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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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22

夜更かししたせいか、翌日イヴェットが目覚めた時には日がすでに空高く昇り、南の空に移動しつつあった。普段早起きなイヴェットにとっては完全な寝坊である。


だが、自分と一緒にベッドを使ったシルヴィも、カウチでブランケットにくるまっているアリーヌも、まだすやすやと眠っていて起きる気配がない。


眠っている彼女たちを見ながら昨晩の楽しい時間を思い出し、イヴェットの顔がふいにゆるんだ。


イヴェットは彼女たちを起こさないよう注意しながら寝室から出た。そして居間に入って自分付きの女官アレクシアを呼び、お茶の準備を頼んだ。


ほどなくして自分の部屋に届けられた茶器でお茶を淹れると、イヴェットはまず香りを楽しんでからお茶を口に運んだ。お茶の熱が全身に広がって、彼女の気持ちを和ませた。イヴェットは無意識のうちにほうっと一つ息をついた。


手に持ったカップの中の褐色の液体に目を落としながら、彼女は昨日のお茶の時間のことを思い出した。スヴェンに手を握られた時の彼の手のぬくもりや力強さがイヴェットの記憶の中でよみがえり、彼女の脈が速くなり、頬がかっと熱を持った。


イヴェットは急いでカップをテーブルの上に置き、熱くなった頬を両手で押さえた。


いけないわ……。


彼女の中の理性がイヴェットに警告する。


イヴェットは自分でも納得した上で、一度だけスヴェンに機会を与えることにした。それは彼女自身が導き出した決断だったから、今のところ後悔はしていないし、今後どんな結果になっても後悔だけはしたくない。


その代わり、イヴェットは覚悟を決めた。自分は再び彼に同じ目に遭わされるかもしれないという前提を捨てないことと、自分の心全てを彼に明け渡さないことを彼女は自分に誓った。彼はもう一度自分を裏切るかもしれない。その時には以前のように自分でもどうしようもできないほど取り乱したり、周囲に多大な迷惑をかけたりしたくない。


だからイヴェットは、今この瞬間も、本当は彼を心の底から信じたいし、彼を疑うなんてことはしたくないけれど、彼を完全に信用しないように努めている。ひとかけらでいいから、最低限の冷静さはいついかなる時にも残しておきたい。そうでなければ、もしもう一度悲しい現実が起こってしまった時、イヴェットは彼を許すと決めた自らの選択を後悔してしまうだろう。


スヴェンと同じ場にいなければ、イヴェットは何とかかろうじて冷静さを保つことができる。自分自身に課した誓いや覚悟を忘れることはない。


ところが、スヴェンと同じ空間にいたり、昨日のように触れられたりすると、イヴェットの意識は全部彼に向かってしまって、彼以外のことはどんどん自分の内側から外側へと押しやられてしまうのだ。


このままでは、甘い現実の誘惑に負けて、彼のことを信じきり、そして自分の心全てを彼に捧げてしまいそうだ。そしてたちの悪いことに、イヴェットの感情はスヴェンのほうへと引っ張られ、自発的に彼に自分の全てを預けたいとさえ思っている。理性は感情に押し流されまいと必死で踏み留まろうとしているのに、感情のほうはむしろ情熱のままに流されることを願っている。


イヴェットの内部で生じた二つの勢力の対立は、彼女の心の湖面を常に波立たせている。


いけないわ、もっと冷静にならなければ……。


イヴェットは自分自身をたしなめようとした。


ところが、そうしようとすればするほど、彼女は自分自身と向き合わなければならない、どうしようもなく浮かれて、今にも恋に溺れてしまいそうな自分自身と。自分を見失いそうなくらい彼の虜になってしまうかもしれない自分自身が、イヴェットは恐ろしかった。


イヴェットは頬にやっていた手を下ろし、代わりに自分の体をかき抱いた。


すると


「寒いの?」


とどこからともなく声が聞こえてきて、イヴェットははっと我に返った。


慌てて顔を上げたところ、寝室と居間を繋ぐドアのところに眠そうなアリーヌが立っていた。


「アリーヌお義姉様!」


イヴェットはばっと立ち上がった。


「おはよう、イヴェット」


アリーヌはこらえられなかったあくびを隠すように口を手で覆いながら、イヴェットの向かいのソファに腰を下ろした。


「おはようございます」


律儀に一礼してから、イヴェットも再び座った。


「お茶をいかがですか?」


アリーヌはもう一度あくびをして


「いいわね。もしポットの中に残っているぶんがあったら飲みたいわ」


と答え、その後でうーんと大きく背伸びした。


「でも……ずいぶん濃くなってしまっていますが……」


侍女を呼んで新しいポットとお湯を持ってきてもらうつもりだったイヴェットはポットの蓋を開けて中を覗いた。予想どおり、ポットの中の液体は濃いこげ茶色をしていた。


「いいのよ。濃いお茶が好きだし、わざわざまたお湯を用意してもらうのも悪いし」


「そうですか……?」


迷いつつも、本人がそう言っているので、イヴェットは未使用のカップにお茶を注いだ。


「もしぬるかったり渋くなったりしていたら、淹れ直しますから」


と告げながら、イヴェットはカップをアリーヌに渡した。


アリーヌは躊躇なくお茶を一口飲み、


「起きぬけにはこれくらい濃いほうがちょうどいいわ」


と笑った。


イヴェットも微笑みつつ、すっかりぬるくなってしまった自分のお茶を飲んだ。


「シルヴィはまだ眠っていますか?」


「ええ。起きるまで寝かせてあげましょうよ。別に出かける用事はないのでしょう?」


「そうですね」


アリーヌとイヴェットがそんなことを話していたまさにその時、奥からシルヴィが登場した。


「おはよう……」


今にも再び寝入ってしまいそうな眠たげなまぶたをこすったシルヴィは、ふらふらとした足取りでイヴェットが座っているソファにどかっと倒れ込んだ。


「ねむ……」


「シルヴィ、アリーヌお義姉様の前なのよ……?」


アリーヌの手前恥ずかしいと思ったのだろうか、イヴェットは申し訳なさそうな目をしてアリーヌをちらちらと見ながらシルヴィの体を軽く揺さぶった。


「大丈夫よ~、アリーヌは気にしないもの~」


シルヴィの言葉に、アリーヌはくすっと笑った。


「確かに。私も家ではこんな感じだもの」


アリーヌの言葉で目が覚めたのか、シルヴィの目がようやくぱっちりと開いた。


「やっぱりそうよね。自分の家にいる時くらい、好きにだらだらしたいわ」


シルヴィは横たえていた体を起こし、


「姉上、私にもお茶~」


とイヴェットに甘えた。


イヴェットは一瞬妹をたしなめようかと思ったのだが、あまり口うるさくするとかえってシルヴィの反発を招くかもしれないとも思い、また、こうやって家族に甘えられることが実は嬉しかったこともあって、


「ええ、分かったわ」


といそいそと新しいカップを取り出し、ポットを傾けた。


一口飲むと同時にシルヴィは顔を盛大にしかめた。


「うわっ! 何よ、これ!? こんな渋いお茶、苦くて飲めないわ」


シルヴィはカップをテーブルの上に戻して舌を出した。


「そう? 私はこれくらい濃いほうが好きだけれど」


「アリーヌ、まさか、味覚が鈍いの?」


「シルヴィ!! アリーヌお義姉様に何てことを言うの!?」


さすがに今回は看過できず、イヴェットは妹がアリーヌの気分を害したのではないかとはらはらしながら妹をたしなめた。


ところが、イヴェットは他の家族と比べても話す速度がゆっくりな上に、性格もおっとりしているので、シルヴィにとっては何の迫力もなかった。


「……そうかしら? 私の舌がおかしいのかしら?」


アリーヌは全く怒った様子ではなかったため、イヴェットはとりあえずほっとした。


「ねえ、姉上、お茶を淹れ直して~」


妹にそうねだられたイヴェットは、さすがにこれ以上シルヴィを甘やかしてはいけないと思い、今度は妹の要望に従わなかった。


「お食事の時にね。もうお昼に近い時間になってしまったわね。お部屋に戻って着替えて、それから食堂で会いましょう?」


イヴェットがそう提案すると、シルヴィはしぶしぶ


「分かったわよ」


と返事をして立ち上がった。


アリーヌもカップを勢いよく傾けてお茶を飲み干してから立ち上がった。


「私もお部屋に戻るわね。じゃあ、また後で」


シルヴィとアリーヌが連れ立って出ていったので、一人になったイヴェットも食堂へ行くための準備に取りかかった。


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