断片的な脅迫①:氷の姫君、入り浸る
ぼくの家に『桐島図書館』が出来てから一週間が経過した。
その間、茶器や菓子等も持ち込まれ、どんどん居心地がよくなっていく。
それはいいのだけれど――。
「どうしたものかな……」
ぼくは、桐島先輩に提供した部屋で佇んでいた。
先輩が持ち込んだのは、アメニティグッズだけではない。
この部屋には、日々オタクグッズも増えていった。
フィギュア、ポスター、アクリルスタンド、タペストリー。
小さなものから大きなものまで、様々なものが埋め尽くしていた。
どうやら、先輩はこれらも部室に隠していたらしい。
だが、それだけではない。
これまでは、部室に隠せる大きさのものしか買っていなかったそうだ。
だが、置き場所という枷の外れたことで、先輩から躊躇いが失われたようなのだ。
この部屋は、完全なるオタク部屋と化した。
いつの間にか、ドアには『秘宝眠る』というプレートまで掛けられている。
なんなの、これ。
ワンピースでも隠されてるの?
単行本なら、この部屋の中にもたくさんあるけど。
――この部屋、絶対に人には見せられないな。
だけど、迷惑だなんて思わない。
そんなことを考えたら、罰が当たるだろう。
何故なら、桐島先輩がこの部屋に入り浸るようになってくれたから。
自宅が隣にあるという安心感によるものだろうか。
先輩はほぼ毎日この家に来て、深夜まで滞在するようになっていた。
そのお礼のつもりなのか、夕食を作ってくれるのだ。
今日も、リビングには香ばしい匂いが漂っている。
その匂いにつられ、ぼくは台所に行った。
そこでは、制服にエプロン姿の桐島先輩が料理をしていた。
この組み合わせは、中々お目にかかることが出来ない。
ましてや、それを着ているのはあの氷の姫君なのだ。
これは目に焼き付けておかないと勿体ない。
「佐藤さん。どうしたのかしら?」
「いえ、少し気になって。何を作っているのですか?」
「鶏の照り焼きです」
先輩は、スプーンを使って鶏肉に何度もタレをかけていた。
こうすることで、肉に味がしみこむのだろう。
「佐藤さん、好きですよね?」
「はい、とても」
実を言うと、ぼくは料理の味にはあまりこだわらない。
味が濃ければそれでいい、という思想の持ち主だった。
値段が安い、味が濃い、栄養がある。
これ以外の要素など、不要だと思っていた。
だけど、先輩のせいで、その思想がぐらついてきた。
先輩の料理は、ぼくに食事の奥深さを思い知らせた。
どうやら、ぼくの胃は先輩に掴まれてしまったらしい。
たった一週間で、がっしりと。
「ところで、佐藤さん」
「はい、何でしょう?」
「料理が出来るまで、もう少し待っていていただけますか?」
「あ、はい。勿論です」
まさか、出来上がるのが遅いだなんて文句を言えるはずもない。
というか、全く文句なんてないのだ。
むしろ『制服エプロン姿を目に焼き付ける時間が増えて嬉しい』まである。
ただ、先輩にしてみれば、今の発言は前置きでしかなかったらしく――。
「ありがとうございます。待っている間、手持無沙汰でしょう?」
「いえ、そんなことは――」
「待っている間、手持無沙汰でしょう?」
同じことを二度繰り返した。
これは、アレだ。
イエスと答えないと、先に進まないやつだ。
一昔前のRPGでよくあるやつだ。
まぁ、現実でもこういうことってあるけどね。
拒否権は認めないのに、一応聞くだけ聞いてくるんだよな。
それで、こちらが『イエス』と答えると、それを最大限利用してくる。
こちらが取れる対抗策は、曖昧な表情をしながら『無言』で誤魔化すこと。
沈黙!! それが正しい答えなのだ。
ハンター試験で問われるまでもない。
そのはずだったのだが――。
「手持無沙汰ですよね! でしたら、こちらをどうぞ!」
沈黙は肯定と捉えられたらしい。
先輩は、エプロンのポケットから文庫本を取り出した。
そのタイトルは――。
『幼馴染との××な関係』
この人、布教に余念がないな。
ごく自然に18禁小説を勧めてくる。
「ま、また後で読ませてもらいます」
「ええ、是非」
この本は、エプロンに常備していたのだろうか。
少し気になったけれど、聞くのは止めておいた。
世の中には、知らなくていい事もあるのだ。
×××
十分ほどで、先輩の料理は完成した。
先輩は、盛り付けからは以前まで全て一人でやってしまった。
ぼくも手伝おうとしたけれど、拒否されてしまった。
邪魔者扱いされたかと思ったけれど、先輩は「最後までこだわりたいのです」と言っていた。
そう言えば、先輩は割と凝り性だ。
秘密の部屋にあるグッズも、全て奇麗に並べられている。
ポスターは全て床に平行に貼られており、ズレは一切見当たらない。
「それでは、いただきましょう」
ぼくたちは、向かい合う形で席についた。
先輩が作った鶏の照り焼きは、表面が艶々と輝いていた。
その香ばしい匂いと相まって、いやが応にも食欲がそそられる。
そんな代物が、美味しくないはずがない。
一切れ口に入れると――。
――なんだ、これ!?
口内で旨味が爆発した。
これまで食べたことがない程に複雑で強烈な旨味。
タレをかけながら焼いただけであるはずなのに――。
ぼくは先輩に目をやった。
すると、先輩はぼくの意図に気づいたのか、少しだけ得意げに微笑んだ。
その微笑みもまた破壊力が抜群で――。
このままでは、先輩のいない生活に戻れなくなりかねない。
ぼくは本気で、そんな危機感を抱いた。
でも、対策の立てようがないんだよな。
とりあえず、このまま流されておくことにしよう。
食事を終えると、ぼくは洗い物をした。
先輩が料理を作ってくれたのだから、これくらいはさせてもらおう。
とはいっても、食事に使った皿とコップを洗うくらいだ。
調理器具は、先輩がささっと洗ってくれている。
この人、有能過ぎるだろ。
×××
さて――。
食事を終えると、ぼくたちはいよいよ『文化的活動』に入る。
要は『秘密の部屋』での活動だ。
漫画や小説を読む――そうしたいところなのだが。
「私のせいで成績が落ちるだなんてことは、許されません」
先輩はそう主張した。
そのため、最低一時間はここで勉強をすることになっている。
勿論、先輩も一緒だ。
恥ずかしながら、ぼくは成績があまりよくない。
テストの順位は、下から数えた方が速い。
そんなぼくにとって、先輩の存在はとてもありがたかった。
「ここが間違っていますね」
「あ……」
「その部分だけ直せば、すぐに答えまでたどり着けますよ」
ぼくが悩んでいると、先輩は的確なアドバイスをくれる。
このおかげで、勉強の効率が何倍にも上がった。
「微分は慣れれば簡単です。あと何問か、解いてみましょう」
奇行によって忘れかけていたけれど、先輩は学業優秀なお方だった。
何せ、不動の学年一位である。
しかも、説明も分かりやすい。
頭が良すぎて説明が出来ない、なんてキャラじゃなくて本当によかった。
先輩による効率よい予習により、ぼくは授業をよく理解できるようになった。
この分なら、次のテストは順位を五十くらい上げられるかもしれない。
それだけでも、お釣りが札単位で出るレベルなのだが――。
「よく頑張りましたね。それでは、お茶の時間にしましょうか」
先輩はそう言って、お茶とお菓子を用意してくれる。
この部屋の居心地が良すぎて、ぼくも駄目になりそうだった。
むしろ、もう駄目になっているまである。
――いっそのこと、ここに住んでくれればいいのに。
いつしか、そんなことを考えるようになっていた。
可愛くて、優しくて、頭のいい理想の先輩。
こんな人と同棲することが出来たら、毎日が輝くことになるだろう。
先輩はどう思っているのだろうか。
この関係のことを。
そして、ぼくのことを。
――いや、高望みはよくないな。
ぼくは自戒した。
高きを望めば、それだけ落差が大きくなる。
この部屋で一緒に漫画を読む。
お茶とお菓子を嗜みながら、感想を伝え合う。
それは、とても充実した時間で――。
それだけで、ぼくは十分幸せだった。




