それはまだ煤になる前のこと
ちょっとした説明回です。
―――フリーとリィンが冥府にきてどのくらい経ったのか。
ここでは時間感覚もなければ体の感覚もないので全くわからない。
体力や魔力は使ったら減っていく感覚はあるが、疲労がない。
食事や睡眠の必要もない。
イシスとネフティスの説明によれば、ここは魂だけの世界。
魂が傷つけられたりしない限り肉体に影響はでない、とのこと。
「だからお腹が空いたり寝る必要もないってのはなんだか不思議な感じよね」
リィンが隣に座る狼人族の少女に話かける。
「もう慣れた」
短く返信したのはフリー。
全く瓜二つの姿をした狼人族の少女が2人、そこに座っている。
「フリーにこうして話かけるのも、ね」
「そっちももう慣れた」
「変わらないなぁ、フリーは」
そういって笑うリィン。
少女らしい、屈託のない笑みを浮かべる。
対して、まったく同じ顔でありながら表情に変化らしい変化を見せないフリー。
こうしてみると、双子だと言われたら信じるだろう。
だが実際は違う。
イシスの力により、2人の魂は分離させられたのだ。
「結局、なんで私たちが一緒になったのかはわからないけど、魂を分離しちゃうっていうイシスの力もすごいよね」
「ネフティスの力も相当強い。いや、もうあたしたちのいう強さっていう基準では測れない」
「だよねぇ~……」
ここ数日で2人は身をもって体感した。
2人の力を。
そう、身をもって体感したのだ……。
リィンはイシスから魔法を。
フリーはネフティスから体術を。
それぞれ学んでいた。
そのために、2人が一つの体に入っていると不便だから分離したのだ。
ただそのためだけにこともなげに分離してしまうイシスの力。
冥府の中で、という限定的なものであるということを差し引いても、自分たちではなにをどうしたのか全くわからない。
「冥府の守護を任されているのだから当然」
「さすがにびっくりしたよね。まぁ、明らかにここは普通の場所じゃないし?死んだのかなとは思っていたけど」
「純粋に死んだって言われた方がまだわかりやすかった」
―――あの日。
はじめて2人がイシスとネフティスにあった日。
それがいつの話なのかもうわからないが、あの日にされた話は鮮明に覚えている。
ここは冥府という場所で、死んだものの魂が集まる場所。
荘厳な神殿の中に案内され、まずはじめに2人に聞いたことがここの場所。
その答えが、冥府。
死んだものの魂が集まる場所。
「なら、私たちは死んだってこと?」
「いえ、あなた方は特殊な事情でここにいます」
「特殊な事情?」
「そう、それだよ。一人の獣人の体に、二つの魂が入っているなんてこれまで前例がなかったことだからね。私たちも興味津々ってわけ」
「なら、あなたたちでもこうなった原因はわからないってこと?」
リィンが聞くと、イシスは難しい顔をして、ネフティスは苦笑いを浮かべる。
「わかってはいないけれど、心当たりはある、という感じですね」
「なんか曖昧だね。どういうこと?」
イシスとネフティスは一瞬だけ視線を交わし、
「神の干渉」
「そして魂を操るもの」
2人の言葉に力が宿る。
「神の干渉と、魂を操るもの……?それって同じじゃないの?」
魂を操るなんて所業、それこそ神にしかできないことだろう。
「ていうか、神っているんだね」
「神というか、神族ですね。何万、何億年前という時代に生まれたものたちのことです」
「人間たちの祖にして神。それはまだ人間という種が確立されてもいない時代に、『人間』を作り出したものたち」
「それらを、私たちは神族と呼んでいます。人間の中でも獣人、竜人、魔人と別れているでしょう?そんな感じですよ」
「あなたたちは私たちでいうところの神、ではないの?」
「私とお姉ちゃんは違うよ!ただこの冥府を守護しているだけ。王国の兵士みたいなものだね」
「守っているもののレベルが違うような気がするけど」
「似たようなものだよ。生まれた場所がここかそうでないかっていう違いしかないからね」
「なら、冥府の主っていうオシリスが神様ってこと?」
問いかけに、少しだけイシスは考えて、
「そうですね、オシリス様はあなた方でいうところの神、と考えて間違いないでしょう」
「そのオシリス様が私たちに会いたがっているってこと?」
「会いたがっているというか、興味だね!さっきも言ったけど、一つの肉体に二つの魂なんてかなり稀有な例だし」
「なら、魂を操るものっていうのは?」
問うと、イシスの表情が少しだけ険しくなる。
「そちらは……私たちも困っている問題ですね」
「魂を操る力をもった人間が、あなたたちの世界にいるって感じかな」
「え、人間なのそれ?」
異世界転生チートは基本だけど、さすがに魂を操るみたいな力をもつものはもう人間って呼べない気がする。
「そうですね……もう人間とは呼べないかもしれません。神の呪いをうけ、何万年という永遠を過ごした生きる亡霊」
リィンの考えていることを読んだかのように、イシスが答える。
「生きる亡霊ってめっちゃ矛盾してるじゃん」
「あなたたち人間の感覚でいうとそうかもね」
リィンの突っ込みに、今度はネフティスがおかしそうに答える。
こうしてみると、2人はよく似ているけど性格は全然違う。
なんとなく、自分たちみたいだなとリィンは思った。
「その生きる亡霊って人が、あたしの体にリィンの魂を入れた?」
「今のところ、推測でしかないですけど……それが一番有力です。ですが、なぜ彼女がそうしたのかはわからない」
「直接聞いてみるしかないってことか」
リィンが軽い口調で答えると、イシスとネフティスが軽く驚き、そして笑った。
「怖いもの知らずというかなんというか」
「私は好きだよ、リィンちゃんみたいな子」
「どうもどうも」
仮にも冥府の守護者という存在に褒められて、悪い気はしないがなぜ褒められたのかわからない。
『普通魂を操る者なんてものと直接会いたいっていう人はいない。そういうことじゃない?』
私が豪胆に過ぎるってことか。まいったな。
『というかなにも考えてないだけ』
いま私のこと馬鹿にした?
「それで、あたしたちをここに連れてきてどうするつもり?」
『あ、ごまかした!』
「そうですね……どうするかどうかはオシリス様次第ですけど……」
「ですけど?」
なんとも歯切れが悪いイシス。
「オシリス様も普段は忙しいからね。つぎいつ会えるかわからないの」
「何日か後ってこと?」
フリーが問いかけると、今度は2人とも困ったような笑みを浮かべる。
「ここでは時間の概念なんてないからね~」
「あなたたちでいうところの、何年かもしれないし、何十年かもしれないし」
「えーそれは困るな~……」
「とはいえ、時間の流れそのものも現世とは違うから、こっちの1日が現世の1時間っていうこともあるよ?」
「精神と時の部屋じゃん」
(まぁ、逆に、ここでの一秒が一年の可能性もあるわけですけど……)
はしゃぐリィンの耳に、イシスの不吉の呟きは届かない。
急に黙ってしまったリィンだが、おそらくフリーと会話しているのだろう。
無言で表情がコロコロと変わっている。
現世のものが見たら不審に思うだろうが、ここでそのことを不審に思うものなどいない。
リィン、そしてフリーと変わっている時、魂の輝きがめまぐるしく変化していた。
おもしろい、とイシスは思う。
単純に、一つの身体に二つの魂を入れてもこうはならないはずだ。
いくら、神の如き力を得た亡霊でも、そんなことはできない。
ならば、一体なぜフリーとリィンはなんの問題もなく存在できているのか。
イシスの両目が、ほんのり青く輝く。
瞳の周囲に小さく広がる魔法術式。
青い瞳が、リィンの姿を映す。
「私はその人の魂から、ある程度断片的にどんな生き方をしてきたかわかりますが」
二つの魂を読み取りイシスが得た情報。
これまでの二人がどのような生き方をしてきたのか。
二人とも魂に大きな傷を負っている。
それは、もう二度と癒えることがないかもしれない大きな傷。
普通ならばもう何十回も死んでいる。
だが二人は、そのたびに力を合わせて乗り越えてきた。
奇跡に奇跡が重なり、二人はいまこうして私たちの前に立って笑っている。
「魂が二つになったことを除いても、フリーはだいぶ大変な人生を歩んできたみたいですね」
「大変……かどうか自分ではわからない。あたしは生まれた時から奴隷だったから」
一瞬、奥底に眠っていたフリーの記憶が蘇る。
生れ落ちたその時から、奴隷として育てられてきた記憶が。
「あなたまだ10年ぐらいしか生きてないでしょうに……ずいぶんと達観していますね」
「わからない。でも、あたしにはこれが普通だから」
「それを達観してるっていうんだけどね……」
同情しているわけではないが、イシスは少しだけ悲しそうに瞳を伏せ、ネフティスはあきれたように笑う。
『え、ていうかちょっと待って』
フリーとイシス、ネフティスの話を静かに聞いていたリィンが待ったの声を上げる。
『フリーって、10歳ぐらいなの?』
正確にはわからないけど、多分それぐらい。
『小学生じゃん』
しょうがくせいがなにかわからないけど、なんとなく馬鹿にされたような気がする。
『勝手に16,7歳ぐらいかなって思ってた』
まだそこまで生きてない、と思う。
「なにか喋ってるの?」
「リィンがあたしのこと16,7歳ぐらいだと思っていたって驚いてる」
「ああ、そういうことですか。確かに、人間から見たらそう見えるかもしれませんね」
「人間から見たらってどういうこと?」
「地球にいたリィンならわかるでしょ?人間の10年と犬の10年は違う」
「なるほど……?え、ってことはフリーの、というか獣人族の寿命って人間より短いの?」
「そういうことです。魔獣の身体能力やその他特性を受け継いでいる代わりに、寿命も同じく短いという感じですね」
「そうなんだ……」
「でも、リィンたちの場合、もう普通の獣人とは言えないからどうだろうね?寿命とかあるのかな?」
「そこまで人間離れした覚えはないんですけど……」
たしかに死にかけるようなことは何度もあったが死んでも平気なわけではない。
死なないわけでもない。
寿命というものはさすがにあるだろう、と思う。
「あはは、普通の人間ならここでそんなに形を保てないよ」
そんなリィンの呟きを、ネフティスが笑い飛ばす。
「あなたたちもみたはずです。冥府のあちらこちらに漂う魂を」
「漂う魂……?」
そんなの見たかな?
『きっとあの光』
「ああ~なんかカラフルな光のこと?光源としては全く役に立たないあれ」
「そうです。あれが、ここ冥府に送られてきた魂たち」
「普通の人間は死んで魂だけの存在になったらここにきて、あんな感じで漂っているんだよ」
「はぁ~ん?……ならなぜ私は人間の体を」
『獣人』
あ、はい……。
「獣人の体を保っているの?」
再び、イシスとネフティスが一瞬、顔を見合わせる。
困ったような、微妙な表情だったがなんとなく「どこまで喋ったらいいのか」を考えているような視線にも感じた。
「おそらくですけど、まずあなたたちをここに送ったものがいますね?」
「空からずっと監視してたやつ!なんか用があるのかなと思って町をでたらいきなり襲ってきてなにされたかわからないまま気がついたらここにいたっていう感じ」
いま思い出しても腹が立つ!今度あったら絶対に一発は殴る!
「そのものはおそらく冥府の使者ノクス。あなたがたは、ノクスにこの冥府へと案内されたのでしょう」
「なんで?」
「理由ははっきりとはわかりません。ですが、なんらかの意図があってここによこしたのは明白です」
「あ、ならそのノクスって人は魔人なの?」
「魔人は、魔に魅入られた人間の末路。彼は原初の魔人、ともいうべき存在。魔人族、いえ、いまはもう魔族と呼ばれているものたちです」
「原初の、魔人……?」
「ええ、あなたたちの星には多様な種族がいますね。人間や獣人など。その一種というべき存在ですよ」
「じゃあ魔人族は別に悪い奴らじゃないってこと?」
「そうですね。彼らはただ魔法に魅入られ、魔法を極めただけの存在ですから」
「魔法を極める……なんか、かっこいい。な、なら、私たちがいってる魔人っていうのはなんなの?」
「あいつらはねー魔族に憧れて、自らの体に無理やり魔素を注入して生まれた人造の魔族。無理に体の魔素量をあげたものだからどこか欠点抱えているでしょ?」
「欠点っていうか、なんか変なやつが多かったし碌なやつがいなかった」
「そう。当然精神はほぼ崩壊しちゃうし、力は得られるかもしれないけど、過ぎた力は身を亡ぼす。ほら、風船に空気いっぱいいれたら耐えきれなくなって破裂するでしょ?そんな感じ」
いまいち例えがわかりにくいが、なんとなくわかる。
「じゃあ、魔人って放っておいても勝手に死ぬの?」
「それがねぇ、ここが人族の恐いところなんだけど、人族って寿命が短いからゆっくり何十年、何百年も研究できないでしょ?だからめっちゃ考えるし、めっちゃ実験もする。当然、はじめは失敗の方が多いけど改善、改良を重ねてどんどん良くして……ついにはほぼ完全な人工魔族を生み出しちゃったんだよね」
聖都クラウディアにいた魔人。
あいつらは確かに碌なやつらではなかったが失敗作という感じでもなかった。
「話を戻しますが……ノクスが勝手にあなた方を冥府に送るとは考えにくい。だったら、誰かの命令で送ってきたと考えるのが自然です」
「もうわから~ん……冥府の神様に、魂を操る亡霊に、冥府の使者?みんな揃って私たちをどうしたいわけ?」
「それは……残念ながら私たちにもわかりません」
「オシリス様ならご存じだと思うから、直接聞くしかないね。ここだと生命活動に必要なものなんかないからさ。気長に待ってなよ、ね?」
ミミたちことも心配だけど……どうすることもできないもんね?
『しょうがない。あたしたちにできる範囲を超えている』
神様が出てきちゃったらねぇ?
なにかすっきりしないが、しょうがないかぁとすべてを受け入れ、机に突っ伏すリィン。
だからこそ、気づけなかった。
イシスとネフティスが、ほのかに光る瞳で、自分たちを見ていたことに。
そんな話合いを経て、自分たちはなにをするわけでもなく冥府の生活を満喫していた。
で、興味本位でイシスとネフティスの役割というものを見学しにいき―――
リィンは煤となった。
フリー「精神と時の部屋ってなに?」
リィン「その部屋の中で過ごす1年が、部屋の外だと1日とか1時間だとかなんかそういう時間の流れが違う部屋のことだよ。そこで修行して、強くなるの」
フリー「なら私たちもここで強くなるの?」
リィン「それはわかんないけど……」
みたいなやりとりをしていました。




