冷たい微笑み
院長の話を聞いた後二人はエスペランザ孤児院を後にして徒歩でアヴェニール孤児院に向かった。
初めは訝しげに見られたが、レニが交流のあるエスペランザ孤児院の最大有権者だと聞くと、以外にすんなりと中に通され、これまた物腰の穏やかな中年の職員によって理事長室に通された。
「一度エスペランザのオーナー様とお会いしたいとうちの理事も申してましたよ」
紅茶と菓子を差し出し、レニとバドルと握手を交わすと、職員の男は二人の目の前のソファに腰掛けた。
「理事って、ヴラドさんの事ですか?」
「はい。いやぁ。あなた方はとても運がいい。週に一度だけヴラド様が訪れる日が今日でしてね。えっと、もう少しでいらっしゃるでしょう」
そう言いながら職員が時計に目を移す。
「毎週来てんのか? こんな遠くによ!」
(やべぇな。あいつと鉢合わせは出来ねぇぞ)
しかし、バドルの思いとは裏腹にレニは興味深く対面の男の話を聞いている。
「殊勝な方でしてね。ああ、どうぞ召し上がって下さい。ヴラド様が差し入れて下さったお菓子です。子供達もここの店のお菓子が好きで好きで一週間に一度送られてくるんです」
(はあ? これを人数分かよ)
目の前に置かれた菓子はバドルの記憶が正しければかなりの高級菓子店で売られている代物だ。毎週で金額を計算すると……バドルもビックリだ。
「それだけではないですよ。ここの食事も厳選した食材で作られていまして、それもヴラド様の案なんですよ」
「へぇ…すごいこだわりですね。レニもそうした方がいいのかな? みんな院長さんに任せちゃってるけど…」
感心しながら頷く少女を見ながらバドルは「そうかぁ?」と答えた。
「だって凄いですよ! レニは誕生日の子にケーキを贈るだけで…」
「それでいいんだよ。レニちゃんはまだ若いしな。あのバァさんはそれなりに子供の事を知り尽くした感じだったし、あんまり舌が肥えちまっても仕方ねぇだろ」
バドルの言葉に男の顔色が変わる。
「何なんですかあなたは、理事に何か恨みでも持ってるんですか?」
「そういう意味じゃねぇけど…独り立ちさせてやるって前提だと、協力して他人を思いやる心を育てるのも必要じゃねぇの? あまり与えすぎてもなぁ」
「えっ! でも、レニもハルトに色々してもらってますよ?」
「そりゃ、一応父親だからな。でもレニちゃんは自分でちゃんとご飯作るだろ? 掃除と洗濯はまさかハルトがやるわけねぇよな?」
「えっ! えっとぉ…レニ、になるのかな…」
言われてみると家事をこなす時に『ハルト』は出て来た事は無い。
「だよな。ちゃんとやってんじゃねぇか………おっ! ヤベっ! 早く帰んねぇと…俺は独り者だから色々しねぇといけなくてよ」
半ば強引に話を打ち切り、腰を上げようとした時………
「ハルト?」
いきなり後方から聞こえた男の声に三人は立ち上がった。
「こっ…これはヴラド様! お待ちしてましたよ?」
職員の男が急いでヴラドに席を譲ろうとするが、ドアの前に立つ背の高い眼鏡の男はわき目も振らず小柄なレニの前に歩み寄った。
「ハルトが父親?」
「えっ? えっ?」
「なるほど、だからあの時キャロルと一緒に居たわけですか」
「あの、ヴラド様」と割って入って来た職員の男に退出するように言いつけるとヴラドはレニを食い入るように見つめた。
「あの…キャロルさん知ってるんですか?」
「ええ、彼女なら私が保護していますよ。あなたの事をとても気にかけていましたが……」
眼鏡の奥の瞳を輝かせながら彼は続けた。
「素晴らしい。本当にブラックホースの子なのですか?」
「えっ…あのっあのっ…」
獲物を見るかのような瞳に微かな恐怖を抱き、レニは思わず後退った。
「おい! やめな! そんな目でその子を見るんじゃねぇ!」
怯えるレニを庇うようにバドルは背の高い男の肩を掴んだ。
「元、特A級狩人バッカス・バドル。貴方ほどの男が守護を務めるとは…ブラックホースに頼まれましたか?」
「お前にゃ関係ねぇ。レニちゃん行くぞ」
「まだよろしいじゃないですか。キャロルの事を知りたくていらっしゃったんじゃないですか?」
バドルと対抗するようにヴラドもレニの片腕を掴んだ。
「えっあのっあのっ」
すかさずバドルがその手を払い、レニを背後に隠す。
「どうしたよ。随分と紳士らしくない行動だな。ヴラドさんよ」
「あなたにその子の守護は荷が重過ぎますよ。ろくな武器も持たずに……」
二人の間に重い空気が立ちこめ、レニは身体を震わせた。
ハルトの娘と知った途端、前に出会ったヴラドと本当に同一人物なのかと思うほど眼鏡越しの瞳が冷たく感じる。
「ブラックホースの血を色濃く継ぐ子なのでしょう? その子の価値がどれ程のものかあなたはご存知無いと見受けます」
「価値だと?」
背後に身を潜めるレニに微笑を向けながらヴラドは少女に優しく語りかけた。
「君、ブラックホースの娘だという自覚はお持ちですか?」
その言葉にレニは怯えながら顔を縦に振った。
「ほう、それなのにこのような野蛮人と? 危険ですね。いけませんよ。こんな所にまで来るのならせめてお父様といらっしゃらないと……特Aではとてもとても守りきれません」
「訳分かんねぇ事言いやがって…レニちゃん帰るぞ」
レニを背後に庇いながらバドルはヴラドに目を向けたまま部屋から出た。
そして、追ってこないのを確認すると急いでレニの小さな手を引きながらアヴェニール孤児院を後にする。
「くっそ! しくじっちまったな! レニちゃん大丈夫か?」
「はい…レニは…大丈夫です。でも、今日のヴラドさんは何か怖かったです」
レニをバイクのサイドカーに乗せると急いでその場から離れるようにバドルはエンジンをふかした。
家に着いたのは日が暮れる直前、午後四時頃だった。
とりあえずレニを家の門にまで送り届けるとバドルは少女の頭を撫でながら、初めて安堵の息を付く。
「わりぃ。ごめんな。ヴラドの野郎と接触させちまった。これ、パパに返しといてくれ」
胸ポケットから取り出したのは子守り代としてハルトから受け取っていた小切手だった。
それを受け取りながらレニが首を傾げる。
「あの、これ…」
「危険な目に合わせるなって言われてたのによ……くそっ!」
そう一人呟くとバドルは改めてレニに穏やかな笑みを向けた。
「俺は俺なりに情報を集めとくからって父ちゃんに言っといてな。レニちゃんはハルトから絶対離れるなよ」
と少し強めの口調で念を押す。
そして玄関を閉じる間際に「鍵、しっかり閉めるんだぞ」と言い残すとバドルのバイクは低い唸りを上げ、遠ざかって行った。




