外伝4#後悔~ハロウィンの呪い
ハロウィン短編。結婚後の一幕。
ディルと居ることに後悔するなんてのは、ほぼ毎日のことだ。
だから、これもいつものことだ。
目が覚めたら、ピンクのウサギのぬいぐるみなんてものになっているのも。
(って、納得できるかーっ!)
ソファーで気持ちよく俺を抱えてうたた寝するディルの鳩尾に拳を当てるが、柔らかなぬいぐるみの手ではまったくダメージを与えられず、ポスポスと気の抜けた音だけが返ってくる。
どうしたものか、と俺はぐるりと室内に視線を巡らせた。
その視界にテーブルの上の飲みかけの紅茶のカップを捉える。
俺は一つ頷き、テーブルへと飛び乗った。
それから、紅茶のカップを持ち上げーー。
(うう…、重い…っ)
持ちにくい上に、やけに重い。
ただの紅茶のカップだというのに。
「喉が渇いたのかい、リンカ」
(違うわっ!)
声に出せずとも反射的に振り返って突っ込んだ俺は、自分を愛おしげに見下ろすブルーアイとまともに目を合わせていた。
ディルはいつのまにか起きていたらしい。
(おはよ、ディル)
声が出せないため、手を上げて挨拶すると、その手を掴んで、すぐに抱き寄せられる。
「今度の呪いはまた可愛らしいねぇ。
でも、リンカの愛らしい声が聞こえないのは減点だ」
力ある言葉を唱えて、軽く口を合わせられる。
顔は笑顔だけれど、心なしか怒っているように感じた。
「…ディル…?」
ぬいぐるみの身体から俺の声が出てくる。
どうやら、声を出せるようにしてくれたらしい。
呪いをかけられるのは初めてではない。
この城の来てからはひと月に一度ぐらいの割合でくるイベントみたいなもので、大概が害の少ないものばかりだ。
それに、大半はディルか西の魔女が解いてくれる。
「今回はちょっと厄介なのが絡んでいるみたいなんです。
だから、直接呪いをかけたやつに挨拶にいかないとならないというわけで」
「ディルが直接出るのか?」
「そうなります」
いつもならついていくといいたいところだが、今の俺には攻撃力がないようだ。
まったく戦力にならないどころか、完全にディルの足手まといになることは必死で。
役立たずな自分に項垂れる。
そんな俺の頭を優しく撫でるディルを見上げると、いつも俺を甘やかす蕩けそうな眼差しで、俺を見ていて。
「その姿もとても愛らしいですが、やはり感触が物足りないですからね」
「か、か、感触…っ!?」
何を言い出すんだと顔中に熱が集まった俺に、いつものようにディルが口付けて、でも直ぐに離れる。
その顔は両眉を下げ、口まで曲げて、実に不満そうだ。
「せめて、感触も残しておいて欲しかった…っ」
泣きそうな顔でわけのわからないことを嘆くディルの頭を叩いて抗議する。
しかし、やはり綿の詰まっただけのぬいぐるみの手では、ぽすぽすという気の抜けた音しか返ってこなかった。
「ディル、調べがついた…っ」
「リンちゃんが面白いことのなってるって聞いたんだけど!!!」
唐突に部屋のドアが開かれ、飛び込んできたシャルダン様を押しのけるように、サフラン姫が現れた。
本日は薄紫の淡いドレスに身を包んでいる。
腰元と髪を飾る紅色のリボンがアクセントになって、実に可愛らしい装いだ。
「きゃぁぁぁぁぁっ」
気がつけば、俺は姫の手に捕まり、ガクガクと揺すられていた。
「可愛い可愛い可愛いっ!
ディル、ちょーだい!!」
「ダメ」
ディルの手元に戻る前に、俺はぐったりと死にかけていた。
頭がグラグラする。
「うふふ、冗談よぉ。
ディルってば、ほーんと、リンちゃんが大好きなのねぇ。
ま、わかるけど」
ディルの手で優しく撫でられながら、一緒にソファーに座る。
シャルダン様とサフラン姫も向かいに座り、いつのまにか控えていたカークが三人分の紅茶を淹れる。
「で、今回の要求と目的は?」
まず口を開いたのはディルだ。
いつものことではあるのだけど、いつにない焦った様子に俺も他の二人も首を傾げる。
「どうしたの、ディル。
こんなのいつものことじゃない。
リンちゃんの命に関わることでないなら、そんなに焦ることじゃないでしょ」
いつものゲームと同じでしょうとサフラン姫がいう言葉に、俺も頷く。
確かに呪いは重大だが、死ぬほどのものではないなら問題はないはずだ。
だが、ディルは俺を抱えたまま曖昧に笑って、理由を口にしようとはしない。
(もしかして、この呪い、けっこうヤバイのか?)
俺が不安に思ってディルを見上げると、やはり笑顔で頭を撫でて、誤魔化された。
結果的に、呪いは全然大したことはなかった。
じゃあ、ディルのあの不安を煽る焦燥は何だったのかというと。
「今日は、僕とリンカが初めて出会って、丁度一年なんです」
大真面目にそう曰った。
「だから、僕がサプライズを用意していたというのに、先を越されてがっかりですよ!」
「先を、越されて…?」
「そうです!
丁度ハロウィンも近いし、リンカに素敵なウサギの耳と尻尾をプレゼントして驚かそうとしていたというのに、よりにもよってぬいぐるみなんですよっ。
どうせなら、バニーガールとか色々あるでしょうに!!!」
ほぼ元の姿に戻っていた俺は、拳を握りしめ、小さく震える。
ちなみに今身につけているのは、サフラン姫が用意した薄い青のドレスで、髪は装飾をつけることなく梳かしただけだ。
まだ長さは肩口にも届かないで、耳元でふわふわと揺れている。
「そんなくだらねぇ理由で、これ、か?」
そして、俺の頭にはピンと真っ直ぐに伸びた二本の白い兎耳が揺れていて。
「くだらなくなんてないです。
本当に可愛いですよ、リンカ」
ごく自然に伸びてきた腕が俺を抱き寄せ、額に、まぶたに、頬にと口付ける。
だが、こんなことで誤魔化されると思っているのか。
「ディル、今直ぐに」
俺が拳を震わせ怒りを抑えているというのに、ディルの手は不埒にも俺の腰元をさまよいだし。
「それでちゃんと尻尾もついてますよね?」
「っ」
魔法で付けられたうさぎの尻尾を触られた瞬間、俺は瞬時にディルを蹴ろうとしたのだが、あっさりと足ごと抑えこまれて、ベッドに押し倒されていた。
いや待て待て、これは良くない展開しか見えなーー。
「心配するな、明日には消えるし、後遺症もない」
「っ、や…ぁ…っ」
その夜、ディルの気が済むまで俺が散々に弄ばれたのは、語るまでもないだろう。
俺は毎日ディルと共にいることを選んだ自分を後悔する。
でも、何故かディルを許してしまうのは、おそらくは毎日ディルに愛されていることを実感するからかもしれない。
翌朝、ちゃんと兎耳も兎尻尾もなくなり、うさぎのぬいぐるみでもない俺の姿に、姫が非常に残念がっていたが。
ーーその腕にぬいぐるみ用と思える衣装があった気がするのは、きっと俺の幻覚に違いない。