両手に炎が集まり、双剣となる。
「じゃあ、さっそくやろうか」
一瞬、視界が紅く染まった。
次の瞬間、フリーは再び神殿に戻されていた。
「え?」
自分でも理解できなかった。
なにが起こったのかすらわからない。
一瞬だけ視界が炎に埋め尽くされて……。
神殿を飛び出して、ネフティスの元へと戻る。
「あ、フリーちゃん、ごめんねぇ。つい張り切っちゃって!でもうまく斬ったから復活も速かったね!」
笑顔で、ごめんねぇと言いながら駆け寄ってくるネフティス。
どうやら自分は、斬られたらしい。
全くそんな感じがないが。
「斬った?」
「うん、そうだよ!ついね。フリーちゃんから誘われたのがうれしくて。ついつい張り切っちゃったから」
昂った気持ちのまま炎の翼を展開。
張り切った勢いのままフリーに斬撃を放ち。
フリーは細切れになりつつ爆散という悲惨な最後を遂げたらしい。
一瞬。
視界が紅く染まり、一瞬だけした瞬き。
その刹那の中で。
自分は細切れにされて爆散していたようだ。
冥府の獣たちと戦っている時は、本当に踊っているかのようで。
ただ剣舞を披露しているだけのように見えていた。
だから、それがネフティスの戦闘スタイルなのだと思っていたが……。
実際は、違う。
笑うネフティスの紅い瞳。
笑っているのに、瞳の奥には炎が揺らめいていて。
それはまるで心の内を現しているのかように獰猛で。
「どうする?続ける?」
獰猛な、冥府の鳳が問いかける。
ぞくり、と体が震えた。
恐怖から?
いや違う。
武者震いだ。
あたしは強くなる。
ネフティスと戦って。
もう、誰にも負けないぐらい、強くなる。
「いいね。冥府ではなによりも魂の強さがそのまま力となる。いまのあなたの魂は、強く輝いているよ」
炎の剣と、狼人の爪が、激突する。
何度、死を経験したかもわからない。
ふと、ネフティスに聞かれた。
「フリーちゃんはどうしてそんなに強くなりたいの?」
「あたしは、まだまだ弱いから」
「う~ん……ここで私やお姉ちゃん、冥府の獣たちなんかと比べて言っているなら気にすることないよ?」
「違う」
「違うの?フリーちゃんは、自分たちの世界の中ではかなり強いと思うよ?双頭狼になれる獣人なんていないし」
「違う」
ふるふると、フリーが首を振って否定する。
その仕草は、少しだけ子供じみていた。
「あたしは、強くない。人間の奴隷として生まれ、ずっとそのような扱いを受けてきて、あの日、王都で廃棄処分された」
淡々と、なんの感情も籠っていないようにフリーは言葉を紡ぐ。
それは感情を出したくないというフリーの強がりなのか。
本当になにも感じていないのか。
ネフティスには判断がつかなかった。
「でもあの日。廃棄処分されて、死んだはずのあたしは死ななかった。リィンの魂と一緒になって、生き延びた」
ネフティスの瞳に映る、フリーの魂。
小さいながらも強い輝きを放ち続ける魂を、ネフティスは少しだけ羨ましそうに見ている。
「何度も、何度も死ぬかと思った。重竜種と戦った時も、魔人と戦った時も。いや、きっとあたし一人だったらとっくに死んでいた。リィンがいたから。リィンが助けてくれたからあたしはまだ生き延びていられる」
どれだけ自分が強くなったつもりでも。
最後は、リィンに助けられてきた。
「リィンは強い。イシスの教えをうけてもっともっと強くなる。あたしは、もうリィンの足を引っ張りたくない。あたしも、強くなりたい。強くなる」
それはリィンが自分の中にいる時では決して表にだせなかった感情。
リィンに助けられた時、感謝の想いと同時に深い悔しさがあった。
なぜ自分はこんなにも弱いのだろう。
なぜ自分は助けられてばかりなのだろう。
イシスにより、リィンの魂と分かれた時。
それは下水道で意識を取り戻した時よりも絶望感を感じるものだった。
急に真っ暗な世界に1人で放り込まれて。
自分を示す光はどこにもない。
誰の声も聞こえない。
本当の、独り。
怖い……。
そして思い知った。
自分がどれだけリィンに依存していたのかを。
リィンの存在が自分にとってどれだけ支えになっていたかを。
それが、突然失われた。
耳が痛いほどの静寂。
先が全く見通せないほどの闇。
自然と呼吸が荒くなり、震えだしそうになる体を無理やり抑える。
リィンはチキュウの二ホンというところからの転生者で、ほぼ無詠唱に近い形で高位魔法を連発できる。
魔法に疎いあたしでもわかるほど、異常な強さを誇る。
対して、あたしは…………。
なんの力もないただの獣人。
人間よりも少しだけ身体能力が高いだけの狼人。
リィンがいなかったら下水道で死んでいた。
死んでしまう。
そう思うほどの戦いをこれまで何度もしてきた。
乗り越えてこれたのは、リィンがいてくれたから。
本当は、怖くて怖くてたまらない。
なんでただの獣人である自分が、魔人なんかと戦わないといけないのか。
痛くて、怖くて、本当は逃げてしまいたかった。
そんな時、いつもリィンが前にでて引っ張ってくれた。
どんな時でも明るい声で、あたしを引っ張ってくれる。
だから、あたしもここまで戦ってこれた。
でも、いまは…………。
なにも思っても、なにも言っても、答えてくれる人はいない。
独り。
だからあたしは…………。
「やろう、ネフティス」
たとえ独りになっても戦えるように。
リィンの足手まといにならないように。
もっと、強くなる。
心も、身体も。
フリーの恐怖も、覚悟も、すべてをくみ取って。
ネフティスは笑う。
「いいよ。かかっておいで、フリー」
リィンとネフティスは少し似ている。
だからこんなにも安心して、爪を向けられるのだろう。
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