価値ある肉
そんな事を思いながら待つ事数分、レニに変わって部屋から出てきたハルトを見て、バドルは生唾を飲み込んだ。顔が…有り得ないほど不機嫌な心をそのまんま映し出している。
「れ、レニちゃんは…」
「ああ? レニには聞かせらんねぇ話なんだろうが! くだらねぇ情報だったらマジでキレるからな!」
「わっ分かった落ち着けって! 情報集めまくって俺も2日ほど寝てねぇんだからよ」
とりあえず宥めるも、身体はいつ喰らってもおかしくない鉄槌に構えたままバドルは仕入れたての情報を公開し始めた。
「多分、お前の読み通りだと思う。あの野郎、S級狩人の傍ら人身売買に手を染めてやがった。膨大な収入の三分の一はそれで稼いだものだと思う」
ソファにドカリと腰を下すとハルトは「やっぱりな…」と呟いた。
「昨日、俺一人でアヴェニールに行ったんだけどよ。あいつが引き取っていった孤児達の情報が一切ねぇんだ。あそこのお気楽な職員共は孤児と里親のプライバシー保護とか言ってっけど世間一般からすりゃ、要はていのいい失踪だ。身寄りのない子供をあいつは商売道具にしてんだよ」
「くそっ! 胸糞悪ぃ奴はクソ女だけで充分だぜ」
「厳選した食材で孤児院の食事を統一してるのも、『肉』の質を高めるためだ。あいつにとっちゃあそこの孤児院はいい生餌を飼育する家畜小屋って事だな」
その言葉にハルトの胸の動悸が一気に早くなる。これは、生餌として生を受けたレニが同じ境遇の子供達の話に激しく動揺している証だ。
「っ…」
胸を押さえるハルトに気付いたバドルは思わず立ち上がった。
「おい! オメェ、どうした? 心臓が痛ぇのか?」
「っ何でもねぇ! すぐ収まる!」
近付こうとするバドルを片手で制止すると、深呼吸を繰り返しながらハルトは中のレニに心の中で語りかけた。
(レニ! 落ち着け! 大丈夫だ。お前には俺が居る!落ち着け!)
無理にレニを押さえつけるとハルトは息を付き、心配そうに眺めるバドルと向き合った。
「…それで…魔族を飼いならすクソ共に売りさばいてるって事か…」
「あ、ああ。でもよ。オメェ本当に大丈夫なのか?」
「余計な世話だ。…で、何でキャロルが出て来る」
レニのように、飼い慣らされた魔族に与える餌として重宝され、高額で闇取引されるのは肉も骨も柔らかいまだ未発達な子供に限られていた。しかし、十歳を越えると対象者の年齢が上がるにつれて値段も下がっていく。
幼い頃のレニの記憶では一定の年齢を過ぎた人間は餌というよりも、『餌を産み出す繁殖用』として扱われる。男より、肉の柔らかい女の方が高いには高いが、すでに二十歳を過ぎたキャロルはどちらかというと繁殖用の方だ。そんな馬鹿げた高額な値段が付く年ではない。
「それなんだが…」
そう言うとバドルは珍しく持ってきた皮製のバッグの中から歴史書を取り出すと、あらかじめ付箋をつけて置いたページをハルトに見せた。
「国立図書館でちょっくら拝借してきたんだがよ…」
拝借と言っているが、多分勝手に持ち出して来たのだろう。開いたページには既に今は使われていない文字と共に、魔族が共食いをするイラストが描かれていた。
「俺は断片的にしか読めねぇが、オメェはバッチリ解読出来んだろ? じゃなけりゃ優秀な補助士無しで特Sなんて取れねぇもんな」
促されるままハルトは分厚い本に目を落とした。
「俺の語学力だと、多分、ここは魔族の食生活や言い伝えが書かれてると思うんだが…ちょっと読んでみろよ」
そのページには魔族の間で言い伝えられている伝説のような言葉が書き記されていた。弱肉強食で成り立っている魔族社会はてっとり早く力を付けるためにより強力な力を持つ餌を重宝する…と
「俺にも読んで聞かせてくれよ。詳しい所は俺じゃ無理でよ」
ちらりと隣に座ったバドルに目を移すと、ハルトは面倒くさそうに細かいところを端折って読み始めた。
『強靭な力と生命力を得る為の法則。己より強力な者の肉を喰らう事で可能な力の増幅は魔族の間では現在も行われているようだ。…己より遥か上の同族を喰らう事が可能ならば問題ないが、それは遥かに不可能に等しい。それ故、魔族の間で日々行われているのはより強い遺伝子を体内に引き継ぐ幼子の食人だ』
そこでハルトの言葉が止まった。
「どうした?」
「…何でもねぇ…」
心の中で何か気持ちが悪いものが渦巻いている。これはレニの記憶が所持するものではない。『ハルト』としての自分が持つ、欠落した記憶の何かが微かな動揺をしているように思える。
『古来魔族は己より強き者の血縁者を喰らう事で力の増幅を図っていた。それは強き者の血を継ぐも、まだ戦う力を持たぬ子に向けられたものであり、それゆえ最上級捕食者の実子には常に危険が付き纏う事を意味する。しかし、魔族には一般動物のように我が子を守護するという思考が乏しく、親子愛も生まれたての子と母の間にのみ成立する物であり、強き者の子を喰らうという行為はあまりにも簡単で…』
再びハルトの言葉が止まった。頭の奥底がジンジンと唸っている。
「オイお前…」
「ただの頭痛だ。くそっ…こんなくだらねぇ書物なんて読んでられねぇよ」
そう言い放ち、閉じようとしたハルトの手をバドルは急いで制止した。
「分かった。んじゃぁ、ここ、この最後の所読んでみろ!」
指差すところに書かれた一説に目を移す。
『……強者と物理的な繋がりを持つ者にもその精気が宿るとされ……』
その文面にバドルが「なっ」と共感を求める。
「だから何だよ」
「いやっ、分からねぇか? この『強者』って所はハルト、オメェの事だよ」
「は?」
「いやっだから、言っちまうとな、物理的っていうのは多分アレだ、肉体的な繋がりって事で、強ぇ奴の生命力とか戦闘力とかがそれによって相手にも宿るって事だよ。んで、その相手が多分キャロルに位置するんだと…」
「肉体?てめぇ、俺があいつとそんな事すると思ってんのか?」
意外な言葉にバドルは目を丸めた。
「えっ! おま…まさか、あんなエッチな身体の補助士捕まえといて、一つ屋根の下に暮らしといて…なんにもやってねぇのか!」
「冗談じゃねぇ! 俺は…」
ふとハルトの声が止まる。これから先の言葉は自らがレニと同一人物だという真実を暴露してしまう事になる。
「だってよ! 顔と身体は目の保養レベルだって…」
「目の保養にはなるが、それとこれは別もんだ! あんなギャーギャーうるせぇ女を相手にしてたらこっちの身が持たねぇぜ!」
「おめぇ、もしかして男としては物凄く屈辱的な病気…」
「ぶっ殺すぞ」
芯に迫るような本気の言葉にバドルは口を噤んだ。これ以上続けたら殺されかけたキャロルの二の舞だ。いや、下手をすれば未遂で終わりそうにない。
「で、でもそしたらマジで意味もなく売り飛ばされちまうぞ!」
「ああ?」
「まだ分かんねぇのかよ! 狩人が家族でも何でもねぇ異性の補助士にカードを渡すって事は内縁関係がありますよって言ってるようなもんだ! 今のキャロルの価値はそこなんだよ! 最強の特S狩人、ハルト・ブラックホースの精気を身に宿す女! いわば最高級の食材だ! おめぇ、自分の価値をもっと理解しろ! 多分魔族の間じゃレニちゃんの次に高価な商品だぞキャロルはよ!」
必死で訴えるバドルをしばらく見つめるとハルトは舌打ちをしながらコートに手を掛けた。
「くそっ! そういう事かよ!」
「やっと助けに行く気になったのか?」
「あいつはレニの大切なペットだからな…」
「レニちゃんは置いていって大丈夫かよ?」
「レニは俺の娘だ! 心配するな」
そう叫び家を出て行くハルトの後をバドルが追った。




