奇形魔族
「ほっほっほっ・・・お前らよく見ておけ、いい見せ場だぞ」
窓の向こうのキャロルを食い入るように見つめながら、太った男は後ろに待機する護衛たちに目配せをした。
「しかし、もったいないっスねぇ。あんないい女、どうせ喰わせちまうんなら一晩ぐらい俺らに貸してくれてもいいじゃないっスか」
「馬鹿な事を言うんじゃない。八百億はほぼブラックホースの付加価値だぞ。お前たちの精気で粗悪になってしまったら何の意味もない」
「解せねぇな。俺だったら一千億でも少ねぇだろ」
「何を言っているか! たかが内縁関係の女・・・に・・・」
「ん?」と気付くと男たちは慌てて後方を振り向いた。いつの間に来たのか、開け放った入り口にサングラス姿の小柄な男が立っている。
「なっ誰だお前! 新しい護衛などワシは雇ってないぞ!」
「雇われてもいねぇよ。俺はただ俺の補助士を・・・取り戻しに来ただけだ」
その言葉と同時に一人の護衛の男に走り寄ったハルトの蹴りが飛び、男の身体はボールのように吹っ飛んだ。
「この野郎・・・」
続けて構えた護衛の銃を手刀で落とすと、すかさずそのみぞおちに双掌打が打ち込まれる。
もう一人にも続けて強力な肘打ちを食らわし、ものの数秒で屈強な四人の護衛はたった一人になってしまった。
「な・・・な・・・」
何が起こったのか分からずに太った男は回りに視線を泳がせる。特A狩人で構成された男達の身体は全てが散り散りに遠くに吹き飛び、ピクリとも動かない。
「お前! 何やってるか! 高い金出して雇ったんだ! あんな小男一人に何をビビッてる! 戦え!」
残った一人に一喝するが、最後の護衛はすっかり意気消沈してしまっていた。
「冗談じゃない! 本物だぞ! さっきの見ただろ! 本物の特Sになんか勝てるかよ・・・」
「テメェ、俺の補助士さらっといて五体満足でいられると思ってたのか?」
「違う・・・ワシじゃない・・・ワシはヴラドから買っただけ・・・」
そう言うと太った男は自分の隣で怯える護衛の背を思い切り突き飛ばした。
短い悲鳴をあげながら、前方に突っ伏すような形で向かってきた顔面に拳がめり込み、男は何をする事もなく仰向けにぶっ倒れた。
「うひぃぃぃ!」
前歯が全て欠け、鼻が顔の中に埋まった護衛の姿に太った男は溜まらず尻餅を付いた。
「キャロルを解放しろ。そうすりゃ命だけは助けてやる」
銃口を頭に突き付けられ、太った男の股間がジワリと濡れる。
「か・・・解放なんか出来るわけないだろう! もう、扉が開いた・・・手遅れだ!」
「んだと?」
その言葉に窓際に駆け寄るとハルトはの顔が強張った。自分の視界の下、対面する壁が開け放たれた闇から体長が五メートル程の巨大な漆黒の魔族がその醜悪な姿を曝していた。
人のような姿はしているが、全身が真っ黒な体毛に覆われ、大きく突き出した鼻と口、発達した牙が顔の皮膚を突き破り、天に聳えている。目は退化し、小さく白く濁っている。
あまりにもおぞましいその姿はハルトでも見た事がない。
「奇形体か!」
「可愛いだろう? わしのペットのシャドウエンペラーだ。臭覚が感知した生き物は何でも喰ってしまう」
太った男が不気味に笑う。
「くそ!」
少し間を開け、ハルトが銃を数発窓に打ち込むが、割れる所かひびすらも入らない。
「無駄だ。無駄だ。それは厚さ五十センチの超特殊強化ガラスだぞ。割れるわけないだろう。目の前で自分の女が嬲り食われる姿を・・・」
太った男の顔に蹴りが入り、男は口から血を流しながら低く唸った。
(・・・どうする! ちょっとやそっとじゃ割れねぇぞ!)
唇を噛み締めるハルトの中に『レニ』の言葉が響き渡った。
『ハルト! キャロルさんが食べられちゃうよ! 早く助けてあげないと・・・』
「くそっ! 分かってる! 分かってるが・・・」
ガラスがぶち破れる可能性が有るには有るが、それは失敗すれば自分の身にも危険が及ぶ方法だ。それはすなわち、必然的にレニの命にも関わる。
『ハルト!』
「っ・・・くそが!」
心の中のレニの声に背を押されるようにハルトが行動に移る。その場を離れ、外に止めてあるバイクを窓とは反対側に走らせると、百メートルほどした所でバイクの先端を遠く、破壊目的に向かって止める。
「絶対殺しはしねぇが、失敗したらそれなりの怪我するぞ! それでもいいのかレニ!」
『レニは大丈夫だよ。キャロルさんが助かるなら何でもする』
その言葉に舌打ちをするとハルトは銃の心臓部の核を目一杯左に回し、威力を最大限に上げるとマガジンから赤いカプセルを全弾抜き取った。
「キャロルキャロルキャロルってよ・・・あの女、助かったらぶっ殺して・・・」
『ハルト!』
物騒な台詞にレニの渇が飛び、ハルトは言葉を止め、舌打ちをした。
「百発分のパワー、一発に込めて何処までいける・・・」
そう呟くと覚悟を決め、二十五発のカプセルを掌に握り締めたままフルスロットでバイクを走らせた。
ハンドルから両手を離し、ただでさえ反動の大きな銃をガッチリと固定するとハルトは一カプセル分のエネルギーを一発に凝縮した弾を迫り来るガラスに向けて撃ち放った。
耳を劈く発砲音と衝撃波が断続して周囲を襲う。
「ひっ! なっ・・・まさか」
辛うじて立ち上がった太った男の前で厚さ五十センチの超強化ガラスが一発の発砲ごとに重い音を立て割れる。一発の銃弾は完全にガラス窓を貫通していた。
総計二十発の弾が撃ち込まれ、真っ白くひび割れたガラスに追い討ちをかけたのはフルスピードで突っ込むバイクの重い車体だった。




