断片的な脅迫③:氷の姫君、脅される
三日後――。
この日の授業は全て終わり、放課後となった。
部活に入っていないぼくは、さっさと家に帰るつもりだったのだが――。
「それじゃ、文化祭実行委員に立候補してくれる人!」
委員長が、何度目かも分からないセリフを告げた。
蒼嶺高校では、秋に文化祭がある。
その準備や取りまとめのために、各クラスから二名実行委員を選出しなければならない。
まだ先のことではあるが、選出については期限が今日ということになっている。
一名は決まっているが、もう一名が決まらない。
委員長は立候補を募るが、誰もやろうとはしない。
文化祭実行委員。
やったところで、何の得にもならないであろう役職。
誰もが『自分以外の誰か』がやってくれるのを待っている。
ただ、委員長も手を打っていないわけではない。
むしろ、過激とも言える手段を講じていた。
「最初にこの教室から出た人を、自動的に文化祭実行委員に任命する」
強権的ではあるが、悪くないやり方だ。
既に膠着状態は出来上がってしまっている。
そして、そのやり方に反対意見は出なかった。
既に、全員がこの『ゲーム』に参加していると言っていい。
それに――。
――このゲームには、必勝法がある。
ライアーゲームでよく聞く台詞をぼくは脳内で再生した。
要は、この教室から出なければいい。
ルールそのままだ。
だが、他の連中は、この後部活やら委員会やらが控えている。
まだ一年生であるぼくたちは、部活に遅れたら文句を言われることもあるだろう。
それを恐れて、この場を去ろうとする者がいずれ出てくるはずだ。
だけど、何もないぼくには、何ら焦りはない。
やはり、何も持たぬぼっちこそが最強。
これこそが『必勝法』なのだ。
そのはずだったのだが――。
ふと教室の外に目をやると、見覚えのある女子生徒がいた。
見紛うはずもない――桐島先輩だった。
ほら、やっぱりね!
こうなるんじゃないかと思っていた。
フラグというのは、回収されるために存在するのだ。
先輩は、いつも通りの無表情で、廊下からこちらを見ていた。
様子をうかがっているようだったが、すぐに膠着状態に気づいたらしい。
後方のドアから、出来る限り目立たないよう、静かに教室に入ってきた。
うん、無理だね。
教室に他の学年の生徒が来るというのは珍しい。
ましてや、現れたのは『氷の姫君』と名高い桐島エリスだ。
アイドルにも引けを取らない、比類なき美少女。
才色兼備で完全無欠のお嬢様。
目立たずに――というのは不可能だ。
というわけで――。
先輩が入ってきた瞬間、教室の空気が一変した。
弛緩しきっていた空気が、緊張感を帯びる。
ほぼ全員が、先輩に注目していた。
一体、このクラスに何の用があるのだろうか――。
皆、そんな疑問を抱いているのだろう。
そんな中――。
「佐藤さん」
教室の後ろ。
少し離れたところから、桐島先輩はぼくの名前を呼んだ。
右手を小さく上げて「こっちに来い」と合図を出していた。
先輩に向けられていた視線が、一気にこちらに向く――。
なんてことにはならなかった。
ちらほら「佐藤って誰だっけ?」という声が漏れ出てくる。
どうやら、ぼくの名前を覚えていない人がいるらしい。
というか、それが大半らしい。
まったく、陰キャ冥利に尽きるぜ!
だが、ぼくの名前を知っているクラスメイトもある程度いる。
その生徒たちがぼくを見ることで、ぼくが佐藤だということが伝わっていった。
そのことに、居心地の悪さを感じる。
だが、すぐに切り替える。
――これ、緊急事態だよな。
桐島先輩は、うっかり約束を忘れるような人ではない。
いや、それなりにうっかりさんではあるのだけれど。
大切な18禁本を落とすような人だけど。
今日は、それを忘れているわけではなさそうだ。
敢えてここに来たとのには、のっぴきならない理由があるのだ。
おそらく、先輩の『秘密』に関する。
「申し訳ありません。約束をしていたのに、来てしまいました」
先輩は、いつものような感情を読み取れない雰囲気を纏っていた。
だけど、それは取り繕っているだけだ。
声は微かに震え、顔は真っ青になっている。
初めてアパートのエントランスで出会った時を彷彿とさせる。
――これは、放っておけないよな。
ただ、ここで本題に入ることは出来ない。
おそらくは、先輩の秘密に関する話になるだろう。
――文化祭実行委員、面倒くさいな。
そう思いながらも、決意する。
ぼくは立ち上がると、先輩のところまで行き――。
「とりあえず、移動しましょう」
そう言って、一緒に教室を出た。
背中に、これまでにない程に大量の視線を感じる。
纏わりつくような、いやな視線だ。
明日から――いや、この瞬間から噂になるだろう。
気分はよくないが、それについては、覚悟するしかない。
追及をどう躱すかは、後で考えることにしよう。
×××
先輩を連れて行ったのは、旧部室棟だった。
放課後の学校はどこも人だらけだが、ここだけは例外だ。
仮に人がいたとしても、文藝部の部室に入ってしまえばいい。
あそこの鍵は、先輩が持っているはずだ。
「それで、何があったんですか?」
ぼくが尋ねると、先輩はポケットからスマホを取り出した。
スマホを持つ手は、微かに震えている。
「実は、こんなメッセージが送られてきて……」
先輩は、ロックが掛かったままのスマホの画面を見せた。
その画面には、通知文が表示されていた。
メッセージが届いた時に、その内容だけ表示するものだ。
そこに書かれていたのは――。
『お前の秘密を知っている』
脅迫じみた言葉だった。




