探偵レニ
数日後。相変わらずの季節外れの寒波の影響で、深夜のうちに降り積もった雪が一面を銀色に染める。
そんな早朝キャロルは珍しく早起きをし、身なりを整えていた。
昨日の夜レニを通じて、よほどの事がない限り狩りは一週間休むというハルトの伝達があり、彼女は心を浮き立たせていた。
袋から服を漁り、姿見で色々とコーディネートしてみる。
どうやらナイトストーカーのメンテナンスとやらでハルトはしばらく車庫にこもるらしい。
(こっちの方がいいかしら。そうよね。雪もまだ降ってるし、ロングスカートの方が……)
「キャロルさん!」
後ろからかけられた声にキャロルは飛び跳ねた。後方ではレニがドアの隙間から部屋を覗いている。
「本当に朝ごはんいらないんですか?」
「えっええ。今日はちょっと早く出て行くから」
昨晩のうちにレニには「用事がある」と伝えてある。
「気を付けて下さいね。お外、雪だらけで滑りますよ」
「うん。大丈夫。大丈夫よ。アリガト。ハルトは?」
「ハルトはまだ寝てます。バイクの点検をする時は車庫に居るときしか出てこないから…」
一番の不安種が取り去られ、キャロルは心の中でガッツポーズをした。
あの男がいなければこの家も天国だし、自分の行動も制限されない。
何せ今日はヴラドとの初デート……
「うわっヤバッそれはまだ早いって! 早いわよキャロル!」
飛び跳ねるキャロルをキョトンと眺めるレニの姿に彼女は軽く咳払いをすると「さてと」とコートを羽織い、部屋履きから滑り止めつきのロングブーツに履き替えた。
「レニも今日は寒いから暖かくしてるのよ」
その言葉に天使のような笑みを浮かべたレニが「はい。いってらっしゃい」と答える。
「じゃね」と扉の隙間から手を振るとキャロルは浮き足立ったまま雪降る街に繰り出していった。
その後姿を家の三階から眺める事数分、レニは急いで自分の部屋に飛び込んだ。
レニの好きな可愛らしい猫の縫いぐるみが並ぶベッドの横には大きな鏡が張られ、部屋中を見渡せる。
二つある机の上にはレニの持ち物である可愛らしい置物、それと対になるように置かれた机の上には『ハルト』の仕事道具である銃や道具箱が並んでいた。
「ハルト。本当にやるの?」
レニが鏡の中の自分に話しかけた。
「あまり深く考えるんじゃねぇよ。探偵ごっこだ。探偵ごっこ」
鏡の中の『ハルト』が現実の『レニ』に語りかける。
「でも……」
「いいから着替えろよ。昨日の夜可愛い服買ってやったろ。ほら、着てみろ。可愛いネコミミレニちゃんをパパに見せてくれよ」
鏡の中のハルトに促され、レニがベッドの下から箱を取り出した。
中には真っ白な可愛らしいワンピースと同じく白いふわふわポンチョが収まっている。
何とこの可愛らしい服は昨日の夜『ハルト』が購入したものだ。
「いいか。お前は俺の娘なんだ。俺と同一人物って気付かれねぇようにとびきり可愛くなれよ」
鏡の中のハルトに言われるがままレニは昨日買ってもらった白いワンピースを着込んだ。
ワンピースに付けられている飾りベルトの後ろには三毛猫の付け尻尾が付いており、頭に被った三毛猫仕様の耳付き帽子が猫と少女マニアの心を捉える事間違い無しだ。
「おお。可愛いじゃねぇか」
「でも、鏡の中のハルトもネコミミだよ?」
「…………それは言うな。やめろ」
しばらく押し黙るとハルトは鏡に映る自分の姿から目を逸らしながら息をついた。
「この恰好の時は俺は出ねぇからな。変な男に連れて行かれねぇようにバドルにくっついてろよ」
「はぁい」
キャロルの不穏な動きを感じ取ったハルトは昨日バドルに大金をはたいてレニの子守を頼んでいた。
バイクのメンテナンスと言うのも実はウソである。
しばらくしていると家の呼び鈴が鳴り、レニは玄関に駆けつけた。
「おお! レニちゃん久しぶりだな。おお! 今日はネコミミか? かぁ~可愛いなぁ。ホレ飴ちゃんだ」
ポケットから飴を取り出すとバドルはそれを前のようにレニの手に握らせた。
「パパはどうしてる? まだ寝てるか?」
「はい。今寝ちゃいました」
「今? 何だよ御盛んだな」
「ごさかん?」
「そうだぜ。きっとレニちゃんが寝た後にあのエッチな身体の補助士と……いやっ何でもねぇよ。まだレニちゃんには早ぇよな。パパに怒られちまう」
「さてと…」と仕切りなおすとバドルはレニと顔の高さを合わせ、にっと笑った。
「今日は何してぇんだ? パパからは一束現生で貰っちまったからな」
「はい。今日はレニ、外で探偵ごっこをしたいと思ってます」
「外? 雪降ってんぞ」
「はい……あの、でも……」
そもそも探偵ごっことは言え、これは本当に人を尾行する仕事だ。
あの精一杯めかし込んで出て行ったキャロルを気付かれないように追跡するために。
レニはキャロルをおとしめる事になるんじゃないかと思っているために、あまり乗り気ではない。
「まっいいけどよ。何せ俺はレニ姫の父ちゃん専属の何でも屋だからな。んじゃ行くか。ちっと寒ぃからこれ身体に巻いてな」
そう言うとバドルはレニの手に銀のビニールシートの様な物を手渡した。
「これ何ですか?」
「簡易式の防寒着だ。ほれほれ、コレを頭からかぶって首のところで止めて……」
銀のテルテル坊主のようになったレニの手を引くと、バドルは外に止めてあった『もの』にまたがった。
「うわぁ。バイクですね! すごいです。バドルさんも持ってたんですか?」
「まぁレニちゃんの父ちゃんみてぇに実戦じゃ使わねぇから性能は遥かに落ちるけどよ。ホレ、特典はこのサイドカーよ! 相手が出来る事を願って二人乗りにしたが、レニちゃんが始めてのお客さんだ」
自慢そうにサイドカー付きの乗り物を摩ると、バドルは迷彩柄の目出し帽を被り、愛車を走らせた。




