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三人の女性たちはそれぞれ身だしなみを整えた後で食堂に向かった。三人ともほぼ同時に食堂にやって来たが、三人の中でも一番早かったのはシルヴィ、その次がイヴェットで、一番最後がアリーヌだった。
イヴェットが食堂に入った時、そこにはシルヴィとラザールがいた。
「お兄様」
おはようございます、と言いかけて、イヴェットは口をつぐんだ。そう挨拶するには遅すぎた。
「お前が寝坊なんて珍しいな」
自分の席に着きながら、イヴェットは苦笑いした。
「夕べはシルヴィとアリーヌお義姉様と遅くまで話し込んでしまって……」
「すっごく楽しかったわ!」
機嫌のよさそうな妹たちを見ていると、ラザールも幸せな気持ちになった。
「そうか、それはよかった」
そこへアリーヌが合流した。
彼女はイヴェットとは違い、寝坊したことに対して少しも気まずそうな素振りなどせず堂々と
「おはよう、ラザール」
と挨拶してから、
「ラザール、あなた一人なの? お友達は?」
と問うた。
ラザールは肩をすくめた。
「さぁ、まだ寝てるんじゃないかな。試験明けだとどうしても気がゆるむからなぁ」
行儀悪く食卓に突っ伏していたシルヴィが上半身を起こした。
「じゃあ、私、ニコラスを起こしにいこうかしら? お腹すいたから、早く食べたいし」
「だめだっ!! シルヴィ、お前はまだ嫁入り前の身なんだぞ!? 女のほうから男の部屋に行くなんて言語道断だっ!!」
「………じゃあ、男が女の部屋に行くのはいいの?」
「それもだめだ!! 屁理屈を言うんじゃない!」
シルヴィとしては、屁理屈のつもりは毛頭なかった。
じゃあ、わざわざ『女のほうから』とか言わないでよね!?
シルヴィは心の中でラザールに突っかかったが、兄と議論するのもめんどくさかったし、何より今の彼女の意識を一番占めていたのは空腹感だったため、
「はいはい」
と兄を軽くあしらった。
「でも、そうすると、ニコラスとスヴェン王子が来るまでご飯はお預けなの?」
空腹でないならともかく、早く何かを食べたいと思っているシルヴィにとって、いつ現れるか分からないニコラスとスヴェンを待つのはかなりの苦行のように思われた。
実はこの食堂に一番乗りしたラザールも腹が減っていたので、彼は心の中で客人である二人の親友に詫びつつ、
「……いや、彼らもそのうち来るだろう。先に食べていよう」
とふうっと鼻から息を吐いた。
「やった!」
シルヴィはすぐに卓上のベルを鳴らし、駆けつけた侍女に食事の用意を言付けた。
食事が運ばれてくるのを待つ時間を繋いだのはイヴェットが淹れたお茶だった。先ほどとは違って渋くないお茶をゆっくりと飲んでいるうちにとうとう食べ物が食卓に並び、四人は食べ始めた。
それからそう間を置かずに、ニコラスとスヴェンが姿を現した。
「先に始めさせてもらったよ」
とラザールが二人に声をかけたところ、ニコラスは左手を軽く上げ、スヴェンは一つうなずくことでそれぞれラザールに返事をし、彼らは昨夜の夕食時と同じ席に向かった。
だが、二人は椅子に座る前に、自分の席の横に座っているそれぞれの婚約者に挨拶した。
シルヴィは食べる手と咀嚼する口の動きを止めなかった。口に入れたパンを頬張っているシルヴィの額にニコラスはちゅっと軽くキスをした。
「おはよう、シルヴィ」
彼の声はさわやかであると同時に奥底に甘さが含まれていたのだが、シルヴィのほうは何の色気も情緒もなく
「んんんー」
ともぐもぐと口を動かしながら言葉になっていない声を発した。おそらく『おはよう』と返事をしたのだろう。
イヴェットは手に持っていたカトラリーを皿の上に置き、立ち上がってスヴェンを迎えようとしたが、彼は手をかざしてイヴェットの動きを制した。スヴェンは手に持っていた上着を自分の椅子の背もたれにかけてから身を屈め、腰を浮かしかけた彼女のくちびるに自分のそれを重ねた。顔色一つ変えないスヴェンとは対照的に、イヴェットの頬が朱をはいたように赤く染まった。
昨日から続く他の二組のカップルの仲睦まじい様子に、ラザールは苦虫をかみつぶしたような顔をして食べることだけに集中するよう努めた。アリーヌも何食わぬ顔を装って、手に持っているカトラリーを動かした。
もう二日目だもの! いちいち驚いたりどきどきしたりするなんて馬鹿らしいわ。
見ないようにすればいいのよね。
うんうん、私、ここ最近でずいぶん大人になったわ!
自衛策を思いついたアリーヌは一人そっと得意顔になった。
後から加わったニコラスとスヴェンも席に着き、食べ始めると、スヴェンがラザールに話しかけた。
「ラザール、俺は用事があるから出かけようと思っているんだが、足を借りられるか?」
ナルフィ家の馬車を使わせてほしいという依頼だった。
それを横で聞いていたイヴェットはどきりとした。まず第一に、もちろん彼がどこに行くのか気になったのだが、その次にやって来た感情は少々複雑だった。彼が出かけてしまうことに対して寂しさにも似た気持ちをイヴェットは抱いたのだが、それと同時に安堵してしまう部分もあった。
彼と一緒の空間で過ごすことが嫌なのではない。けれど、彼に触れられたりくちづけられたりするのはあまりにも刺激的で、イヴェットは決してそうされるのが嫌なわけではなかったのだが、心臓が壊れそうなほど激しく動いたり体中が熱を帯びたりして、彼女の体にはものすごい負担がかかるのだ。
加えて、イヴェットはスヴェンとの新しい距離感にまだ慣れていないため、自分がどんなふうに振る舞ったり話したりすればいいのかまだよく分からず、そのせいでいつも気を張っていなければならない。
だから、彼が出かけると聞いて、イヴェットは少しほっとしたのだった。
「ああ、分かった。いつ出るんだ?」
「食べ終わったらだ」
「分かった」
ラザールは右手を上げて壁際に控えていた侍女に合図を送った。
彼は自分のほうへ近付いてきた侍女に、執事に馬車の用意をしてほしいと伝言するよう頼んだ。
侍女はお辞儀をしてから出ていった。
「どこに行くの?」
そうスヴェンに尋ねたのは、好奇心旺盛なシルヴィだった。
スヴェンは涼しげな笑みを浮かべて
「秘密だ」
と答えたから、シルヴィも他の面々も何となくそれ以上訊くことができなかった。
仕方なくシルヴィは一同に他の話題を提供した。彼女が今一番楽しみにしているのは遠乗りなのだが、どこに行くのがいいか、兄たちに意見を募ったのだ。
ラザール、ニコラス、スヴェンの三人はローゲ市内のちょっとした丘や郊外の森などいくつか案を出したが、シルヴィは土地勘があまりないので兄たちが話すのを興味深そうにふんふんと聞いていた。元々おしゃべりではないイヴェットは口を挟むことなど当然なく、乗馬ができないアリーヌも聞き役に回った。
そのうちに全員が食べ終え、食後のお茶を飲み終わると、スヴェンが先ほど背もたれにかけておいた上着に手をやり、立ち上がってからそれをはおった。
「もう行くのか?」
とニコラスに問われ、スヴェンは
「ああ」
とうなずき、
「じゃあ、少し出かけてくる」
とイヴェットに声をかけた。
彼は
「はい、お気をつけて」
と慌てて微笑んだイヴェットの額にキスを落とすことも忘れなかった。
スヴェンが食堂から出ていき、ドアが閉まるのと同時にシルヴィが姉をからかう。
「姉上とスヴェン王子ったら熱々ね!」
アリーヌも
「本当ね」
とシルヴィに同調した。
二人にからかわれたイヴェットはりんごのように真っ赤になって、火照った頬を押さえながらうつむいた。
「で、スヴェン王子、どこに行ったの?」
シルヴィは隣に座っている恋人に改めて質問した。
「昨日アリーヌ大公女が歌劇を観にいきたいと言っていただろう? だからチケットを取りにいったんだ」
それを聞いたアリーヌは非常に驚いた。
「ええっ!?」
アリーヌは意外だった。確かに昨日スヴェンは手配を請け負うようなことを言ってくれたけれど、それは単に社交辞令だったのではないかとアリーヌは思っていたのだ。
「では、本当に観にいけるかもしれないのですか!?」
アリーヌが期待を込めてニコラスに訊くと、彼はアリーヌを安心させるように大きくうなずいた。
「多分大丈夫だと思いますよ。彼は顔が広いから、つてもたくさんあるだろうし」
アリーヌは祈るように両手を組んで満面の笑みを浮かべた。
その話題が終わると、次に彼らはこの後どうするかについて話し合った。
ラザールは医者に安静にするよう言われていたので、スヴェンのように外出することはできなかった。そうすると、この屋敷の中か庭くらいしか選択肢はない。
普段から元気のいいシルヴィは屋敷の中に留まる気はないようで、
「ニコラス、剣の稽古に付き合って」
とニコラスを誘った。室内で剣の稽古をするわけがないから、彼らは庭へと向かうのだろう。
「ああ、いいよ」
ニコラスは二つ返事で了承した。
妹と親友の会話を聞き、ラザールの心も決まった。別に彼らの仲を邪魔したいわけではないのだが、兄として若い彼らを二人だけにするのはラザールにはどうしても抵抗があったのだ。
「天気もいいし、俺たちも庭へ行こう」
ラザールはイヴェットとアリーヌを交互に見やった。
イヴェットはラザールの思惑に全く気づかず、
「はい」
と素直にうなずいた。
「分かったわ」
とアリーヌも答えたから、ラザールは何となくほっとした。




