影ある孤児院
翌朝、ハルトの言う通り、レニを迎えに来たバドルは前のようにレニを銀のテルテル坊主にしてサイドカーに乗せると、バイクを飛ばして片道三時間の孤児院に向かった。
「悪ぃな。俺の馬じゃ結構時間がかかっちまった。ハルトの馬なら一時間ぐらい短縮出来るんだろうけどな」
取りあえず、ハルトが建設した、レニがオーナーを務めるエスペランザ孤児院の前にバイクを止めるとバドルは持参した水筒からまだ湯気の立つココアをレニの冷えた手に手渡した。これは彼なりの心遣いだ。
「とりあえず、これを飲んで身体を温めてから探偵ごっこしような。パパには内容聞いてきたんだろ?」
フーフーと熱々ココアを冷ましながらレニがコクリと頷く。
ネコミミのボウシとフワフワケープを身に付けてはいるが、今日のレニの格好は『ハルト仕様』だ。
いつものような皮製の男服に愛らしいボウシとケープのコラボはかなりアンバランスだが、バドルは「おっレニちゃん! 今日はパパのコスプレか?」といとも簡単に受け入れてくれた。
毎月一度、破格の寄付金をエスペランザ孤児院に届ける時は『ハルト』がバイクを出し、『レニ』で孤児院に向かうので孤児院の職員や子供達もあえて少女の男装に触れる事は無い。
「ああ~! レニお姉ちゃんだぁ!」
孤児院に入るなり、外で遊ぶ子供たちが黄色い声を上げてレニの周りに集まる。
男子と女子に別れ、両手を引かれるてんてこ舞いのその姿は『ハルト』の時の子供達からの対応とは全く違う。
「あはは元気にしてた? はは、わっイタタタタタ…そんな引っ張ったら両手とれちゃうよ」
あまりにも集団で両手を引く子供達を見かねてバドルがレニと子供達の間に割ってる。
「こらお前ら! 姉ちゃん痛がってるだろうが!」
「うわっ何だこのオッちゃん! どけよ!」
子供達の足蹴りが脛にヒットし、バドルは両手を大きく掲げると怪獣のような雄叫びを上げた。
それを聞き、子供たちは叫びながら散り散りになっていく。
「ったく! なんっつぅガキ共だ! おぉ痛ぇ……このバドル様が思っきし攻撃喰らっちまった。ハルトだったらとんでもねぇ事になってるぞ! なぁレニちゃんよぅ」
ブーツを脱ぎ、脛を見てみると薄っすらと赤くなっている。
「バドルさんは子供受けするタイプですね。ハルトにはみんな絶対寄って来ないから」
「はあぁ。子供が持つ危機察知能力ってやつだな。そこまでだとアイツのオーラはとんでもねぇな」
騒ぐ子供達に気付いてか、屋内から年配の女性がにこにこしながら姿を現した。
「まぁレニちゃん。遊びに来たの?」
「あっ院長さん。お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げるレニに習って老女も「はいお久しぶり」と頭を下げる。
「一週間ぐらい前にね。珍しくお父様がお見えになられたのよ。背の高い綺麗な女の人連れてね。あの人レニちゃんの新しいお母さんでしょ?」
「あ……違いますよ。あの人は…レニの…お母さんじゃないんです」
「あら、でもとても仲良さげに見えたけど……」
「…………」
屈託の無い笑顔がいきなり沈み込んだのを見ると急いでバドルが老女をレニから離し、声を潜める。
「ば、バァさん気が早ぇな。ちょっとデリケートな家族問題だからよ。その話は止めようぜ」
「あなたはどなた?」
「俺はハルトの知り合いっつーか、ダチっつーか…ま、そんなもんだ」
「まあまあ、それはご苦労様で」
深々と頭を下げる老女を見ていると話が通じているのかも怪しい。
「それより、ここは寒いでしょ。中に入ってお茶でもいかが?」
にこにこ笑う老女の言葉にレニは首を振った。
「あっみんなの元気な顔が見られればそれでいいんです。今日はちょっとアヴェニール孤児院に用事があって…」
「アヴェニール?」
「はい。だから……」
そこで初めて老女の笑顔が真顔に変わり、バドルとレニは顔を見合わせた。
「どうしたバァさん。何か言いたそうな顔してるけどよ……」
「あそこは、少し子供達の入れ替わりが激しくて……よく共同行事をしたりするのだけど、ちょっと怖いのよね」
「怖い?」
頷くと老女はそのまま続けた。
「ここの孤児院に来る前、私もね、色々な施設を転々としていたんだけど里親や両親が子供を引き取っていくのはせいぜい、年に一・二回あるかないかなのよ。でもアヴェニールは一ヶ月に必ず二・三人引き取り手があるっていうじゃない? 大きい施設だからかなって思ってたんだけどここの孤児院と規模は大体同じでしょ? エスペランザはまだ一年半って新しいけど今まで引き取られていった子はゼロよ?」
「それじゃ、レニももっとお父さんとお母さんが見つけられるようにしてあげた方がいいんですか?」
「見つかればいいってものじゃないのよレニちゃん。大切なのはあの子達が本当に幸せになれるかどうかなの。厳選な審査を通して、親になれるかどうか見極めるのも私達の仕事……しかも、ここの子達は魔族に親を殺されてしまった子達ばかりだからすごく繊細なの」
キョトンとするレニの頭を撫でながら老女は再び微笑んだ。
「レニちゃんじゃまだ分からないかしらね。でも、子供を一人育てるのってすごく大変なのよ? 生半可な気持ちじゃとてもできないわ。無償の愛をずっと与え続けるって事だもの……」
「そう…なんですか?」
するとその話を聞いていたバドルがレニの頭をクシャクシャと撫でた。
「そう言うこったな。だから前に言ったろ? あのハルトが男手一つでレニちゃんをここまで育てられるのは奇跡だってな」
「あら、ブラックホースさんみたいな人は結構育てられるのよ? ああいう方はとても芯が強いから」
そう言いながら老女はホホホ……と笑った。




