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幾千の死、その始まり

―――光となった塵が冥府の闇へと上がっていき……。



残されたのは紫色の球。


まるで火の玉のようにゆらゆらと揺らめき、闇の中に消えていった塵が紫の球を中心に集まってくる。

やがてそれらは2人の獣人の姿となる。

まったく同じ姿をした、2人の狼人族。

2人は音もなく地面に降り立ち、1人は立ったまま。

もう1人は地面に尻もちをつく。


「あ~……また負けちゃったかー!」


悔しそうに、でもどこか楽しそうに尻もちをついた方が笑う。


「負けとかいうレベルじゃない。手も足もでていない」


立ったままの狼人族は、いましがた腕を切り落とされ、焼かれたとは思えないほど無表情に言う。


「いやいやそんなことないよ?はじめなんて1秒も経たずに消滅していたのに、いまは数分持ちこたえてるでしょ?大したもんだよ!」


ふわりと、炎の翼を羽ばたかせて降り立つは冥府の守護者であるネフティス。


「そうですね。リィンの術式もかなりましになりました」


その横に、静かに佇むのは同じ冥府の守護者であるイシス。


「かなりまし……あれでもかなり頑張ったんだけどな……」


自分的にはましどころではない。全力も全力だ。いまこうして思い出してみても頭が痛くなる。


「神聖魔術の、しかも上位魔法を発動させたのです。しかもあんな中途半端な術式で。それは頭も痛くなるというものです。そもそも、まだ下位の術式ですら完璧ではないのに。言いましたよね?感覚で、イメージの力だけを頼りに魔法を発動させるなと。そんな適当に発動するなんて、これまで長い時間をかけて魔法術式を構築してきた過去の魔導士たちに対する侮蔑ですよ?」


イシスが笑顔で畳みかける。


あれ?おかしいな……笑っているはずなのになんだか気温が下がったような。

体が、いや魂が震える。

この数日間で骨身に刻まれたからだ。

イシスの怖さ、強さ、そして魔法に対する想いに。


「あ、あはは……いやほら私って術式理解していなくても発動できちゃう天才型だから……」


「………………」


温度が、さらに下がったような気がする。


「もう一度、冥府の檻に入りますか?」


イシスの周囲に、青白い結晶が無数に浮かび上がる。


「冥牢―――」

「わぁー!!!嘘嘘ごめんなさい!ちゃんと勉強しますぅぅぅ~!!!」


あれだけはもう絶対に食らいたくない!

そんな思いから、イシスの足元にまるで土下座せんばかりに縋りつく。


「……わかればいいのです。では、いまからみっちり叩き込みましょうか」

「あ、あはは……何時間ぐらい?」

「さぁ?ここは、時間の概念なんてありませんので。あなたが理解するまで、でしょうか」


絶対零度の微笑み。

断ることも、抗うこともできはしない。


なぜなら、イシスには逆らえないと魂が屈服してしまっているから……。


「じゃあね、フリー……生きていたらまた会おうね……」


首根っこを掴まれて、神殿の方へと引っ張っていかれるリィン。

それを変わらぬ無表情で見送ったフリー。


「全く同じ外見しているのにさ、中身は全然違うよねぇ?」


同じく、リィンに手を振っていたネフティスが笑いながら言う。


「それはそう。一緒の体を使っているだけで、リィンは別の人間だから」

「そうだねぇ。ほんと、不思議だよね」


白々しい、とフリーは思った。

本当は、きっとわかっている。

ネフティスも、イシスも。

あたしたちがこうなった元凶を。

でも、伝えようとしない。伝えても意味がないと思っているのか。


それとも……。


「知りたかったら、私から一本取ってみなさい?」


チリ、と闇が焼けたような匂いがした。


橙色の火の粉が、ほんのりと周囲を照らす。


「お姉ちゃんも言ってたけど、ここは冥府。時間の概念なんかないからね」


ネフティスの周囲を舞っていた火の粉が集まり、双剣となる。


「どうする?まだ続ける?」


不敵に笑うネフティスに。


「当然」


不敵に笑い返すフリー。

フリーの両手には紫色の光が集まり、双剣となる。


「さぁ、あと何百回死ぬかな?」


フリーとネフティスは再び激突する。

2人を中心に爆炎が広がり、熱気と衝撃が駆け抜けていく。



「あ~またはじまった~」


神殿の中に連れ込まれたリィンは、魔導書をめくる手を少しだけ止めて窓の外から2人の戦いを見る。


「いいな~あっちは。実践ばっかりで」

「実践がお望みなら、それでもかまいませんが?」

「私お勉強だ~い好き!」


慌てて本をめくろうとして、その手が止まる。

いや正確には止められていた。


本だけ正確に避けて、リィンの手だけが凍っている。


「ひぇ……」


手が冷えてるだけにね、ってバカ。


「リィンのイメージ力は大したものです。日本の漫画、アニメ、ゲームは本当によくできていると思いますよ。魔法もない世界で、これだけのイメージ力を身につけさせられることができるのですから」


「あ、どうもどうも……」


わかっている。

褒められていないことぐらい。

だってこのやりとりはもう何十回としてきたから。


なんなら、これが原因でブチ切れられたからこそいまのお勉強があるわけで…………。



―――それは、神殿に案内され、イシスとネフティスの話を聞いてから数日後(体感)のことだった。



きっかけは、イシスが使う魔法をリィンが見た時。


冥府の守護者たる2人の役割は、魂を喰らう魔物、魔獣の排除。


冥府とは、死んだものの魂が集まってくる最後の場所。


死んだものはみな、ここで転生を待つこととなるが中には魂を喰らうものに喰われたりする。

冥府で魂を喰われたものは輪廻から外れ、永劫に転生することができなくなる。

それを防ぐために、魂を守るためにイシス、ネフティスの2人がいる。


冥府にきてどれぐらいが経ったのか。

ここでは時間感覚がないので全くわからない。

毎日毎日ひまを持て余していたリィンは、魔獣の排除にいくというイシスに頼み込んでついていった。


そこで見たのが、イシスが使う冥府の魔法。


すなわち、冥術。


冥府の底知れぬ闇を操り、魔獣を捕え、闇に呑み込んでしまう。


どんな魔法なのか、リィンにはさっぱりわからなかった。


「すごいね、いまの魔法!全然なにが起こっているのかわからなかったよ!」


そして好奇心で、発動させてみようと思った。


闇が、こう、うねうねと蠢くイメージ……って、そんなのイメージしきれない!


結果、魔法は不発。


フリーは、「リィンが魔法の発動に失敗するなんて、珍しいな」ぐらいにしか思わなかったが……。


「あなた、ちょっと魔法を発動させてみて。使うものはなんでもいいわ。あなたが一番得意な魔法で」


それはほんの僅かな違和感。

気づいたものは、ネフティスだけだった。


「あ~……ちょっとまずいかも」


ぽつりとつぶやかれた言葉は、リィンにもフリーにも届かない。


「ん?いいよ!じゃあねぇ、私が好きなこれ!―――ファイヤ~ボ~~~ル!!」


相変わらず気の抜ける詠唱。というか、詠唱していないようなもの。

いつものことなフリーはそう思っただけ。


だが、リィンの魔法を見たイシスは朗らかに微笑み、一歩一歩リィンに歩み寄る。


「え?あの、イシス、さん……?」


無言の迫力。

表情こそいつもと変わらぬ微笑だが、目が全く笑っていない。

なにがかはわからないが、イシスから感じる圧を感じ取ったリィンは無意識のうちに一歩下がる。


「あ~あ、やっちゃった」


ネフティスがご愁傷様、と手を合わせる。


「……って……ない…………」


静かに歩み寄ってきたイシスが、がしっとリィンの両肩を掴む。


「え?」


呟かれた言葉が聞き取れず、聞き返したリィン。



だがその瞬間、ずっと知的な感じで静かに佇んでいた女性がくわっと両目を見開き、リィンの驚いた顔を瞳に映して―――



「術式展開が全然なってないのよ!!」



イシスの、心からの叫びが冥府の深い闇へと飲み込まれていく。



「なんなのあなた!その幼稚な魔法の発動は!どうせ地球のアニメだが漫画だかの知識で適当にイメージだけで発動させているでしょ!これだから転生者っていうのは厄介なのよ!ちゃんとその世界での在り方、魔力の感じ方、操作、術式!そういう過程をすっ飛ばしてただただイメージだけのなんとなくで魔法を発動させる!そんな魔法が通用すると思ってるの!?赤ちゃんでももっとましな火球を撃つわよ!炎の術式はこう!よく見なさい!……見た?見たわね!綺麗でしょ?美しいでしょ?これが、この世界の魔法術式の基礎よ!遠い遠い過去に、はじめて人類は魔法を発動させた。その理屈を考えて、術式を何度も何度も書き換えていまの火球がある!」


一息で一気にしゃべるイシス。

ただ茫然と言葉を聞くリィン。

やっぱりこうなったか~と頭を抱えるネフティス。


言葉通り、リィンの火球とは比べ物にならないほど大きくて、綺麗な火球が―――


「え?」

『え?』


一瞬でリィンの体を焼き尽くして、煤にした。


フリーとリィン。

冥府にきてこれがはじめて死に体験だった―――。

リィン「エピソードタイトル不穏すぎない……?」

フリー「でもリィンって一回死んでるから始まりじゃない」

リィン「つっこむべきところはそこじゃないなぁ」

フリー「これから何度リィンが死ぬことになるのか。こうご期待」

リィン「私が死ぬってことはフリーも死ぬってことだよ……?」

フリー「それはどうかな」

リィン「え……?まさか……!」

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