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イヴェットとシルヴィ、そしてアリーヌの女性三人だけになると、アリーヌはにやりと笑った。
本当は婚約者たちに熱烈な愛情表現をされた二人の将来の義妹たちが羨ましかったが、そこに気を取られていては虚しくなるだけだ。ときめきを諦めるべきなのだと悟ったアリーヌは、自分から道化役を買って出ることにした。
「スヴェン王子もニコラス王子もすっごく情熱的な方なのね!」
アリーヌが二人をからかったところ、イヴェットは恥ずかしいのだろう、赤くなった顔を両手で覆い隠した。
シルヴィは照れくさそうに目を細め、
「そう?」
ととぼけてみせた。
「そうよ~!! びっくりしちゃった」
「ニコラスはいつもあんな感じだけど、私もスヴェン王子に驚いたわ。あの人、あんな感じだったかしら?」
シルヴィが怪訝そうに姉を見やった。
「あら? そうなの?」
アリーヌもシルヴィにならうように視線をイヴェットへと向けた。
シルヴィが姉イヴェットとスヴェンが同じ場所にいるのを自分の目で見たことがあるのは今までにたった数回だが、その時の二人は近付くこともせず、どこかよそよそしいままで、全く今日のような感じではなかった。
それに、一年前に二人の婚約披露のパーティーが急に中止になって以来、二人が直接顔を合わせる機会はなかったとシルヴィは記憶している。シルヴィは二人の妹テレーズ、ソレーヌと一緒に、二人の間に何かが起きたのだと推察していた。けれど父も兄たちも真相をシルヴィたちに教えてくれなかった。
それが、ニコラスや兄が試験明けの休みだからとシルヴィがローゲに出てきたら、スヴェンの姉に対する態度が今までとは劇的に違っていた。どうやら二人の間で新しい何かが起こったらしい。
スヴェンのあまりの変化に驚いたシルヴィは、イヴェットを問いただしたい気持ちはあったが、しかし姉は本心や本音をなかなか打ち明けないことをシルヴィは知っていたので、訊いても無駄だろうと早々に諦めた。シルヴィは元々物事をあまり深く考える性格ではないし、二人の関係が悪くなったのならともかく、好転したのならそれはシルヴィにとっても喜ばしいことだ。
案の定イヴェットは何と答えたものか分からないのだろう、あちこちに視線をさまよわせ、心細そうに瞬きを繰り返し、居心地悪そうにしている。
シルヴィは鼻から一つふっと軽い息を吐き出し、
「でも、よかったわね、姉上」
と姉に笑いかけた。
するとイヴェットは再び顔を両手で覆ってうつむいた。ろうそくの光でははっきりとは見えないが、きっと今のイヴェットはシルヴィの祝福の言葉に耳まで真っ赤になっていることだろう。
そんな姉の様子にシルヴィはくすっと笑いをもらした。それはアリーヌも同じだった。恥ずかしがってうろたえるイヴェットはアリーヌの目から見てもとてもかわいらしかった。
「ねぇ、ラザールは早く寝ろって言っていたけれど、二人はどうする? 私としてはもっと話したいのだけれど」
二人の婚約者の話をもっともっと聞きたいと思ったアリーヌは、シルヴィとイヴェットを交互に見ながら自分の意見を述べた。
「私もっ! せっかくの秋の夜長なんだもの! このまま寝るなんて惜しいわ」
シルヴィとアリーヌは目を合わせて笑い合った。
「イヴェットはどう?」
アリーヌがイヴェットに尋ねると、彼女は
「はっ、はい」
と慌ててうなずいた。
気乗りしないなら無理しなくていいのよ、とアリーヌが彼女に伝えようとする前に、シルヴィが押し切るように提案する。
「じゃあ決まりね! 各自寝仕度をしてから、姉上の部屋に集合するのはどう?」
イヴェットは今度はいくぶん落ち着いた感じで、微笑みながら
「ええ、分かったわ。待っているわね」
と答えたので、どうやら彼女は自分とシルヴィの集まりに嫌々参加するわけではないようだと判断したアリーヌは、ほっと胸を撫で下ろした。
三人は一度解散し、シルヴィが言ったとおり後は寝るだけという状態でイヴェットの部屋に集合した。
三人そろうと、アリーヌはさっそくシルヴィにニコラスとの馴れ初めについて質問した。シルヴィは時々照れつつも包み隠さずに彼女の話をアリーヌに聞かせた。
シルヴィが話し終えた時、イヴェットが感心したような顔で
「そんなことがあったのね……」
としみじみと呟いたのだが、アリーヌにはそれが意外だった。
「え? イヴェットもシルヴィとニコラス王子の話を初めて聞いたの?」
姉妹、それも自分と変人姉ナデージュと違って年もそう離れていない仲のよい姉妹なのに、自分たちの恋の話を共有しないのだろうか。
信じられないと言わんばかりにアリーヌがイヴェットを見つめると、彼女は気まずそうにうなずいた。
「そういえば、そうかもね」
シルヴィも腕組みしてこくこくと首を数回縦に振った。
「ええっ!? どうして!? 気にならないの?」
アリーヌはイヴェットとシルヴィを順に見やった。
イヴェットは救いを求めるような目で妹を見つめた。
「私から姉上に訊いたことはないわね。だって、姉上ってそういうことを訊いても教えてくれないんだもの。それに、姉上から訊かれたこともないし……」
「イヴェットはこういう話に興味ないの?」
アリーヌは自分とラザールの関係が全く艶めいていないことの反動なのだろうか、友人や同世代の親戚の女性たちの恋の話を聞くのが大好きだ。男性からこんなものを贈られたとか、男性からこんな言葉を言われたといった彼女たちの体験談を聞くと、まるで自分のことのように胸が高鳴る。
「興味が……ない、わけでは……ない……のですが……」
イヴェットの返事は何とも歯切れが悪かった。
イヴェットにしてみれば、これまでのスヴェンとの関係についてはシルヴィに話して聞かせるようなことは何もなかったし、現在に関して言えば、彼と新しい関係を築こうと第一歩を踏み出したところなので、彼女自身がまだよく状況を把握できていなかった。だからイヴェットは、シルヴィにスヴェンのことを話そうとしなかったのではなく、話せなかったのだ。
けれどアリーヌはイヴェットがあまり恋愛話を好まないのではないかと思い、本当は次にイヴェットにスヴェンとの関係についていろいろ訊きたかったのだが、そうするのを控えた。
それでは何について話すのがいいのだろう。アリーヌが次の話題について考えていると、シルヴィがくすっと笑ってアリーヌに告げる。
「アリーヌ、あの石頭の兄上が相手じゃ大変だと思うけど、浮気とかはしない真面目なやつだから、許してやってね」
『石頭』とか『真面目なやつ』という表現に、アリーヌは思わず噴き出してしまった。
「本当よね。そこが彼のいいところなんだけど」
「ちょっと、シルヴィ……」
イヴェットが妹をたしなめようとしたが、そんなものはどこ吹く風でシルヴィが続ける。
「でも、ちょっとあれは堅物すぎるわよね。ミリアムおじ様やメガーヌおば様は心配していらっしゃるんじゃない?」
「ううん、全然。父も母もいつもラザールを褒めているわ。姉や兄たちも。私とラザールが喧嘩しても、誰も私の味方なんてしてくれないだろうし、全員がラザールの肩を持つでしょうね。私ったら、つくづく信用がないわ」
アリーヌが肩をすくめて自虐的に言うと、シルヴィはころころと笑い転げ、イヴェットはくすっと笑った。
三人はその後、真夜中過ぎまであれこれ話し続けた。
三人はそのままイヴェットの寝室で眠ることにした。シルヴィとアリーヌは自分の部屋に戻るのがめんどくさくなってしまったのだ。
イヴェットとシルヴィはベッドに、アリーヌはカウチにそれぞれ横になった。
疲れるほどにおしゃべりを楽しんだおかげで三人は幸せな気持ちで眠りについた。




