男装の少女
鼻をつくような匂いが薄っすらと充満している。
まるで匂いだけで舌が苦くなるようでキャロルは飛び起きた。
「うわっ!うえっ!くっっさ!」
ゲホゲホッと咳き込みながら両手を無茶苦茶に振り回し、纏わり付く悪臭を振り払う。
「うえぇっ!マジ何これくっさ!………ん?」
大きな窓から降り注ぐ夕日の赤い光がベッドにさんさんと降り注いでいた。
「え?えっ?」
自分の両手に目を落とし、手の甲をペシッと叩くと初めて自分が生きている事に気付く。まだ微かな眩暈はするが全く身体の自由が利かないわけではない。
下着姿のままベッドに寝かされていたみたいだが、この広い部屋には一切の見覚えがない。窓の外には、これから訪れる夜の危険から身を守るための結界が張られた家が建ち並んでいる。
記憶が正しければここは…一流狩人が数多く住むとされる噂の地区だ。
一流サポーターを夢見る、住み込みの仕事場の宝庫だが、キャロルはA級以上の狩人にスカウトされた事は一度も無い。「愛人にならさせてあげるよぉ」と言われた事は何度もあるが……
「ああっ!よかった!気付かれたんですねぇ?」
状況を必死で整理していると、隣の部屋から少女がニコニコしながらサイドテーブルに持ってきたお盆を置いた。
青の色身が強い銀色の髪を一本の三つ編みに編んだ少女は、その容姿とは不釣合いと言うような服を身に纏っていた。
前面を白、背面を黒で縫い合わせた詰襟の革製の服に、同じ素材の白いパンツ。両腕両足に銀のベルトを巻いており、どちらかというと・・・これは少年の装いだ。
声と顔、体つきは完全に十三、四歳の少女だが違和感を………
「うっ!」
少女以上の違和感がサイドテーブルの上に置かれたお盆の上のコップから漂っていた。
ドロドロとした悪魔の液体が強烈な異臭を放っている。この部屋に充満している匂いの根源だ。
それに気付いたのか少女はその液体をキャロルの前に差し出し極上の微笑を向け、悪魔のような言葉を吐いた。
「はいっ解毒液です。全部飲んで下さいね」
これを飲めと!そう心で叫んだが、少女は天使のような笑顔を浮かべながら地獄のような液体をすでにキャロルの手に持たせていた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
隣の少女がニコニコと笑みを零しながら液体が飲まれるのを待っている。
(ええぃ!どうせ昨日死んでた身なんだからっ!)
身の危険を感じながらキャロルは一気に悪魔の液体を飲み干した。
(うっ)
なるべく味を感じないように息を止めて飲み干した液体の芳しき香りが問答無用で鼻から抜け、キャロルは両手で口を押さえた。
(吐き出したい!けれど吐き出したらこの芳しき香りが再び口元を通ってくる!頑張れ!キャロル!あなたなら飲み込めるわ!)
そう言い聞かせ、無理に胃の中に流し込みキャロルは息をついた。
「……えっ?」
身体の中に悪魔の液体を入れた途端、全身が浄化されるような感覚が沸きあがり、目を丸めた。ここまで魔族の毒に効果がある薬は飲んだことが無い。
「どうですか?楽になりました?即効性のない毒でよかったですね」
頷きながらキャロルは少女をまじまじと見つめた。
「あなた名前は?」
「レニです」
「あなたが私を助けてくれたの?」
「いいえ。レニは戦えません。お姉さんを助けたのはハルトです。お姉さんを連れてきて、そこのベッドに寝かせて…レニに解毒液の調合を教えてくれました」
「ハルト?」
レニと名乗った少女はサイドテーブルの下から大きな紙袋を取り出し、大きく頷いた。
「ハルトはレニのパパです」
「パパ?呼び捨てなんて珍しいわね」
「そういう性格なんです。お姉さんも会ってみれば分かりますよ」
「キャロルよ。それでそのハルトは?お礼ぐらい言わないと」
「今は寝てます。無理に起こさない方がいいですよ」
(そうか。狩人だったら昼夜逆転の生活だもんね)
そう納得しているとキャロルは自分の姿に思わず顔を赤らめた。
「ちょっ!ベッドに寝かせたって!私の服を脱がしたのって・・・」
「ハルトです」
頭の中が一瞬で沸騰した。
いくら助けられたとはいえ見ず知らずの男に服を脱がされ、よりにもよってベッドに…
そんなキャロルの思いとは裏腹にレニはサイドテーブルから取り出した紙袋を彼女に手渡した。袋には有名高級ブランドの名が記されている。
「洋服も全部毒に犯されていたんで、ハルトが捨てちゃったんです。だから代わりにこれを着てくれますか?」
そう言うとレニは愛らしく笑った。
「丸一日近く寝てたからお腹空いてますよね。ご飯用意してますので着替えたらキッチンに来てください」




