目の奥の闇
「くそっ」
キャロルが家を出て一時間ほどしたところでようやく平静を取り戻した『ハルト』は床に座り込みながら髪をかき上げた。
遠くにはキャロルを壁に叩きつけた時に落ちた鏡が対角線上に座るハルトを映し出している。
鏡に映る端正な顔の頬にはレニが流した涙のあとがくっきりと付いていた。
「レニ、怪我してねぇか?」
「………………」
しばらくして少女が姿を現し、小さく頷くと胎児のようにうずくまる。
「ご免なさい。レニ、ハルトとキャロルさんを困らせてばっかり…」
「ちっ………そんなにキャロルがいいのかよ」
『ハルト』の問いにレニが微かに頷いた。
「何で…あいつなんだよ」
噛みしめる様に言葉を呟くと『ハルト』はレニの身体をいたわるように自分の身体を優しくさすった。
日暮れまで降り続けた雪は深夜にはすっかり晴れ、澄んだ冬の空には優しい月が浮かび上がっていた。
明るい月明かりが降り積もった雪に反射し、幻想的な夜の街を映し出す。
今しがた狩った魔族の屍を眺めながら、ヴラドは後ろに突如現れた気配に穏やかに語りかけた。
「光栄ですね。あなたから私の元に来て下さるなんて……ハルト・ブラックホース」
朽ちた廃墟の影に建つ小柄な男を振り向くと「それで? 何か御用ですか?」と問う。
「ちっ! いけ好かねぇな」
大剣を肩に担ぎながらハルトは目の前の男の間合い間際まで近付くとその足を止め、好戦的な目を向けた。
「テメェ、あいつの事知ってるんだろ」
「あいつ……とは?」
その言葉にハルトが大剣をヴラドに突き付ける。
「とぼけるんじゃねぇよ! キャロルが俺の補助士だって知ってて手ぇ出してんだろうが!」
「ああ、彼女ですか。そうですねぇ単独狩人のあなたが補助士なんて驚きましたよ。どういう風の吹き回しですか?」
「テメェが知る必要はねぇ。だが、キャロルにはもう近付くな。あいつは俺の相棒だ」
月明かりを受けた端正な顔に微かな笑みを灯しながら、ヴラドは首を横に振った。
「野蛮な物言いですね」
「野蛮だと? それじゃテメェはどうなるんだよ」
「何の事でしょう?」
「その目の下に見えるぜ。テメェのどす黒い腹ん中がよ」
その言葉にヴラドの穏やかな瞳が一瞬鋭さを増す。
「図星か?」
しかしすぐに穏やかな色を灯すとヴラドは「全く」と呟いた。
「面白いですねぇ。それならば証拠を見せていただきたい。彼女を取り戻したいのなら…ね?」
「……っんだと?」
「そうですよ。取り戻したいならあなたが自分の力で取り戻せばいい。私の目の奥の闇でも暴いてみたらどうです?」
「テメェ……」
不機嫌極まりないハルトとは打って変わって、あくまでも穏やかな物腰を崩さないヴラドは巨大な銃を下に向けたまま意味深な微笑を浮かべた。
「彼女はとても美しい女性ですよね。ああいう女性には目が無いものですよ? 人間も……魔族もね」
そう答えるとヴラドは地面に銃口を突き付けたまま引き金を引いた。
大きな音が夜の静寂を裂き、地面に積もった雪が真っ白な粉塵となって視界を遮る。
「っざけたまねしやがって!」
しかし白い粉塵がおさまる頃には既にヴラドの姿はなく、原型でさえ留めていない木っ端微塵の魔族の遺体が白い大地を真っ赤に染めているだけだった。
「上等だ。テメェの腹の中搔き出してぶちまけてやろうじゃねぇか」
キャロルが誰を好きになろうが一向に構わないが、レニはキャロルという存在に異様な執着を見せている。
本意ではないがレニの為には保護するしかないのだろう。
「たく、俺はつくづく親バカだぜ」
そう愚痴りながらハルトは暗い夜を月明かりが照らす中、帰路についた。




