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氷花は砕け氷空へと還る

 煤は、冥府の闇に呑まれて消えていき、残ったのは紫色の魂二つ。


「やりすぎだよ、お姉ちゃん……」

「つい……」


イシスが手をかざすと、紫色の魂が膨れ上り人型へと成す。

やがて一体の獣人が、きょとんとした顔で立った。


「え?」


不思議にきょろきょろと辺りを見渡すリィン。


「お帰り~リィンちゃん」

「え?あの……私いまなにされたの?」

『多分燃やされた』

だよね。具体的になにされたかわかんなかったけど、イシスさんの火球が自分を呑み込んだところまでは覚えてる。

『多分、それがすべて』


二人で話あっていると、イシスがそっと歩み寄ってきて少しだけ頭を下げる。


「申し訳ありません。リィンさんがあまりにも稚拙な魔法を使うものですから、つい自分を抑えられませんでした」

「つい自分を抑えられませんでしたか」

「お姉ちゃん、魔法のことになると人が変わったみたいになるから。リィンちゃん目をつけられちゃったから大変だよ~?」


ネフティスが笑顔で全然大変じゃないみたいな感じで言ってくるが、一度焼かれたこっちは大変だよ~とかいう軽いものではない。


「リィンさんは、一応魔法使いですよね?」

「一応、はい……そうですけど……」

「誰にも教わってはないですよね?」

「はい……教わっておりません」


猛烈に嫌な予感がする。

リィンの背中に冷たい汗が流れ、そして凍った。


あれ、なんか周囲の温度が下がったような……。


吐く息が白い。

寒さなど感じないはずなのに、なぜか体の奥から震えてくる。


「わかりました。同じく魔法を愛するものとして、放っておくことなどできません。私が、魔法というものがどういうものかを教えてあげます」

「いや結構で―――」

「教えてあげます」

「よろしくお願いしまぁす!!!」

「良いお返事ですね。では、いきましょうか」


と、イシスが神殿に向けて歩き出そうとしてすぐに立ち止まる。


「あぁその前に。あなた方、二人一緒のままだと教えにくいですからね」


イシスが二人に手を向けると、手のひらの先から幾何学模様がいくつも描かれた魔法陣が複数現れる。


「生と死の狭間にて、魂の糸を断て――冥術・幽離(アニマ)


抵抗する術がないまま、リィンはまるで繭のような魔法陣に包まれる。

繭はそのまま二つに分かれ、それぞれから全く同じ外見をした狼人族が二人現れた。


「え?」

「え?」


それぞれの狼人族、フリーとリィンがお互いを見て驚き合う。


「さ、これで教えやすいですね。いきますよ、リィン」


さも当然のようにリィンの腕を掴み、イシスが引っ張っていく。


「え、うそうそうそうそちょっと待ってよなにこの現象!?とかいって驚くひまもくれないの?フリーと感動の対面だよ!?」

「魂を一旦分離してそれぞれの形代に入れただけです。感動の対面は後にしてください」

「そんなことある!?フリー助けて~!」


フリーはフリーで、引きずられていく自分と同じ姿をしたリィンを呆然と見送るしかできない。

そんなフリーに、にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながらネフティスが近寄ってくる。


「助けなくていいの?」

「あたしが止めてどうにかなると思えない。それに、リィンが消えてなくなるわけではないでしょう?」

「冷静だねぇ。でも、そうだね。ここは冥府。生も死もここにはない。いまのあなたたちの体は記憶から形成されているだけ。だから、体がいくら傷つけられようと死ぬことはない」


冥府の魔獣たちから逃げている時に思っていた変な感覚の正体はそれか。


「でも気をつけてね」


明るく喋っていたネフティスが声のトーンをわずかに落とす。


「冥府の獣は魂を喰らう」


「魂を?」


「そう。魂を喰われたものは、永遠の無をさ迷うことになる……なんてねっ!」


最後にそういって、ネフティスはおどけて見せたが、すべてが冗談というわけではないだろう。

永遠の無というのがどんなものかは想像もできないが、嫌だなと思う。


リィンは、大丈夫なのかな。


悪いようにはならないと思う。

それに、死ぬことがないというのも安心だ。


…………安心、なのかな?


死ぬことがないということは、逆にいうとどんなに辛い目にあっても終わらないということなのでは?



フリーのそんな悪い予感は的中することとなる。




「フリー……私はもうだめだ。ごめんね、あとは任せた……よ…………」



大量の本が積み重なった机の上で。

リィンはいままさに最後の時を迎えようとしていた。



「馬鹿なことをいう元気はあるみたいですね」

「あ、すみません冗談で―――」


リィンは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

頭部が、氷漬けにされてしまったから。


氷漬けになった視界の奥で、イシスが氷のような微笑を浮かべている。


「頭は冴えましたか?」


氷が割れ、その勢いで机に頭を打ち付ける。


「冷たっ!そして痛っ!!」


「目は覚めたでしょう?」

「あ、はい……覚めました……」

「では次にいきましょうか。次は上級魔法理論・上巻ですよ」


数多に積み上げられた魔法書から、一冊がふわりと浮かびあがりリィンの手元におりてくる。


「あの、ちょっとだけ休憩を……」

「さっきしましたよね?」

「さっき?……もしかして頭氷漬けにされたやつ?」

「そうです。目が覚めたと言いましたよね?」


言った。

たしかに言ってしまった。


いやでもそのほらあれだ……。


「そんな全部を一気に叩き込まれても忘れちゃうし」

「大丈夫ですよ。魔法理論や術式は魂に刻まれていますから。理解し、きちんと構築すれば忘れることなんてありません」


意味はわからない。

でも、確かにここ数日で詰め込まれた内容を忘れていない自分がいる。


その代わり、なんだろう……脳が疲弊するのとはまた違った疲弊がある。

そもそも冥府って疲労とかもないのになにがこんなに消耗して疲れていっているんだろう?


「それは魂に情報を刻んでいるからですよ。あなたたち風にいうと、魂のアップデートです」

「私がバージョンアップしちゃうってことか」

「そうなるために情報を詰め込んでいるという状態ですね」


やっぱ詰め込んでんじゃん……。


「なにか?」

「いえ、なんでもありません!」

「ほらほら、そろそろ再開しますよ」


リィンの前に置かれた本がひとりでにペラペラとめくれていく。


「うぅ……フリーに、フリーに会いたいよぉ」

「あとでいくらでも会えますよ」

「私は、私は……いま会いたいんだぁぁぁ!!!」


リィン、魂の叫び。


それと同時に教わっていたばかりの魔法術式を展開。

頭で思い浮かべたものが、そのまま魔法陣としてリィンの前に展開される。


これを覚えてからというもの確かに魔法発動は格段にしやすくなったし、出力も上がった。

感謝はしているけどそれとこれとは別だ。


「あなたも懲りませんね……」


はぁ、とついた溜息が白く凍っていく。


「今日こそ、出し抜いて見せる!」

「どうぞ、ご自由に」


六芒星を描くリィンの魔法陣。それぞれの頂点から炎が生まれ、イシス目がけて飛んでいく。


「そうですね。前の、想像と魔力量にまかせて力任せに撃っていた時とは比べ物にならないほどよくなりました」


静かに評価するイシスに、炎は届かない。

そのすべてがイシスに当たる前に氷漬けになっている。


少し勉強したからこそよくわかるようになった。

イシスの魔法は私なんかより遥か高みにいる。


静かに、でも力強く。私の炎をちょうど凍らせるだけの魔力を込めた氷の術式。


綺麗だ、とさえ思う。


でもそれとこれとは話が別!


もう何日もフリーの声を聞いてないんだから!

ここは力づくでも通らせてもらう!


「構築術式展開」


六芒星の魔法陣に重なるように、二つの術式が追加される。


「あら。もうそこまでたどり着きましたか。なかなか優秀ですね」

「なんたって私は、天才的な大魔法使い様ですから!」

「ふふ、いいでしょう。ならば私も受けて立ちます」


イシスが鋭く、冷たく笑い魔法を構築する。


それはリィンが構築している術式よりもはるかに複雑で、難解。

まだ発動しているわけではないのに、すでに空気が白く凍りついていく。


イシスを中心に、すべてが白に染まっていく。


「え、うっそこれも凍るの……!?」


周囲の壁や空気のみならず、リィンが展開している魔法陣すらも凍りついていく。


「冥府の冷気はすべてを凍らせます。それは術式であっても例外ではありません。あなたはもう私の冥府に捕らわれている。静かに、永遠に―――冥牢・幽閉氷獄(フロスタルク)




―――そして世界が静止した。




すべてがそのままの姿で白く凍りつく。


発動しようとしていた術式が、ぱきり、と小さな音を立てて凍りついた。

そのまま罅割れ、砕ける。


……あ


声もでなかった。

気づけば体が動かない。

咄嗟に逃げようとした体勢で、驚きの表情そのままにリィンも凍りつく。


すべてが静止した世界の中で、ただ一人イシスだけが動き出す。


「おとなしくしていれば、こんな思いすることはなかったでしょうに……」


イシスの青い瞳が氷像となったリィンを映す。

そっと、まるで慈しむようにリィンの頭に手を置く。

母親が、娘の頭を撫でるようにそっと。


ぱきり、と。

音がなる。

それが次の瞬間、連鎖するように凍りついたすべてに亀裂が走り、砕け、無数の欠片となって氷空へ舞い上がった。


まるで、花びらのように。


無数の氷片がきらきらと白く光ながら、ゆっくり、ゆっくりと氷空へと昇っていく。


青白い冷気をまとったまま、静かに、静かに、消えていった。


後に残るのは、しんと冷えた空気と、白い吐息だけ。


リィン「燃やされたあと氷漬けにされる私……」

フリー「かわいそう」

リィン「フリーに会いたいよぉ」

フルー「あたしもあいたい」

リィン「さっきから心がこもってないんだよなぁ!」

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