俺より下、ペットより上
まだ夜が明けきらない早朝、とある下地区のひっそりとした店の地下で耳をつんざく様な銃声が怒涛の如き勢いで延々と鳴り響いていた。
「ったく、こんな朝っぱらからどうしちまったんだ? ハルトよぅ……」
大きな欠伸をしながらバドルは短い髪をかき上げた。
目の前にはひたすら銃を撃ちまくる小柄な『男』の姿がある。
足元に山のように積み上がる空の薬莢が、この小一時間で撃った弾丸の数を物語り、バドルの手元には人型の的の急所にだけ穴の開いた紙切れが大量に散乱していた。
「次」
テーブルに置かれた銃弾の箱から鷲掴みにした弾を込めながらハルトがご機嫌斜めな様子で吐き捨てる。
「オイオイ。もういい加減に止めようや。オメェ、うちの商品が全部無くなっちまうよ」
「金なら払う。次っ!」
「金とかそういう問題じゃなくてよ。どうしたんだよ。獲物にでも逃げられたか?」
バドルがぐっすりと深い眠りについている午前4時、半ば強引に店の中に押し入ったハルトは来るや否や「少し射撃場貸せ」と言い放ち、店の商品の一つであったリボルバー式の厳つい銃を手に取り、何も言わずにただ的に弾を撃ち込み続けていた。
すこぶる機嫌が良くなさそうなのは一目見ただけで分かる。
こんな時はある程度暴れさせないとこちらの命にも関わる可能性があるため、バドルは取り合えず『彼』の望む通り、凍える地下射撃場に案内したのだが………何せもう一時間ずっと撃ちっぱなしだ。
「ちっ! 胸くそ悪ぃ!」
「いいから少し落ち着けよ。今濃い珈琲でも淹れてやっからよ」
そう言いながらバドルは射撃場の片隅にある簡易式の小さなキッチンから熱い湯と挽いた珈琲豆を持ってきた。
「取り合えず銃を置け。なっ?」
必死で機嫌を取ろうとする男を横目でしばらく睨み付けると、観念したのか、仕方なくハルトは銃を投げ捨て、テーブルの前の椅子にドカリと腰を下した。
「くそっ! 嫉妬で気が狂いそうだぜ!」
自然と出た雰囲気の言葉に思わずバドルは手を止めた。
間違いない、今確かに嫉妬で気が狂うと言っていた。この唯我独尊のオレ様狩人『ハルト』の口からこんな言葉が飛び出すなんてまさに世紀末だ。
「オメェ…嫉妬っ…て…」
「ああ! っの野郎! マジでぶっ殺してやりてぇ!」
まだイライラが治まらない様子で手の平に拳を打ちつける彼を見ながらバドルは悟った。
「はは……何だかんだ言っても結構ゾッコンだったんだな。んなら奪い返せよ。大丈夫だ。背は完璧に負けてても男気はヴラドよりオメェの方が………」
「は? ヴラド?」
眉をしかめるハルトの言葉にバドルが「え?」と聞き返す。
「だって嫉妬ってよ…ヴラドの野郎に…」
「何でこの俺があの眼鏡野郎に嫉妬しなくちゃなんねぇんだよ! 俺は特Sで野郎はSだぜ? 確かにいけ好かねぇが嫉妬って何だよ」
「いやっ! あのエッチな身体の補助士があいつに取られちまいそうだからそんなに機嫌悪ぃんじゃねぇのか?」
その言葉にハルトは立ち上がると再び銃を手に持ち、装填されている弾丸を遠くの的に向けて全弾消費する。
「くっそ! あのクソ女! 俺の言う事を全然聞きやがらねぇ! 大体まだ出会って一ヶ月も経ってねぇのにっんでレニはそんなに肩持つんだよ! 俺と居る時間の方が遥かに長いだろうが!」
「おいおい…嫉妬って……そっちかよ」
どうやらキャロルの心を捕らえるヴラドに嫉妬しているのではなく、レニの心を捕らえるキャロルの方に嫉妬しているらしい。
……という事は『ぶっ殺してやりてぇ』と言う心からの叫びはその、自分の補助士に向けられている言葉だ。
「くそ! ハルト様最大の失態だ! あのクソ女をかばうレニを押さえ込んででもぶっ殺しておくべきだったぜ!」
特S狩人様の素晴らしい親バカぶりを眺めながらバドルが珈琲を差し出す。
「縁起でもねぇな。仕方ねぇだろ、レニちゃんはママの愛情に餓えてんだよ。殺しちまったらそれこそ愛娘の心はオメェから離れてくぜ?」
舌打ちをしながら四度目の『くそ』という言葉を吐き、ハルトは出された熱い珈琲を体内に流し込む。
「あのアマ、家を出て行きやがった」
何気に呟いたハルトの言葉にバドルは目を丸めた。
「家って…それぁねぇだろう。オメェはともかくレニちゃんを置いて出て行くってのは考えられねぇよ。よっぽどの事がない限り………」
「………………」
いきなり無言になる目の前のサングラス姿の狩人にバドルは苦笑いをしながら静かに聞いた。
「まさか…『ぶっ殺す』って言う言葉をそのまま体現したわけじゃ……ねぇだろうな」
「ぶっ殺してねえよ!! 『未遂』だ『未遂』!」
そう叫ぶとハルトはテーブルの足を思い切り蹴り付けた。
「おまっ…未遂って…完璧に最低なDV男の行動だぞソレ!! それ一つでどんなに愛情を育んできた男女でも一発アウトだぜ」
「うるせぇ!! 俺は警告してたんだ! !ヴラドだけはやめろ。レニを悲しませたら排除するってな! それをあのアマ、眼鏡野郎に惚れたあげくレニをテメェから泣かせやがった!」
罪悪感の欠片も見せない目の前の人物に頭を抱えながらバドルは大きな溜息をついた。
「警告してても行動に移すなよな」
テーブルの上に零れた珈琲を雑に拭きながらバドルはハルトに真剣な顔を寄せた。
「頼むぜ。オメェは一流狩人だろ。カードまで持たせた補助士を、オメェが危険にさらしてどうすんだ? それじゃレニちゃんも可哀相だろうが」
「……っんでレニが出て来るんだよ」
「当たり前だろ! レニちゃんはお前もキャロルも大好きなんだ。大好きな二人が自分が原因でそんな事になったらそれはそれで傷付くぜ。いいか、この際一緒に過ごした時間とかそんなのは忘れろ。娘を思うならその直球過ぎる性格も抑えて少し歩み寄るって考え方もしてやれ。命の駆け引きの場所で一緒に行動する補助士は家族も同然なんだぜ? オメェは大黒柱だろ。レニちゃんと同等にキャロルの事も見てやらねぇと………」
「レニと同等? そいつは無理だ!」
すかさず飛んだ否定にバドルが言葉を変える。
「分かった。じゃあ、オメェと同等……」
「そいつも無理だ!」
しばらく考えるともう少し変えた言葉で語りかける。
「分かった。んじゃあ、オメェよりちょっっっっっっと下でいいからほぼ同等に考えてやれ。これ以上はまけねぇぞ! …レッ…レニちゃんの為だと思えば出来るだろ!」
腕を組みながら考える事数分、ハルトは小さく呟いた。
「ペットみてぇなもんか?」
「いやっ! ペットより上だ! オメェより下! ペットより上だ!」
「くそっ…難しいな」
「むっ……難しくねぇだろう! 分かったペットでいい! ペットでいいがレニちゃんがものすっごく大切にしてる特別なペットだ! どうよ! オメェはレニちゃんがものすっごく大切にしてるペットがヤバくなったら一応助けるだろ?」
真剣に考えるハルトの姿を見ながら「なっ?」と同感を求める。
「そうだな。そうしねぇとレニ泣くだろうからな」
かなり妥協して得られた共感にバドルは安堵の息を吐いた。
「……犬みてぇに従順じゃねぇから猫だな……」
バドルの説得で何とか『守る価値のある家族?』の一員に昇格したキャロルは見事『人語を話し、エッチな身体を持つレニの猫』という立場に収まった。




