恋は盲目
「レニ、ハルトからそんな事聞いてませんよ?」
「よく聞くんだぞレニちゃん。万が一、パパがしくじって死んじまったらレニちゃんの面倒は誰が見る?」
「あの……レニは……」
ハルトの死はもちろんレニの死も意味するが、一般世間ではレニとハルトは親子関係がある別々の人間だ。
それに気付くとレニは小さく頭を振った。
「要はな、パパは自分が死んだ後のレニちゃんの事をキャロルに託すって事なんだよ。一番大切なもんを託すんだ補助士にカードを持たせるって事をするやつはめったに居ねぇ。居るんだとしたら狩人と補助士の間に特別な関係がある時だけだ。親子、兄弟、夫婦、とかな」
「あの、でも補助士の人が狩人より先に死んじゃうって事も、あるかもですよね」
その言葉にバドルはレニの頭を撫でながら微笑んだ。
「いいか? 一流の狩人ってのは自分の身を犠牲にしてまでもサポーターを守るもんだ。一緒に死んじまうって事はあってもサポーターだけ死ぬ事はねぇんだよ。レニちゃんのパパはそこらへんは心得てると思うぜ」
ヴラドが言っていたカードの本当の意味を知ったキャロルは手に持つそれを眺めると………それを………
ぺシリと雪積もる大地に投げ捨てた。
「おおおお! おま、何やってんだ! ブラックカード! ブラックカード!」
急いでそれを拾い上げるとバドルは丁寧にカードに付いた雪を払い落とした。
「おまっ、特Sのカード何て事……」
「重過ぎるわ!!!」
「重過ぎるって、お前ハルトの総資産額知ってんのか!?」
「知ってるから重すぎるのよ!!」
そう言い放つと腕を組みながらキャロルがバドルを睨み付ける。
「大体あのハルトがそんな深い事考えるわけないでしょ!! あいつはね自分の死なんて絶対考えない男よ!」
言われてみればそうだ。ハルトとレニが別々ならば『死』を覚悟してもおかしくないだろうが、何せ自分が一番守らなくてはならない大切な存在が自分と同じ身体を共有しているのだからそれはまず有り得ない。
ただ単に報酬を受け取るのが面倒だったりする時にキャロルを使おうという魂胆が丸見えである。
第一キャロルは初めてハルトの狩りに同行した時にハルト自身に殺されかけている。
辛うじてレニによって救われたが……
「もぅ。レニったら。逢引なんかじゃないわよ。ヴラドさんはね、アレよ。心のオアシスよ。レニもオアシスだけどねぇ。ん~カワイィ~」
レニの不意を付き、抱き付く事に成功したキャロルは冷えた頬を同じく冷えた少女の頬に押し付けた。
「でも、キャロルさん。すごく楽しそうでしたし…レニ、パパが二人になったら困ります」
「やだっ! パパが二人って……レニの気持ちは嬉しいけど、ハルトとは有り得ない関係だから。やだっ! パパって、もぉやっだぁ~」
キャロルが喜ぶ理由は、ヴラドをパパの位置に差し置いた場合の妄想をしたからである。
「何でハルトとは有り得ないんですか?」
その言葉にキャロルはレニをじっと見つめた。
「いやっホラ、基本無理じゃない? ホラ…『ハルト』は……で『レニ』も……だからさ。ねっ?」
バドルを訝しげに見ながらキャロルは冷や汗を拭った。
(この子はどこまで本気なのかしら)
ハルトとそういう関係になるという事はすなわちこの愛らしい少女ともそういう………そこまで考えてキャロルはブルブルと頭を振った。
危なかった。あやうく妄想の中で純真無垢なレニを汚す所だった。
性格的にも無理があるが『ハルト』が生粋の男ならば数億分の一の確立でもあり得ない事はない。しかし、言ってしまえば『彼』は『少女の身体を持った』男だ。
「何言ってるか分かんねぇが、とにかく、ヴラドはお薦めしねぇぞ。前も言ったが、あいつは得体の知れねぇ所がある」
バドルの言葉にキャロルの鋭い視線が注がれる。
「何なの? あんたもハルトも…彼の得体の知れない部分を一度でも見た事があるの?」
いきなり真面目な顔つきになったキャロルに威圧されながらバドルは「おいおい」と首を振った。
「何の保証もないのに人を疑うなんて最低だわ! 行こう! レニ!」
声を荒げながらキャロルはおろおろする少女の手を取ると早足で歩き出した。
「あっ ……キャロルさん」
「もう! どいつもこいつもわけ分かんない!」
「あの………」
しばらく思いあぐねるとレニは意を決したかのようにキャロルを見上げた。
「キャロルさん。レニも…ハルト以外をパパって呼べません。ヴラドさんは優しそうな人ですけどキャロルさんを取られるのは……嫌です」
レニの言葉にキャロルの足がピタリと止まった。
「レニ?」
「あっ! ご免なさい! レニ、すごく我がまま言ってる」
悲しそうな少女の顔を見つめながらキャロルは短い息を付いた。
「そっか。レニもそう思ってるんだね」
絶望の滲み出るキャロルの顔にレニは思わず俯いた。
「ご免なさい。レニ、すごく困らせてますね。でもレニ、キャロルさんが居なくなったら……」
「レニ。私はね……」
少女の言葉を遮るようにキャロルが口を開いた。
「レニのママには…なれないのよ」
キャロルの一言にレニが思わず顔を上げた。
「でも、レニと一緒に居てくれるって……」
「居てあげるわよ。居てあげるけど多分、あなたのママとしては居てあげられない。私はね。サポーターで、あなたのお友達なの」
「おともだち?」
「だから………」
キャロルの両腕をギュッと掴むとレニは震えながら声を張り上げた。
「あのっ! じゃあお姉さんでいいです! お姉さんにならなってくれるって………」
「…レニ…」
キャロルの困った顔にレニは「あ…」と小さく呟くと、その手をゆっくりと離した。
「ごめんなさい。レニのこんな我がまま……」
精一杯の笑みを浮かべながら少女は「へへへ…」とわざとらしく笑うと小さく頷き、
「お友達ですよね。キャロルさんはレニの大切なお友達です」
と答えた。
「レニ、もう帰りますね。バドルさんのバイクって凄いんですよ。ちっちゃなバイクが隣についてて……あの、どっちが早くお家に着くか競争ですよキャロルさん!」
満面の笑顔でそう答えるとレニは頭を下げながら後方で待っているバドルの元へ逃げるように駈け出した。
「おっ! レニちゃん。何だオジサンと帰るのか?」
トコトコと寄って来たレニに気付くとバドルは飴を口の中で転がしながら例の銀のシートで少女を包み込んだ。
「ん? おいどうしたレニちゃん。泣いてんのか? 姉ちゃんに何言われた」
「レニ、すごく我がままです。キャロルさんは美人さんな女の人なのに、レニ、すごく無理言って…」
「おいおい何言ってやがる。レニちゃんは素直ないい子だぜ。ただなぁ……恋は盲目って言ってな。あの姉ちゃんはもう周りを見る余裕がねぇんだよ」
俯くレニをしばらく眺めるとバドルは中腰になりながらその顔を見つめた。
「さてと、どうすっか。ん~ ……こういう場合は、ここにパパ居ねぇからなぁ。……オジサンじゃ代わりになれねぇかもしれねぇけどちょっといいか?」
そう断るとバドルはレニの華奢な身体を優しく両腕でギュッと抱き締めた。
「え? バドルさん?」
「女の子はな、泣きたい時があったら男の腕でギュッてされるといいんだぞぉ? まぁレニちゃんのパパにはとても敵わねぇが、こんなオジサンの胸でも守られてるって実感出来るだろ?」
背中をポンポンと叩かれながらレニは懐かしい感覚を思い出した。
そう言えばまだ小さい頃に『ハルト』にこうされたような記憶がある。
もちろん同一人物だから体と体をくっつけるような抱擁は出来ないが、自分の身体を抱きこむように抱き締められた記憶が確かに残っている。
そんな時はハルトの中でとても安らげた。それが積み重なってレニは『ハルト』を父と認識するようになったのだ。
「ありがとうございますバドルさん」
その言葉に豪快に笑うとバドルはレニの頭を撫でながらバイクにまたがった。
「よっし。それじゃお家に帰るか。ネェちゃんより先に帰らねぇとハルトが何するか分からないからな」




