不穏な行動
「よしっ! んじゃぁそういう事で……ホレ! こいつキャロルに返してやんな」
バドルが取り出したのは昨日、キャロルが「重過ぎる」と言って投げ捨てた専属補助士の許可証だった。
「何でお前が持ってんだ?」
テーブルの上に置かれた漆黒のカードを見てハルトの機嫌が再び悪化する。それを宥めるようにバドルは大袈裟な笑みを浮かべた。
「ビビッちまったんじゃねぇか? 一気に引き出せる金額が十三桁になっちまってよ。まだそこらへんの感覚は一般庶民だからな」
「あのクソ女!」
「あとそれだ! その呼び方止めてやれ。あんな華のあるクソなんてどこにも落ちてねぇだろ」
漆黒のカードをコートの内ポケットにしまいながらハルトは再び舌打ちをした。
そしてカップの底に僅かに残った珈琲を一気に飲み干すと先ほどとは違った面持ちでバドルに顔を向ける。
「一つ聞きてぇ事がある」
「ん? 何だ? 仲直りの仕方か? 簡単だぜ、優しくな、思いっきり抱き寄せてそのまま………」
バドルの言葉を軽く流すとハルトは低く、ある人物の名を出した。
「クロムウェル・ヴラド………あの眼鏡野郎の事だ」
「ヴラドって、キャロルがお熱なアイツだよな」
「お前の方が情報網があるからな。何かあいつの事で聞いてねぇか? 噂でもいい」
「……ヴラドかよ。あいつは色々と謎に包まれてるからな」
「う~ん」と唸るとバドルは自分が耳にした数少ない噂の存在を頭の中で探った。
「S級で黒灯台の店に居るってのは確実だが……噂か……う~ん何だ? 何せあいつはオメェと同じで狩人間じゃぁ恐怖の対象だからな。めったな事じゃ噂なんかしねぇんだよ。魔族の先祖を持つとか伊達眼鏡だとか小奈落付近でたまに見かけるとか………」
しばらく考えると何かに気付いたかのように「ああっ」と声を上げる。
「そう言や孤児院筋の経営者からあいつの偽善活動の情報を聞いたな」
その言葉にすかさずハルトが喰らい付く。
「偽善活動?」
「おおっ! あいつがオーナーを勤めるアヴェニール孤児院の情報なんだけどよ。一ヶ月に一度、わざわざ里親を見つけて来て子供を数人引き取っていくらしいぜ。もぅ孤児院の職員の間じゃヴラドはヒーローよ!」
しかし、バドルは次に声を潜めて「でもよ」と言った。
「このご時勢、一ヶ月に数人の頻度で必ず子供を引き取りに来るって何か変じゃねぇか? まぁ、よく孤児達と遊んでるらしいが……そんなに簡単に里親が見つかるかねぇ?」
ポットに湯を注ぎ、出涸らしの薄い珈琲を飲むバドルの言葉にハルトが勢いよく立ち上がった。
「おっ? どうした?」
「さっき、噂の中で小奈落付近とか言ってたよな」
「それがどうしたよ。紹介場を通さないS級狩人なら小奈落の依頼は格好の儲け所だぜ。別段おかしくも……」
唇を噛み締めながらハルトは「あの野郎……」と呟いた。
「おい、何だよ。どうした?」
「俺の方にも特Sならではの情報網ってのがあるんだよ」
その台詞にバドルは両手を打ちつける。
「宮廷情報か?」
宮廷情報とは宮廷を通して国から入って来る極秘情報の事だ。
国を統治する王は魔族の動向を最低限知るために年に一度、遺跡下、奈落の探査としてお抱えの特S級狩人に魔族調査を依頼する。
宮廷狩人長は現在特Sとして公に公表されている唯一の人物で、齢五十を越える超ベテラン特S級狩人だが、年が年なだけによくハルトにも極秘に声が掛かる事がある。
ハルトは単独行動を好むために宮廷依頼を受けた事はないが、その依頼の一つに『潜入捜査』というものがあったのを覚えていた。
「おい、ちょっと俺にも教えろよ。小奈落に何があるんだ?」
するとハルトは別段隠すわけでもなく静かに言い放った。
「闇市だ」
「闇市って……おめぇ……」
唖然とするバドルを横目に見ながらハルトは小切手を取り出し、またもや大きな金額を書き込むとそれを手渡した。
「へ? 何だこれ? 何の金だ? 相談料か?」
「また子守を頼めるか? レニの探偵ごっこに付き合ってやってくれ」
「探偵って……オメェのは『ごっこ』じゃねぇだろ! 何だよレニちゃんに何を調べさせるんだ?」
「昼の間だけでいい。アヴェニール孤児院で色々探ってくれ」
「おめぇ! ヴラドの孤児院に娘を? おめぇが行った方が……」
「俺じゃ無理だ。ガキには好かれねぇし、それよりも……」
するとハルトは再び手の平に拳を打ちつけた。
「もし、今、眼鏡野郎と一緒に行動するキャロルを見つけちまったら……今度こそぶっ殺しちまう可能性があるからな」
恐らくハルトは本当に『殺る』だろう。
納得せざるを得ない理由にバドルは引きつった笑みを浮かべながら小切手を手に取った。
「お、おう。そうか。そうだな。分かったぜ。レニちゃんと二人で探るわ」




